塔の諸島の糸織り乙女 ~転生チートはないけど刺繍魔法でスローライフします!~
渡来みずね
覚醒と6歳。
第1話 転生しました。
某月某日、異世界転生しました。
いえ、正直確信は持てないんですが、多分これはそういうやつなんだと思います。
死因は内臓疾患からの多臓器不全。享年は22。いやあ身辺整理をする時間があったのは幸いでした。悲しむ人も少なかったのは不幸中の幸いというところでしょうか。なんて言いましたか、お気に入りのSFの言葉を借りるなら、不可逆過程で自己情報の変換操作を受けるときの覚悟を決めて、つまり往生際よく、しっかり神様になるつもりで……あ、うち神道なんで……病室で目を閉じたはずでしたが、ふと気づいたらあら不思議、小さな子供になっていました。フムン。
とは言うもののこれはちょっとレトリックにより過ぎましたね。別にはっと目を開けたら子供の体、というわけでもなく、物心ついたかつかないかという頃からじわじわと得体の知れないノスタルジアと夜ごとの夢を繰り返し、本日に至ってそういえば自分はこんな人間だったような、とようよう思いだした、という次第です。
というわけではじめまして。わたしはスサーナ、旧名は
あ、ちなみに死後とくに神様に出会った、というようなこともありませんでした、ないとおもいます。残念ですね。
たぶんそれでは素晴らしいチートなるものもないでしょうから。あ、一応念の為ステータスなどとつぶやいてはみましたが、しっかりなんにも起こりませんでした。
あとうちは代々神道でしたので、なんか氏神様とかに出会えたら一言家族を頼んであとお礼でも申し上げたんですが。
さてさてともあれ。今私はなんらかのファンタジー世界に在住しています。文明レベルは中世後半から近世が混淆しているというところでしょうか。発達具合はなんだか地球の歴史より凹凸がある気がします。いかんせん6歳児なもので居住地からそうそう離れることもなし、世界の俯瞰なんかは出来ないのでふんわりした印象ですが。
植生はなんとなく地球に近い気がします。レモンやオレンジっぽいものがあったし、残念なことにジャガイモ類似の根茎類もありました。昨日の夕ご飯は芋の千切りを焼き固めてさらにミルクソースを掛けてオーブンで焼いたものでしたからね。
ここはどうやら島らしく、居住地の近くには大きな港もあって、このあいだ叔父がお出かけに連れて行ってくれました。大きな帆船がいくつもあって、麻袋やら木箱やらをしきりに積み降ろしていました。穀物やら果物やらもたくさんあったようです。海運はとてもさかんなようですね。あと、そこで確かに見た気がするんですが、魚醤っぽいものも干し魚の類も豊富なようでした。青魚の腹身を蒸して干したものもありましたからね。あれは多分かつぶしと似た味がするはずです。
……食料チートなるものはする余地はあんまりなさそうです。残念なようなよかったような。食は生活の基本ですからね。
わたしのお家はどうやら仕立て屋さんみたいです。親類縁者?だと思われるお針子のお姉さんたちが8人。普段から機を折ったり、刺繍をしたりをしています。これは普段からお店屋さんに卸すやつ。いわゆる高機ってやつですね、結構複雑な機構の織機を使います。
そのほかに叔父さんがお仕事を請け負ってきて、叔母さんたちと旦那さん達がそれぞれ取りまとめ役をしたり、必要なものの買い付けやお金のことをしたり。
お仕事が入ると、デザインが得意ないちばん上の叔母さんがかたちを考えて、みんなで布を切って、パーツごとに役割分担をして縫う。船乗りさんの、形の同じ服をたくさん請け負うのがうちの得意な仕事です。いっぺんにたくさん作るものなので、足りないぶんの布はご近所から買ったり、そのままご近所の人に働きに来ていただいたりもします。
それからいちばん大事な役目、おばあちゃんが一番偉くて社長さんみたいな感じです。生き馬の目を抜く商人さんたちと渡り合うので一目置かれているおばあちゃんでなくては出来ないそう。なるほどなかなかの家庭内手工業。一族企業というやつですね。
この場に出てこないわたしの両親はと言うと、うん、ちょっと6歳児としてはわからなくていいことが自意識の確立とともになんだかクリアに見えるようになってしまったのでちょっと問題ですね。なるほど、皆さんの断片的な話をつなぎ合わせるとお母さんは漂泊民だったんですね。そしてそんなお母さんに一目惚れしたお父さんは周囲の反対を押し切って結婚したものの、結局わたしを置いて駆け落ちしたと。いやあ、異世界転生もちょっと考えものですね。急に思考が成人になるものだから、肉体年齢にふさわしくない大人の事情がみえてしまいます。
ともあれ、まあ、些細な問題でしょう。よくあるよくある。……いえ、本当によくあることみたいなんですよ。漂泊の民が街に馴染めない、なんてこと。困ったもんですね、民族問題って。ともかくみんなわたしには優しいですし、これはあんまり意識するのはやめておきましょう。
おほん、話を戻しましょう。もちろんわたしにもやることはありますよ。まだ子供なのでたいしたことはさせてもらっていませんが、布を洗って乾かす前に砧で叩いて皺を伸ばす仕事。干し竿に干してから均等に伸びるように引っ張る仕事もあります。あとは針仕事をおばあちゃんに教わっているんです。10歳になったら徒弟になるそうですからね。 ……前世では家庭科の時間などを思い返してみるに、わたし、ものすごく不器用だったんですが、今生ではあんまり不器用ではないといいな、と思います。まあ、慣れですよね。こういうものはきっと。たぶん。ええ。
あ、おばあちゃんが呼んでいるから、今日はここまでにしましょう。
ああ、声を出して何かに話すのはいいですね。起こったことと立場がちゃんとまとめられて、胸がおさまった気がします。また何かあったら話すとしましょう。
それじゃあ、キティ、今日はここまで。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
小さな木の椅子の上に陶器の人形を座らせて、芝居がかって話しかけていた少女は、階下からの呼び声に振り返ると藁布団の下に人形を押し込んだ。
「はぁーい、いまいきまーす」
ぱたぱたと木靴を鳴らして走っていく先にあるのは小さなパティオ。薔薇の茂みと檸檬の木の間にはたくさんの支柱が立てられて、洗い干しの綿織物がずらりと並び、まばゆい日光を浴びてひらめいている。
「さあスサーナ仕事だよ!しゃっきりおし!船が戻ってきたからね!注文がどっさりやってくるよ!船員服をたっぷり縫わなくっちゃあいけないよ!」
曲がった腰をぐいと伸ばして大かごいっぱいの布を背負った老婆が叫ぶ。
「やすんでなんていられないよ!女衆をみいんな呼んでおいで!ここ一番の稼ぎ時だよ!」
老婆の声にこたえるように船つきの海鳥がカウカウと鳴き交わし、中庭の上に切り取られた青空を横切っていく。空には雲ひとつ無く、きっと明日も船乗りの喜ぶ良い晴れになるだろう。
スサーナが居室に飛び込んで呼び集めると、すぐに幾人もの女たちが
「スサーナ、シャボンを持ってきて!去年の布を洗い直すから!」
――そういえば石鹸もある、っと。
陶器の平壺に詰められたジェル状の石鹸をスサーナが中庭に持ち出すと、年かさの女の一人が跳ね釣瓶で井戸から水を汲み上げて、いくつものたらいに注いでいく。
布に石鹸を塗りつけて洗濯板でこするとすぐにたらいいっぱいに白い泡がたった。
並んで台に腰掛けて、一人が洗い、一人がすすぎ、一人が絞って一人が伸ばす。
ぱん、と伸ばされる布と、虹色をまとって飛ぶシャボン玉を眺めながら、スサーナはふんわりと
――衛生チートもなさそうだなー。
そう思うのだった。
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