フェリスちゃん壁を登る(直接関係ない裏話)
「まあったくもおおーーーっ!」
第五王子レオカディオのための
特に彼は反応しない。女子寮の方に隔離されている第四王子がこうして訪ねてくるのは日常茶飯事だ。
「わっ、兄上、どうされたんですか」
なんとなくしょんぼりした風情で明日の予習をしていた第五王子が机から顔を上げ、驚いたような声を上げる。
「どうしたじゃないってばー。レッくん、今日スサーナが来てなかったーって言ってたよね」
「あっ、はい。ええ。きっと何かお忙しかったんだと思います。特に約束をしていたわけでもありませんし……、放課後の行動は自由ですか――」
「自由ですからー、じゃないってば! 来なかった理由わかったんだよ、んもー、レッくん呑気すぎ!」
「呑気……って、彼女にまた何か?」
第五王子ははっと表情をこわばらせる。
第四王子は勝手にソファまで歩いていき、ズボンを履いているのを良いことにドスンとすわって足を組んだ。
飲み物を出してきた侍女に手を振り、護衛で立つラウル以外の使用人を全員次の間に下がらせる。
「何かも何か、大何かだよ! レッくん冷静に聞いてね! レーナがスサーナに目をつけた!」
気色ばんで叫んだフェリクスにレオカディオははて理解できない、という表情で首を傾げた。
侍女が置いていったポットから茶を注ぎ、フェリクスの前に茶を滑らせ、自分も座る。
「レーナが? でも、兄上が釘を差されていましたし、レーナの性格ならああいうことがあった後にわけもなく彼女を目の敵にするとは思えません」
「目の敵、じゃないんだって! 気に入っちゃったんだよ! あの子スサーナを自分の召使いにするつもりだよ!」
「それは……」
少し頬を引きつらせたレオカディオの表情を見てフェリクスはほらみたことか、と自分の焦燥が伝わったのが分かり、少しだけ満足した。
レーナは彼らの幼馴染であり、頑固で一本気で、正義感が強く、更に言うと潔癖な令嬢だ。
更に言えば、二人目から五人目のどこかに縁づくことになっている。
当然ながら、彼女はスサーナと言う名の少女がミランド公によって意図して入学させられた、レオカディオに対しての生活の潤い……プレゼント……そういう類のもの――だけでもなさそうなのだが、フェリクスはとりあえずそう理解している――だとは知らない。
そんな彼女がこの弟の「ご褒美」をそれと知らずに召使いに抜擢した、としよう。
どう考えても彼女は自分のところの召使いを引き抜くとか、過剰に親しく付き合うとか、あまつさえ手を出すとか、そういうことを許すかというときっと許さない。
正式に側妻に望むならまた別の話だが、臣籍降下することがほぼ決まっている――レーナの相手として有力な――下の王子であるレオがレーナの使用人を側妻に望めば、それはもうある種の意味ができてしまう。
よほど甲斐性にあふれる誰かならやってやれないことはなかろうが、フェリクスの見立てではこの弟はそこまで神経が図太く出来ているわけではない。
「どーすんのレッくん、早く何とか思い直させないとレッくんのお嫁さん一人減っちゃうよ、レーナが手出し許してくれるわけないもん!」
「手出し……兄上!」
さあさあと手振りで弟を急かしたフェリクスになにやら絶句したレオカディオが叫ぶ。
「何を言ってらっしゃるんですか! 僕はそういうつもりはありませんよ!」
「……違うの?」
動きを止めたフェリクスが首を傾げた。
「えっ、だってレッくん声かけるかどうか一月も悩んで? タイミング伺ってるうちにテオに先に接触されて凹んで?? そんなんだってのに連れてかれたって聞いて人でいっぱいの教室から飛び出すもんだから今君お相手について10パターンもの噂話が流れてるってのに、その気がない?」
「指折り数えるのはやめてください兄上……ほんとに、ほんとに違うんですっ、僕はただ友達になりたくて……」
「ゆでダコみたいになって言う台詞かなあ。……じゃあレーナの使用人になっちゃってもいいわけ?」
フェリクスの言葉にレオカディオはうっと詰まり、それからふらふら目を彷徨わせ、もそもそと言った。
「彼女が納得しているなら……。レーナは押しが強くて人の話を聞かないので、スサーナさんを困らせるかもしれないのは困りますけど、あの方がそう決めたなら僕が何か言うことでは……レーナの周りにいれば加害される可能性も減りますし……」
フェリクスはううんと腕を組んだ。
レオカディオは今の様子からは想像もつかないが、こう見えて女性あしらいに慣れている。
母親譲りの澄んだ美少女のような容姿のおかげで――王子たちは運良く皆、容姿好みで娶られた母親達に似て、それぞれ容姿に恵まれてはいる――女性に囲まれる事が多く、学院内でもつぎからつぎへやってくる少女たちに対し、そつのない笑顔と非の打ち所のない態度で接する、「理想的な王子様(概念)」だ。
その彼がどうにも平民の娘に接しかねている現状は実のところフェリクスにはよくわからない。
そうとは知らずに寮内で出会い、ちょっとしたハプニングで打ち解けた平民の少女は確かに接しやすくてフェリクスは大いに気に入ったが、この弟がこんな風になるような生き物だとは思えなかった。
去年の初夏頃に出会ったとかいう相手らしいが、侍女たちが盛んに噂をしていた「
容姿は確かに良く、造作だけ見れば冷たいような整い方をしているが、いまいち集団に埋没しがちな印象で、注意して見ているとわかる、後ろに下がりがちだったり、人を正面から見つめずすっと視線から逸れるような物腰も相まってはっと目を奪うという風ではない。
そんな挙動をするくせに実際話している時は無邪気に見えるところとか、それでいてレーナに詰められている時見たような妙に凪いだ顔をするようなところには興味を抱かなくもないが、侍女たちの噂の「海の泡の妖精のような」とか「木漏れ日に咲く薔薇」とかいうような相手にはどうも見えないし、弟がさっさと触れればいいものを遠巻きにして、いっそ崇拝したような態度をとるのもよくわからない。
「そーいうもん?」
「ええ。レーナがスサーナさんを雇ったところで顔を合わせられなくなるわけではないでしょう。……無いですよね? スサーナさんとその、お友達になれるかどうかとレーナの使用人になったかどうかは関わりないわけで」
「まあ……それならいいけど……いいんだね? ホントに。止めなくて。レーナんちの子になっちゃったら来年になってもベッドに呼ぶなんて夢また夢だよ?」
「兄上!しつこいですよ! そういうつもりは無いって言ったでしょう!」
くわっと肩をいからせたレオカディオにフェリクスは半眼でふうーんと声を上げた。
「んー、レッくんがそのつもりならいいけどー。じゃあさ、あんまり顔合わせないように頑張ってたけど、ボクがスサーナと遊んでもいいの? ほら、ボクらって親友なわけだし?」
「それは……テオや僕と一緒にいるときならいいんじゃないでしょうか!」
「えー? ボクら二人だけでご飯とか食べちゃう仲だし? 女子トモだし? ハグとか普通にしちゃうかもなー、親友だからなー。」
「兄上!!!」
叫んだ弟にフェリクスはけけけと笑い、弟の紅茶皿から結晶蜂蜜の匙を取り上げてじゃくじゃくと齧った。
「ま、それは冗談だとしてもさぁ、そんな風だとどっかに取られても文句言えないってことは覚えておきなよ。14まで一年しか無いし、所有物にしないんなら自由恋愛は自由だからね? ボクもいつかは冗談じゃなくなるかもだし?」
「兄上、反応に困る冗談はおやめくださいってば……」
眉を寄せたレオカディオにフェリクスはんーレッくんにはこういう話はちょっと早かったかなー、と声を上げた。
「まあいーや。とりあえず明日の昼話を本決まりさせるみたいだから、テオ達にも教えとこーね。」
「ええ。それはそうしましょう。レーナが突拍子もない事を言い出さないか見ておかないと。」
幼馴染の思いつきのとばっちりで微妙にややこしい事態を抱え込んだ王子たちは頷きあい、その日はそれでお開きとなった。
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