第355話 スサーナ、安眠しそびれる 2
「うーあー」
スサーナは地の底に潜ったような声で呻いている。
「これ、本当にどっちなんでしょう……」
2つの意味で、だ。
夢がただの緊張や寝苦しさや過労なんかで誘引された悪夢であるのか、それとも権能のもたらす予見とやらなのか。
夢の中で見た運ばれていく誰かは、レオくんなのか、テオなのか。
水を取りに行ったミッシィがいつ戻ってきてもいいように――水筒があるせいで、スサーナは部屋に水差しを置かない――スサーナは残りの部分を口に出すのはやめて頭を抱える。
――全体的に、普通の悪夢っぽくはあるんですけど……!
足が前に進まないとか、前後の状況も何もわからないとか。近況を気にしている知り合いが唐突に出てくるとか。
しかし、予見とやらがどうやら夜の夢に紛れたりすることもあり、それは主観としてはっきり夢と区別がつかないらしい、というのが問題だ。
区別がつかないというのはどの程度夢っぽいことが起こるものか。スサーナは鳥の民に電話やらチャットやら、ともかくその手のものの代用になりそうな即時通信の魔法が普及していない事実を呪った。
――カリカ先生と話せればそのあたりわかりそうなのに……。確か、レミヒオくんが言っていたのは……、妙に鮮明な夢や破綻のない夢であれば可能性はある、でしたっけ。
足が空転するよくある悪夢のアレは破綻と見るべきなのか、どうなのか。
そして、予見を見慣れている人は自分の普段のものとの経験則でそれがそうなのかどうかを判断できる、と言っていたなと思い出し、スサーナは遠い目になる。
それはつまり、見慣れていない者は判断がつかない、ということではなかろうか。
その点では、あたりの予見が見られるかどうか分からない、と言われた――聞くだに代償の重いギャンブルだなとスサーナは判断した――トランスから導く予見とやらの方が、確実に予見であるだけ便利なのかもしれない。
――なるほど、面倒な仕様だと思っていましたけど、儀式と薬物なんかを使って「そうじゃない」可能性だけは削げてるんですね、なるほどなあ! 合理だった!!
なるほど既存の慣習というのは意味があるのだと現実逃避半分にむぎぎと感心し、戻ってきたミッシィに渡されたカップの飲み物を上の空のまま口に含んだところ、沸かしたお湯に干した針葉樹の樹液を落とした、悪夢に効くとかいうはじめましての味のものだったものでスサーナはぎゃっとなった。
――森林!!!!
「か、かわった飲み物ですね……!?」
「あら、お嬢様は飲んだことないの? お嬢様がうなされて、って言ったら料理人がくれたのよ。疳の虫とか、おねしょにも効くって、随分子供の頃に飲んだなあ」
「さすがにおねしょはしませんよ……?」
「うふふ、ほんとに? トイレが見つからない夢だったりしなかった?」
――マスティハ的なものなんでしょうか。口の中でテルペンが暴れている……
良かったのか悪かったのか、口の中に広がる森のせいでスサーナの思考は一旦逸れる。
おねしょの薬として寝る前に飲んだりするものだが、寝る前にお湯を飲むことでどうしておねしょが防げるというのか幼い頃常々疑っていた、というミッシィの話を聞きながら、スサーナはゆっくり呼吸を落ち着けた。
カップにおかわりを注がれかけて、もっと飲むならいつもの味のものがいいのだが、流石にお茶を淹れてくれというわけにもいかない。と、美味い不味いを意識するところまで平常心が戻ってきたのでそれはきっとこの森林湯のお手柄と言っていいのだろう。
――緑茶……、ベニト茶が飲みたい。島の井戸水か、水筒で淹れたやつ。
ミッシィが起きるほどに魘されてしまった自分が悪いので、スサーナは森林味のお湯を黙って啜る。
――普段はどんな悪い夢を見ても人が起きるぐらい魘されたりしないのに。やっぱり、さっきのは、普段とは違うなにかなんでしょうか。
なにか起こるのは既定路線かもしれなくても、レオくんであれ、テオであれ、誰かが害されるのはさすがにどれほど肝が太い人が企画立案していようが絶対に予定にはないはずなので、あの夢が予見だとすると何らかの緊急事態が起こっていると見ていい。
予見なら、だが。
現状、一体どういう経緯であれが起こったのかわからない以上、大人たちが真面目に計画と配置を行っている警備計画に口を突っ込んで、なにか収穫があるかと言われるとないだろう。警備計画書を見たところでどこに穴があるかなぞわからない。
レミヒオくんに見せたりすればなにか正規の護衛の方とは違う意見が貰えるかもしれないが、そんなことはきっとセルカ伯がいる以上ちゃんとやられているはずだ。
夢の中での謀反人の顔を覚えていれば何か少しは違ったかもしれないが、予見でなかった場合ものすごい冤罪を誰かに掛ける可能性があるし、正直、今回は顔は印象的な見え方をしていなかったせいか、しっかりと覚えていない。それもまたただの悪夢っぽく、判断に困るポイントだ。
とはいえ、アブラーン卿とレブロン卿が容疑者から外れるということはなさそうで、二人いた女性に含まれていた気がするビセンタ婦人も警戒しないはずがないので、そこは変わらないと言っていいのかもしれない。
――だから、私が会場の警戒で出来るのは不安だからどうか警備はしっかりと、と騒ぐぐらいで……
しかも、予見ではなかった場合、ただでさえ忙しい実働の方々に無為なご迷惑をおかけする上に、ショシャナ嬢は立場をかさにきて素人のくせに警備に口を出してくる面倒くさい令嬢だ、という認識が広まりかねない。まあ、面倒くさい出来の悪い令嬢の認識は望むところではあるのだが。
あと出来ることは、いつ何時なにか起きてもわかるように、レオくんかテオの近くで警戒するぐらいだろうか。
――魔術師……第三塔さんが関わっている、とかは本当にどう対応したらいいものかさっぱり見当もつきませんし。
そこはもう本当にただの夢が混入したに違いないと信じたい。お師匠様が抑えているはずなのだから、そこで敵対するのはお師匠様ごと敵に回っているだとか、世界が滅ぶレベルの事態しか思いつかないではないか。
スサーナのイメージの中では、何故か第三塔さんのお師匠様の印象が誰に何を言われたわけでもないのにゴジラ類似になっている。
本当に、ただの夢だといい。
スサーナは頑張って飲み終わったカップをミッシィに返してお礼を言い、眠り直すことにした。
「それじゃ、寝直しますね。起こしちゃってごめんなさい」
「はーい。おやすみなさいお嬢様。……時期が時期だし、不安になるのはしょうがないわよね。悪い夢ぐらい見ちゃっても仕方ないわよ。お嬢様も頑張ってるし……旦那様も、オルランドも頑張ってるんだから、きっと何事もなくうまくいくわ」
「ええ、ありがとうございます」
ほんとうに、そうならいいのだけれど。
夢の続きが見られないかと期待したものの、いつまでも喉の奥で風味が持続する森林味のお湯のおかげか、それとも一旦起きてしまったせいで眠りが浅かったからか、それとも予見とやらはそういうシステムではないものか、うとうととした眠りの中で、夢が再度スサーナを訪れることは残念ながら無いようだった。
沸かしたお湯に針葉樹の樹脂を落としたものをおねしょの特効薬として飲まされたものの、幼少時、襲いくるおねしょに一度も勝てたことはなかった、と話したミッシィが、眠る直前にカップ二杯ものお湯を飲んだスサーナを心配して明け方前にトイレに起こしてくれたのが原因というわけでは、多分無いと思う。
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