夏と海と、水遊びとはあんまり関係のない出来事。

第41話 スサーナうみへいく 1

 青い空。白い雲。そして果てしなく広がる眩しい海。


「うーみだー」


 スサーナは小声で叫んでみたりした。


 今、スサーナは海に来ている。

 ちょっとした保養地、と言う具合の素敵な白い海岸に馬車で乗り付けてみんなそれぞれくつろぎだしたところである。


 事の発端は、そういえば島なのに海遊びをしたことがないな。とスサーナが気づいたことだった。


「ねえおばあちゃん、そういえば夏になると川に行って遊んだりはしますけど、海に行ったことないですよね」

「そういえばスサーナを海に連れて行ったことはなかったねえ。」


 島ぐらしで、暮らしている直ぐ側に港なんかがあってすぐに海に行ける、となるとなかなかわざわざ海に行こうとは思わないものらしい。

 なるほどなあ、そういうのは万国共通か、とスサーナが納得していると、夏の休み――一番暑い時期には仕事をしないでしばらくお休みをする――に、海に遊びに行こうか、とおばあちゃんが言い出した。もちろんスサーナが反対するはずがない。

 そんなわけで、海いきがトントン拍子で決まったのだった。


 一番長いお休みには毎年恒例の買い付けを兼ねての村行きを入れてあるので、海に行くのは一日だけ。ワクワクと準備を始めたスサーナだったが、皆がまず用意するのが椅子だとか持ち運びのテーブルだとか、そういう大物なのにまずびっくりした。

 その次がタープだのパラソルだのの日覆い。次に用意が始まったのが食事。

 それにしても布モノ荷物が少ないな、と思っていたスサーナだったが、こうして海にやってきてその理由を悟ったのだった。


「…………あー。 水着って無いんですね。」


 遠い目になる。

 目的地は遠浅の白い砂浜で、近くにちょっとした洞窟と崖などもあり、じつに夏レジャー向きではあるのだが、一緒にやってきた女性は誰一人泳ごうなんてしないのだ。


「スサーナちゃーん、どうしたのー?」


 一緒に海にやってきたフローリカが波打ち際で手を降っている。

 彼女の格好は白いワンピースにつばの大きな帽子。どう考えても水に入る格好だとは思えない。

 非常に可愛くてとてもとても眼福ではあるのだが。


「いいええー。どうもしないんですけど。 ……水に入ったりってしないんですね」

「? だって、ドレスが濡れちゃうでしょ? 男の方たちならともかく、脱ぐわけにもいかないし」

「ですよねーえ。」


 フローリカと合流したスサーナはどうやら男たちが遠泳競争をしているらしい海の彼方を見つめて遠い目をした。


 ほかに海にやってきたお針子やフローリカの家の人間たち、おばあちゃんなんかも大体、首元と脇に風が通るようにしたワンピース姿で、水に入るわけでもなく、日陰を作ってビーチチェアに座り、ボードゲームをしたり、買い付けてあった氷菓子(なんと、クーラーボックスめいたものに入っており、魔術師は本当になんでもできるなあとスサーナを感心させた)を食べたりしているのだ。

 海と触れ合っている、となんとか呼べるのは、せいぜい若いお針子や使用人が波打ち際で座っていて、あとフローリカが波打ち際で足が濡れないように波から避ける遊びをしているぐらいである。


 ちなみに、男性たちはスサーナの語彙では「ふんどし」っぽく腰に布を巻いてさっさと泳ぎに行ってしまった。

 海といえば泳ぐ、と言う先入観があるスサーナはそれが羨ましくてたまらない。

 一刻も早くポリエステル素材が開発されないかな!スサーナは願った。


「…………まだ10歳なんですし、ちょっとぐらい服が濡れてもセーフなのでは? どうせすぐ乾くのでは?」


 スサーナが身につけているのは麻の薄いワンピース。下に木綿で出来た極薄の袖なしシュミーズを重ねた形である。シルクなら断念するところだが、洗うのが容易で安価な麻と木綿なんだし、これだけ暑くてカラッとしているんだからちょっとぐらい濡らしてもすぐ乾くし大丈夫なのではないか。

 企み顔で算段を始めたスサーナであったが、運よく、と言うべきか運悪く、と言うべきか、もう一台の馬車が砂浜にやって来たことでハプニングを装って海に飛び込むのは阻止された。



「スイーっ!」


 アンジェがぱたぱた手を振る。

 新しい馬車からまず降りてきたのは講のいつものメンバー。 と、豪華なサマードレスを着た女性が一人。

 講で海に行く話をしたところ、行きたがったドンがなんとか着いてこれないかと計画しはじめたので、牽制を兼ねて『友達が着いてきたいって』とスサーナがおばあちゃんに話したところ、家族が許可すればいいよ、ということになり――なんだかいつの間にか合同バカンスの様相を呈していたのだ。


 フローリカと水入らずをするつもりだったスサーナはちょっと失敗したかなあ、と思ったが、まあ水遊びは人数がいても楽しいもんね、などと思っていたのだが。


 まさかほんとに文字通りに水いらず。水遊びをしないとは。


「お招きありがとうございます」


 女性はすぐにおばあちゃんのところに挨拶に行った。

 彼女は多分ドンのお母さんだろう。線が細く上品ながら目元なんかに面影があり、

 スサーナは、あの人からこのいたずらっ子がねえ、とそっと世の理不尽に思いを馳せた。


「スサーナちゃん、あの子達は?」

「あ、講で一緒の子たちです。なんだか来たがってたので。」

「ああ、海賊市の時の……。ふうーん。なかよしなのね」


 ぷくすっと膨れたフローリカはしっかりとスサーナの腕に絡みつき、ぺったりとくっついた。


「あの?」

「スサーナちゃん、紹介してくれるんでしょう?」

「あ、はいもちろん! じゃあ行きましょう。」


 さくさくと白い砂浜を踏んで、フローリカとぴっとり腕を組んで他の子どもたちのところに向かう。


「フローリカちゃん、暑くないですか?」

「いいえ、スサーナちゃん肌が冷たくて気持ちいいもの」


 答えたフローリカがことさらしっかり腕を組み直す。

 スサーナは苦笑しながら腕を組みやすいように腕を上げた。


 子供体温でいつでもあったかいフローリカに比べて、スサーナはいつでもすこし体温が低い。冬場に少し末端冷え性気味になるぐらいで低血圧という実感はあまりないスサーナとしては、夏になるとこうしてフローリカが張り付いてくるので得をしているぐらいの気分である。

 冷たいタイル床扱いされているような気もして、ちょっとだけ情けなくないでもないのだが。


「おっスイ!」


 柴犬めいて目を輝かせたドンがスサーナとしっかり腕を組んだしらない女の子を見てちょっとうろたえるのをリューは生暖かい目で見ていた。


 昨夜、きっと新しいサマードレスを着ているだろう、と、ドンがめずらしく気を回し、兄たちや使用人たちに聞いて褒め言葉をリサーチしていたのは秘密にしておいてやろう。そう思っている。

 ちなみに、速攻で母親にはバレた挙げ句、幼馴染でお隣さんのアンジェを褒めるものと理解されて、アンジェにサクッと話された挙げ句、馬車の中で三褒めぐらいさせられていた。


 ちなみにこれまで、ドンがスイの服を褒めるのに成功したことは、まだない。

 そのうえにすごく仲の良さそうな友達がぺったりくっついているのだ、これはもう今回も褒められないのに違いない。リューは自分の目の生暖かさがもはや真夏の昼時の日向に置きっぱなしの水桶ぐらいになっているなと実感していた。


「 あ、えっと、その子は?」

「やースイ、お招きいただきありがとう。」

「今日はよろしくね!」


 口々に言う子供達に、スサーナは軽く一礼して挨拶した。


「よろしくおねがいしますねー。 フローリカちゃん、この子達はドンくん、リューくん、アンジェちゃんです。 えー、フローリカちゃん。コラッリアにおうちがあって、親戚で、親友です。」

「今日はどうぞよろしくね。」



 特に影のない表情で微笑み交わし、ファーストインプレッションがそう悪くなさそうなアンジェとフローリカにスサーナは満足する。女の子同士の友情は初対面が大事なのだ。


 なんだか挙動不審になっているドンにはあげませんよ!とちょっと牽制の視線を投げておく。フローリカちゃんがとてもとても可愛いのは周知の事実であるが、だからってアンジェから目移りしたりするのはよくないことなのだ。


 その様子を眺めたリューがとても生暖かい目をしていた。

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