些事雑談 直接関係ない上に読む必要もない一方その頃。

 島のあたりでは春から初夏へと移り変わる輝かしい季節のはじめ頃。

 それよりか幾分南にあるその土地では既に気温は夏のものに変わろうとしていた。


 アラゴー中部。

 乾季に入りかけた草原に点在する羚羊の群れが草を食んでいる。

 そのうち一頭が過った影に頭上を見上げた。

 黒みさえ覚える蒼穹に並ぶのが鳥の群れではないと獣の目が察したかどうか。


 空を駆けるのは魂なき騎獣の像。

 数にして50。俗に上位50位と呼ばれる魔術師達の塔の責任者達だった。


 彼らはある一点で静止。小さく合図を交わすと四散する。そしてあるものは円を描き、あるものは逆落としに、それぞれの像の形に従ったやり方で降下していった。



 強い日差しに晒される屋外とは裏腹に薄暗い静謐さで満ちた、天井の高い広間か、神殿めいた室内。

 塔を囲む騎獣像を虚空に浮いた映像で眺めつつ、女は呟く。


「もう来ちゃったのね」


 美しい女だった。

 ゆるく纏められ波打つ髪は乳白色にきらきらと万色を散乱させる魔術師の特徴を示し、砂漠の民らしい浅黒い肌は光沢を持ってなめらか。張り出した胸元と裏腹に締まった腰の対比はある種の蜂を思わせた。


 彼女は背後の影に振り向くと慈母のような微笑みを浮かべた。


「あなた、少し待っていてね」




 騎獣が小さな塔の周りを囲む。

 筆頭12が突入姿勢を整え、38が騎乗したままのバックアップ。

 一斉に描き出した魔術式に塔を囲んだ空間が歪んできしんだ音を立てた。

 他者の侵入を拒む塔の機構により強度の強い式がぶつけられた印だった。


 いかに鈍感な者でも中にいれば塔の外から干渉されているのがわかる、そんな具合。


 数瞬の後。ピンという音とともに、女の魔術師の姿が塔の正門の前に浮いた。実体ではない。半透明のそれは立体映像と思われた。


「みなさま、おそろいで……」


 女が歌うように言った。どこか遠くを超然と眺めるような目は事態をどう捉えているか解らない。


「エールレレシアエーィジャ」


 正門の前に舞い降りた第一塔筆頭が彼女の通り名を呼ぶ。


「我々が何故来たのか理解しているようですね」

「ええ、わかっているわ。わたしの邪魔をしに来た」

「見解の相違というものですね。貴女の行おうとしている行為は許されない事です。今すぐ術式を放棄し投降しなさい。そうすれば悪いようにはしない。」

「悪いようにしない――?」


 ふふ、と女が声を上げて笑った。


「そう言って私からあのひとを取り上げるんでしょう――? それ以上の悪いことなんかあるものですか」

「エールレレ」


 第一塔筆頭が咎めるような声で彼女の名を呼ぶ。数人の魔術師が彼らが幼年期を同じ塔で養育されたのだという古い話を思い出す。


「許さない、誰であっても許さないわ。ようやくあの人が戻ってくるのに。ようやくずっと一緒にいられるのに。ええ、邪魔をしてご覧なさい、絶対に許さない――!」


 激高に連動したように彼女の姿が揺らぎ、そしてぷつん、と女の映像が消えた。


「エールレレ!」


 魔術師達は術式による干渉を続ける。しばしの後、塔を保護する術式は砕け散った。


 12の塔の筆頭達が中に侵入する。

 地上階はさほど歪みはなく、外界から見たままの広さであったようだったが、塔内部からの構造探査で地下に空間があることが判明した。


 踏み込んだ地下は簡素な作りだと言っていいものだった。

 地盤は筒状に掘り抜かれたまま、簡単に土抑えと補強がなされているだけの坑道で、まるで無計画に掘られたように道は分岐し、集合する。

 行き止まりになるものも多く、先に進む道と思われたルートも大きく湾曲し元に戻るものも多い。

 魔術師達は声を伝える術式を相互に使いつつ蟻の巣めいて張り巡らされた地下空間に散った。


「こっちは30ー、そっちどうだ!」

「22を数えたところだ」

「7」

「20少し! これでアキュラの遊牧民が部族ごと失踪したぶんは数が合う」



 魔力の浪費を抑えんがためだけに装備された、刃の切れ味を上げただけの剣で屍人形がまた一つ切り倒される。


「どうだ第一塔」

「なんということはありませんね……」

「よなあ。頑張っちゃいるが構成が粗雑に過ぎる」


 第八の塔筆頭が叩き切られた屍人形を踏み抑え、頚椎を引き抜き、精査しながらしょっぱい顔をした。

 第一塔が剣を振り、絡んだ残存血を落とす。


「あいつはこれでどうにか出来るとでも思っていたのか……」

「ま、そのあたり後にするがいいさ」


 第八塔が駆け去る。第一塔は目を伏せると上げ、剣を鞘に戻して伝声術式で他の塔に連絡と指示を飛ばし始めた。



「なんじゃ、あちらは死んでいたがこちらは生か」


 大儀そうに第五塔の魔術師がうそぶいた。


「切ってもすぐに繋がりますね。魔獣材かしら」


 十一塔が面白げに応える。


 彼らの目の前にいるのは、生の肉を子供がこねて形作ったようなアンバランスな形の人形ひとがたをしたものだ。


「切っても呻くわけでもなし、なーんぞ詰まらんのー。」

「あら、私は少し楽しいですよ。どのぐらい切れば再生限界を迎えるのかなっ、とか。どこまで小さくすれば繋がらなくなるのかなっ、とか、試したいこといっぱいあるじゃないですか。」

「儂、はよう帰って寝たい」


 気のない仕草で第五塔が肩をすくめる。


「ええーっ、ツレナイなあ。あ、今一のかたです?二のかた? どうでしょう、お疲れのない方にお代わりになるのは。」

「どちらも飽き飽きしとるわ。」


 和やかに言葉をかわす女性たちに、半眼になった第三塔の魔術師がしっしっと追い払う手付きをした。


「ご婦人方、ここで遊ばれていては困る。位置測定が今回の務めだろう」

「真面目だのう第三塔。だがどうしようもなかろう。あれが行く手を塞いでおるんじゃもん。」

「私達も真面目にマッピングしているんですよう。ただ、泡立つお肉の中に突入していくのは服に変な匂いが付きそうで嫌だなあって思ってるだけで?」

「なるほど」


 第三塔がうんざりした声音で言った。


「ならばこれで問題ないだろう。」


 彼が空中に幾つかの術式を書き込むと、いびつな人型のものたちはずるずると体を引きずるようにして動き出し、あるものは彼らの横を通り過ぎ、あるものはUターンして坑道の奥へ歩き去った。


「む、今なにをやった?」

「霊格で物を見ているわけでは無く、五感に頼っているようだったので知覚を誤魔化した」

「おお、貴様らしい姑息な手だの、省エネでなにより! だが、殺さぬのか? 心臓を止めるやつとか得意じゃろ?」

「ポンプ機構が一つではないようなのでね」

「じゃあ脳の血管を弾けさせるやつ」

「構造解析が面倒だ」

「むう、貴様ケレン味が足らんぞ、もうちょっと派手にやらんと儂の暇つぶしにもならぬわ」

「私はそちらのルートへ行く。お二人はあちらへ」


 第三塔は第五塔に反応せずに坑道の一つを指した。ちぇーつれなーい、と第五塔が声を上げる。


「いやーしかし第三塔よ、さっきからのアレはなんじゃろうな。護衛にしては中途半端だしのう。魂がないのは解っておるので儂のやることはなーもないのだけは嬉しいが」

「どれも人体由来の素材で構成されているようだ。……実験の残滓だろう。」

「あー」


 第五塔が肩をすくめる。


「ほんに難儀なことよの」




 第一塔は魔術師達の集めたルート図を纏め、展開する。


「やはり……」


 眉をひそめた彼の手元を第二塔が覗き込む。


「術式図か」


 彼の手元に映し出された坑道図は、魔術師達の描く術式の記述と極めて類似していた。


「ええ。坑道のルートを術式記述に使っているようです。」

「見慣れぬ式だな。第一塔固有のものか?」

「いえ。……違う。所々私には意味の取れぬ部分があります。」

「そうか。だが、我々皆が意味を取れる部位だけでも十分。妨害はどうする」

「ある程度皆に指示は終えています。ただ、分かる部分だけでもバイパス部も多い。冗長性の確保がどれほどのものかは」

「十分な準備期間はあっただろうからな」

「……ええ。まだ希望はある。直接声を掛けてみなければ」

「あまり情けを掛けすぎるなよ」

「ええ」


 二人の魔術師は会話を終えると、中央にあると推察される空洞部とそのルートについてを残りの者たちに伝達する。

 それから、最短ルートを算出すると早足で中央部を目指して歩き去った。



 地下空洞、彼女が最初から居た部屋は、今や淡い燐光に満ちていた。


「ひい、ふう、みい」


 指折り数えながら、頭陀袋を被せ、ぐるぐる巻きにした人間の頸を手にした蛮刀でとん、と落とした。


 溢れた血が床に刻まれた溝に沿って流れ、術式を形作る。

 ろくな魔力をもたぬ常民の血ではあるがないよりはマシだ。生体の要素はそこに配置するだけで魔力を流しやすくなる。


「下準備はこのぐらいかな」


 十数体めの触媒の肉体をぽいと投げ捨てながら彼女は思案した。


 これは近隣の村を根こそぎにして攫ってきたものだった。本当ならばもっと使いでがあったものなので少しもったいないが、背に腹は代えられない。


「まあいいかー。濾過効率のいい若い内臓はみんな組み込んだ後ですものね。惜しくない惜しくない。」


 彼女は血にまみれた床の上に除けておいた絨毯を広げる。そして愛しい人のほうを振り仰ぎ、にへっと笑み崩れた。

 もう少しでこんな事は考えなくても良くなる。余計な些事を気にかけずに、二人で幸せになるのだ。


「そのためにはもう少し頑張らなくてはね。待っていて。」


 女魔術師は夢見るように呟き、に駆け寄ると、頬を添わせてうっとりと目を閉じた。




 魔術師達が踏み込んだのは天井の高い神殿のような空間だった。


「どうぞ筆頭12塔の皆様、よくいらっしゃいました」


 エールレレシアエーィジャが中央に立ち、歌うように言った。


「エールレレ。」


 他の魔術師たちを制し、一人前に出た第一塔が声を掛ける。


「諦めなさい。あなたのやろうとしていることがどれ程危険な行為なのか、自分でも分かっているでしょう。第一あなたの魔力ではこの術式は起動できるものではない。投降しなさい」

「嫌よ」


 エールレレシアエーィジャは首を振る。


「兄弟子様、これが何をするものなのかわかったの?」

「ええ。あちらへのゲートを開くための術式だ。……エールレレ、そんなことをしてもうまくゆくはずがない。どうか……やめるのです。そんなやり方で甦ったとしてもあなたの恋人は喜ばないでしょう? 待つしか手立てはない、分かっているはずだ」


 祈るように言う第一塔にエールレレは再度首を振る。


「嫌よ。もう待つのは嫌なの。……これまでずっとね、器がうまく行かなかったの。だから踏み切れなくて。でも、考えを変えればよかったのね。人の外形に全部入れることはなかったのよね。」


 彼女が愛おしげに振り仰いだのは小山のような構造物だった。

 珪素樹脂シリコーンと金属部品が多数組み合わされ、複数の人類らしき内臓が一揃いずつ水球に封入され並列に繋がれて居るのが見える。その中央らしき場所にはヒトの上半身を模したらしき構造。


「肉がどうしても劣化してしまうなら、もっと長持ちするもので作ればよかったのよ。生体の内部環境の維持に使う部分は交換が効くようにして……あとは魂さえ宿せればいい。ずっと一緒にいられるの。だから、兄弟子様、邪魔しないで」


 魔術師の生は長い。

 彼らが一般に使う時間単位は蝕周期と呼ばれる。常民の単位にして18年余り。彼ら魔術師はこの蝕周期1で成熟し――常民の成人が性成熟ではなく18なのもこれの遠い影響だ――、残りの時を長く生きる。

 どれほど魔力が薄く、加齢症状が強く発生する個体でも、魔術師として生を受けたなら20蝕周期以下で寿命を迎えることは滅多にない。神々の血を受けた彼らと常民とは別の種族なのだ。

 故に、常民の間に生まれた魔術師の子はすぐに探されて掬い上げられ、魔術師だけの集団で生きる。彼らは常民とは異なる習俗を保ち、異なる文明レベルで生活し思考する。彼らと常民は通常関わり合わない。

 魔術師にとって常民とは個体群として存在していることに意味があるが、個別に価値のない、大抵の場合においては個体として認識すらしない存在だ。


 だが。時折魔術師は

 発端は常に些細なことだ。

 常民と魔術師は外形がよく似ているから。意思疎通の手段が共通しているから。


 まるで同じ生き物のように会話し、思考し、ごく近い情動を備えて、たやすく交配すらする。

 常民が犬猫を飼うような命の長さの差異。それを、下手に同じ種のように振る舞えるものだから、飲み込むことが出来なくなるものが現れる。

 時を惜しんで過ごし、死後の墓を守るもの、相手の真名を得て、待ち、輪廻の先の生まれ変わった相手を探そうとするもの。待つことに倦み、擦り切れて輪廻の輪に戻ることを選ぶもの。


 ときおり現れるそのような事象を父祖神の呪い、形質だと呼ぶ者たちも居る。

 かつて父祖の神が妻神を求めたように、豊穣神フォロスの作り出した常民のうちに番を望み、かの神のように狂うのだと。


 それが内にこもるものならば良い。ただ、狂った者たちは時折禁忌に手を伸ばす。


 彼女が作り出した術式もそのようなものだった。


 こちらとの境界を壊し、神々の庭で眠る魂をこちらに引き下ろすためのもの。輪廻が巡るのを待たずにこいびとの魂を側に留めるための術式。

 望みの魂一つを降ろせるならば魔術師達は看過しただろう。ただし、この術式には一つ巨大な危険が付き纏う。


 世界とは泡のようなものだ。開いた穴から繋がるのが神々の庭、魂の憩う場所のみであるなら良い。ただし、この術式で開く穴はさほど精密なものではない。

 世界は離れれば離れるほど異質になるという。いくらか離れたところ程度ならばやってくるのは魔物で済むが、ごく、何もかもがこちらと違う場所、異質な達の巣食うところが近づけば、彼らがそこから入ってくる。例えば、強い悪霊と呼ばれるものたちのいくらか、理解しがたい強大なものたちはそうしてやって来たものだという。

 それ故に穴を開けるその行為は魔術師達の則できつく戒められていた。


「やめなさい、エールレレ。そんなことで大罪を犯すな」

「そんなことだなんて。……それより重要なことなんかないのに。」

「第一あなたの魔力では起動できる術式ではないでしょう。起動したところで魔力を吸い尽くされて死ぬのが精々だ。どだい無理な話なんです。今なら間に合う。どうか――」


 第一塔が一歩踏み出す。エールレレシアエーィジャは可憐な花のように微笑んだ。


「ええ――だから、兄弟子様。あなた達がここを見つけてきてくれて本当に助かったのよ」


 息を吐いた第一塔が信じられないものを見る目で彼女を見つめ、自らの脇腹を押さえた。

 そこは血液で真っ赤に染まっている。

 彼の足元から伸びた肉の槍が傷をえぐりながら地に落ちた。


「わあ、こんなに上手くいくなんて。……途中で見ませんでした? 自己増殖する肉人形。あれの細胞をね、そこに仕込んであって。任意のタイミングで急成長させる術式を組んであったのよ」


 流れる魔力量が多ければ優秀な魔術師の彼らなら気づいていたはずの術式。しかし、元々坑道の形で張り巡らされた大術式で彼らの感覚はくらまされていたし、魔獣由来の細胞の増殖に必要な魔力はごく少ないものだった。加えて、術式に最も近づいた第一塔は僅かな異常に気づけるほど冷静ではなかったのだ。


 血が吹き出す。第三塔が舌打ちをして駆け寄り、傷口にとする細胞を排除。くずおれかける第一塔を支えながら太い血管を繋ぎ直す。

 それを嚆矢として魔術師達はそれぞれ前に飛び出し、彼女を捕縛、あるいは殺傷するための術式を刻みだした。


 しかし。


 流れた第一塔の血液が輝く。魔力を導引しやすくするための血の術式図はまえもって描かれていた。

 血が図象のうえを走る。魔力を与えられた術式は輝き、一瞬のうちに起動した。


 ぐ、と誰かの口から呻きが漏れる。

 12の塔の筆頭魔術師達は重圧に押しひしがれるような感覚を覚えていた。指一本動かせない。


「ふふ。私は弱いから、人の意表を突く奇手が得意になったの。……そうしなさいと教えてくれたのは兄弟子様なのにね。忘れていたのね。」


 女魔術師は笑い、指を立てて動かした。その動きにつれて白い軌跡が流れる。

 桃色をした肉が見る間に薄く床を覆い、そこから鋭い肉槍が生じて魔術師達の首や脇腹に吸い込まれていった。



 幾本もの動脈が貫かれ、引きちぎられる。

 多量の魔力を帯びた血が流れ落ち、血の術式図を介して坑道で形作られた大術式に充填された。

 起動する。


 世界が灰色の濃淡になった。

 エールレレシアエーィジャが両手を広げる。素体の中央の人型の唇が揺れ、呻きを漏らした。


「ああ、あなた、あなた――」


 愛おしげにエールレレシアエーィジャがこいびとの頬を撫でる。


「会いたかったの、もうずっと一緒よ――」



「駄目だ、エールレレっ! 術式を逆に回せ――!!」


 第一塔が絶叫する。

 素体に繋がったがごぼごぼと泡立った。

 次いで、床に広がった肉の膜、そして無造作に転がされた生贄の残骸が。

 ひゅっと風を切るのに似た音がする。


「あなた、あ」


 幸福そうに笑ったまま、エールレレシアエーィジャの下半分が消えた。


「転化だ……!」


 第二塔が呻く。

 女魔術師の下半身を食い取ったものは膨張と収縮を繰り返す人の内臓をぐちゃぐちゃに繋げ、それを金属とシリコンの外枠で無理やり支えたようなものだ。

 人の外形の概念を書き込まれていたせいか、時折無理に人の形を取ろうとするかのように筋繊維が撚れ、内臓がぼこぼこと膨らみへこみ、人の指に近似した形のものや口、赤ん坊の手に酷似した肉塊などのパーツが表面に生え出ては消えた。


 運良く床に広がった肉膜と転がった生贄の死体はそれぞれ別のものとして成立したようで、一つのものとして繋がっているという様子ではない。それぞれ粘菌に良く似た動きをする、超個体を構成する芋虫めいて群れをなし這いずると変わっていた。


 術者の死亡で魔術師達の動きを抑えていた術式は消えた。

 第一塔が地に落ちたエールレレの体を見て悔しげに名を呼び、第二塔がその彼に向けて触腕を伸ばした肉にごく短時間で描ける式で高温をぶつけ、炭化させて動きを止めた。

 第三塔が短い術式を描き、魔術師達の致命的な出血を止める。

 第一塔と第四塔が防護術式を張る。

 第五塔が魂と肉を引き剥がす術式を打ち、動きを鈍らせた。


 外部からの連絡があり、坑道に満ちていたモノたち全てが悪霊化していると知り、魔術師達は顔を見合わせて苦笑いをする。


「これを見越してのあの配置だとすると底意地が悪いのう、流石前の第一塔の薫陶を受けておるだけあるわ」

「外に出る前に平らげんといかんな……しかし、考えたくもないがよ、どれだけの悪霊が漏れたことか」

「坑道にいた子たちが吸収剤になってくれて全部そこで止まってればいいんですけどね。それなら尊敬しちゃうなあ」


 そして体勢を立て直した魔術師達はそれぞれが悪霊に対処するための術式を展開。それら自体はそう長い時間は掛からずに鎮圧を終了した。



「どうする、これは今年は魔獣の湧きがヤバいぞ」

「注意喚起を。各国づきの魔術師と、各地に棲む者に即刻連絡を飛ばす。 はあ、……師がなんと言うか」

「まあ今回のことは我々皆の……主に第一塔の責だ。お前だけに反省文を書かせはせぬさ」


 それは稀にある鎮圧任務に過ぎず、日常の延長ではあったが、しばらく彼らは対応に忙殺されることとなる。



 のちに塔を精査した魔術師達は、彼女が今回の発想に至ったその元がネーゲ由来の知識と先史時代の資料を基にしたものだと知った。


 単体では大きな意味はもたぬ、術式に由来しない機械装置に生体の代替をさせる発想と、古代の儀式術式。それは彼女がどれほど手を尽くして手段を探したかという証明でしか無かったが、組み合わせたことで起こった新規性に第一塔は彼女が生きていればと歯噛みしたし、報告を受けたヴァリウサの王宮魔術師は僅かながらそれに興味を覚えた。



 それぞれでは全く大したことのない、そういう事があった、と言うだけの話である。

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