第207話 misfortune 1
次の日。
平民生徒たちは皆参加を決めていて、つまりミアも参加する、「希望者が行く王都ツアー」に混ざろうか、と思っていたスサーナだったが、朝一番でその予定は覆されることになった。
脅迫状が届いたのだ。
脅迫状、とは言うが、実際そうなのかはわからない。明け方、がたがたと音がして、窓の隙間から差し込まれていた封書を何気なく取ったら――窓経由で連絡しがちな魔術師さんが知人に居るせいでそのあたりの警戒がどうしても甘くなっていた――お前の隠している事を知っているぞ、と書かれていた。
――隠していること、とおっしゃいましても。
どれだろう。スサーナは首を傾げた。
正直、心当たりが多すぎてどれのことを言っているのか本当にさっぱり全く見当がつかない。
封書にはそのことについて話したいので人に知らせずに指定場所まで来るように、と記されていた。
スサーナはしばらく悩んでから、まあ肉体的外傷は色々大丈夫そうですし、と指示に従うことにする。
多分指示された場所に行っても死ぬことはない、と思う。そして隠していることがどれの事を指しているにせよ、どれもみなバラされたら社会的な死を招く事項である気がする。良くわからないが脅迫状をよこすということはバラすのが主目的ではなく、何かそれ以外にやりたいことがあるとみえる。となると、ちょっと他人に説明して対処してもらうのが無理な事情な以上、行ってみたほうが得だろうな、と判断したのだ。
どれもこれも誰かに先に言付けておくというのには向かないし、一番それっぽそうな秘密を共有しているレミヒオやネルは旅行先には居ない。
――ええと、一応、こう、なにか大事になったりしたら「よほど異常な事態」のうちに入りますかねえ。
健康診断をしてもらう、ぐらいならまだしも、個人的な面倒くさそうな事情であまり手を煩わせたいとは思わないのだが、そう、例えば実家に迷惑がかかりそうとかそんな時に連絡して、伝えてもらえるかもしれない、というのはアリのように思える。
スサーナは旅行荷物に忍ばせておいたお手紙用紙を取り出すと持っていくことにした。
本当は小回りがききそうな普段の格好の方が良かったのだが、朝から指定の時間までにメイドたちに気づかれず着替えるタイミングがなく、貴族めいたドレスで出かけることになる。
青みがかった紫の、たぶん大青と思われる染めに、大きくスラッシュが入って
――とはいえ、逆に良かった、んでしょうか。
スサーナは投げ文の文面を見る。
そこには、ミアやジョアンも泊まっているホテルの名が書かれていた。
貴族めいた格好の方が出入りして溶け込む場所だ。昨日、ロビーを出入りしていた学生たちはそこそこ場違いに目を引いたので、目立たないためにはこちらのほうがいい。
――……万が一、なんと言いますか、これがミアさんやジョアンさんとかのいたずらというか、何らかの催しだったりしたら真面目に悩んだのがすごくバカっぽいんですけど……まあ、それならいいか。
もしいたずらだとしたらフェリスちゃんが有力だろうか。彼女はこういうケレン味を好みそうな気がする。
そうであってくれたらいいな、と思いながらまず「皆と出掛ける」とメイドさんたちを誤魔化して貴族街を出るところまで馬車で送ってもらったスサーナは、辻馬車を拾い、そっとホテルに向かう。
道中、街角に見慣れた学生たちの姿を見たことから何らかのイベント、というオチはないようだった。少なくともジョアンやミアが関わったようなものではない。
時間を確認し、指定の部屋へ向かう。
辿り着いた先はミアやジョアン達が泊まっている部屋よりも明確に高級らしい階層だった。
ドアノッカーを打ち、入るようにという声に従って室内に入る。
「……大人しくやって来たか」
スサーナは中に居た人物にはてと首を傾げた。
「ええと……プロスペロさん?」
困惑が先に立つ。
――全然関係ないし、私の隠していることを調べそうにない人側の人……だと思うんですけど……、いえ、でも、貴族の方ではあるんでしょうし、王家とかの依頼でってことも……あ、いえ、エレオノーラお嬢様を心配してという方がずっとありえるのか。
閉めようと振り向いたドアが横に居た男性の手ですっと閉められ、スサーナは少し身を固くした。
――人、が、いらっしゃったんですね。……うわあ、ものすごく動きが綺麗。
ドアを閉めた人物はスサーナにも解るほど自然な動きでドアを閉めた。先程触れた時に広葉樹製で金属補強のある分厚いドアはとても重いのだと悟っている。
つまりドアボーイとかそういう類の人間が控えていた、と言うよりも、もっと力が必要な仕事についている人の気配。
――しかもそのう、立ち方もお綺麗ですね……? ラウルさんを思い出すのってこの状況でだととても嫌なんですが。
ラウルほどまでとは言わずとも、訓練された人間の感じがする。振り向いたらチンピラがいた、というほうがちょっとまだマシかもしれない。
スサーナは、いやあ怪我をしないと言ってもちょっとうかつにやって来てしまったかな、と内心身構え、どれのことを聞かれるにせようまくしらばくれていければいいが、と願った。
「座れ」
言われたとおりに大人しく椅子にかける。相対した相手の目の冷たさに、さて何を言われるのだろうと覚悟しながら――事と次第によっては窓を割る必要があるのかもしれない――スサーナはとりあえず首を傾げてみせた。
「ええと、あのお手紙は私宛、ということでよろしかったんでしょうか」
「他に誰が居る。……、誰の差し金だ」
「……はい?」
予想の斜め45度上の単語をぶつけられてスサーナのとりあえずの首かしげが本物になる。
「ギジェンか? イグレシアか。よく隠しているがお前が平民であるということはわかっている。……宮廷語を随分と努力して覚えたようだがご苦労なことだ。」
――宮廷語……?
「あのう、別に隠しているわけでは……」
――いえ、ちょっとは隠してましたけど、そこまで意図的では……?
エレオノーラお嬢様のお兄さんに平民と解ると不興を買うかな、とは思っていたが、そこまで演技らしいことをした記憶はない。わざわざ貴族らしい言葉を使って喋った、という記憶もない。精々気づかれなければいいなあと思った程度だ。
「取り繕っても無駄だ。貴婦人のフリをしていても価値観は変えられぬか。お前の行動は平民か使用人が取るようなものだった。取り入るつもりだったのだろうが、残念だったな? それにお前が粗野な南部訛りを話すのを俺は自分の耳で聞いた。バレていないとは思わないことだ」
――あー。そういえばガーデンパーティーにいらっしゃいましたねえ。なんというか間が悪いというか……いえ、まだハッキリわかっていないんですけどこれはどういうアレなんでしょう?
第二王子にわざと喋ってみせたのは確かに南部の言葉だ。南部訛りは粗野なのか、とどうでも良い感想を少し浮かべつつ、スサーナは、はあ、それでええと……と再度首を傾げてみせる。
「ええと……私、使用人ですし。それで、あのお手紙は何だったのでしょう?」
「ふん、なるほど。子供の割に度胸はあると見える。……ならばそれに免じて忠告してやろう。オルランドに近づこうとするのは身の破滅を招くと心しておくがいい。」
スサーナはとりあえずまず意味を取ることが出来ず、しばらく固まった。
――ええと、今の文脈ですとええと? 近づく。近づくといいますとええと物理的距離の話では無さそうですね?
「はい、ええと? 近づく。あのええと、流石に無理があるのでは無いかと思うんですが……ええと、そのオルランド様は18……でした、よね? 13の子供が言い寄って何か出来るかと言うとそんな事無いんじゃ……」
意味を理解したところで全力で思わず突っ込み、冷たい口調で黙れと言われてぴゃっと黙り込む。
語調の鋭さにどうやら相手は本気らしいぞ、とうっすら悟った。
「お前の雇い主はそうは思わなかったのではないか? あの女が接触してきたのも同じ年だった。思い起こさせるには十分だと。それか、あまり年がいっていないほうが怪しまれなくていい、とでも思ったか。オルランドが王都に戻ると聞きつけて即座にお前のようなものをよこしてくるとは、呆れる……。」
「雇い主……と言われましても……。ええと、あの女、と言いますと、メリッサさん……とか仰る方のことでしょうか」
雇い主と言われてもエレオノーラのことは指してはいまい。現状自分を雇っている相手と言うとエレオノーラだけだが。スサーナはそう考え、さてどうこの思い違いを解いたらいいものか、と悩んだ。
第三者の立場で聞いたら何を言っているのか、と笑ったような話のように思えるが、現状あまり洒落になっていない。
何かはわからないが、有力貴族の子弟に何かを疑われている……色目を使った、というだけではなく、何か目的があると思われている、というのは良くない。もし身元を調べられたりしたら家人に迷惑がかかるかもしれない。
まあ、お前は魔法を使う鳥の民だな、とか、ネーゲ語が読めるだろう、とか言われるよりもずっとマシな事態ではあるのだが。
「よく知っているじゃないか。オルランドに付け込んでフォルテア家に入り込み、内情を外に流していた卑しい女だ。……自分が調べられていると判ったら価値ある宝石と金品とともに姿を消した。どこの息が掛かっているかまでは解らなかったが……」
プロスペロの口調と嫌悪に似た目線の理由を悟りつつ、スサーナはうわあ、となる。
そこまでの事情だとは思わなかった。
これは早急に否定しておかないととてもまずい。どこからどこまでの行動で彼はそう言っているのだろう。とスサーナは短く考える。学院での行動……ネルさんやレミヒオ君との関係、もしくは寄宿舎の皆との関わりを含めて見咎められた、にしてはエレオノーラお嬢様の態度は変わっていないし多分違う。という事は単純に別邸で顔を合わせたあたり。スサーナは急いで口を開いた。
「ええと……つまり、私が同じような目的で居たと? あの。誤解です。私の雇い主はエレオノーラお嬢様です」
スサーナの弁解を聞いてプロスペロが乾いた声でするどくはっと笑う。
「言うに事欠いてそのような事を……。それが本当だとすれば、なおの事疑わしいな。エレオノーラ嬢は……当時アレの口車に乗って宝物庫の鍵を開けさせられてより平民が殊の外お嫌いでね。つまりお前は身分を隠してエレオノーラ嬢に近づいた、と自白したということになる」
うわあ。
それは平民嫌いになるわけだ。とスサーナは頬を引きつらせた。それであの取ってつけたような平民ディスで済んでいるのだからなんというかエレオノーラお嬢様もすごい。しかし王子様たちはそんな事一言も言っていなかったではないか。いや、流石に家中の恥っぽいし、いくら仲が良くても関係者外には言わないことかもしれない。
しかし事情がわかるとあれだけ家族に紹介できない、と言っていた理由が判ってしまった気がする。それは会わせられない。おかげで二重に今困っているがこればっかりはどうしようもないな、と思う。
それに、とプロスペロが言葉を継ぐ。
「今あの屋敷は名目上エレオノーラ嬢のものであることは確かだが、何故わざわざあんな場所に一人でお前を逗留させる? お前が意図あってそう仕向けたのではないか? そう、オルランドがあの場所を懐かしんで戻ることを期待して、とかな」
「そんなことしていません、偶然です!」
言いながらスサーナは忙しく考える。本当のことを言うのはアリだろうか。エレオノーラお嬢様がちょっと外にいえない工作をしていたので目立たない所にこっそり泊めてもらった、と? いや、自分で言うのはない。多分それはちょっと背信行為になる気がする。ならば言えるのはこうだ。
「不審がおありのようでしたらエレオノーラお嬢様にお聞きになってください。それで私の疑いは晴れると思います。」
そう言って頬をこわばらせ、プロスペロをじっと見上げた娘を彼は上から下まで見下ろし、フンと鼻を鳴らした。
「なるほど、あくまで無関係だと主張するか。まあいい。忠告はした。次不審な動きがあれば子供だろうと容赦はせん。解ったな? 早急に別邸を離れ、フォルテア邸にも二度と近づくな。お前がただの玉の輿狙いの愚か者だろうが意図あってフォルテア家に近づいたのだろうが、おかしな動きをすれば排除される、そのことをよく覚えておけ。」
――どっちも違うんですけどねえ!
「お話はそれだけでしょうか。私、帰っても?」
的はずれな勘ぐりに対する反発半分、ホッとした半分でスサーナは肩をそびやかしてみせた。
「ああ、その前に昨日フォルテア邸から持っていったものを返してもらおう、手癖の悪いお嬢さん」
――何か持って行ったとでも言うおつもりです? それってここでお返しできるようなものなんですかね。
そう言おうとしたスサーナは後ろに立った男が腕を掴み、手首に手を伸ばしたのを見て身をこわばらせる。
「何をするんですか!」
動かぬよう、と言われて軽く押さえられるだけだが立ち上がれなくなる。抵抗すると悪意あると見做す、と言われてしまうと流石に暴れることも出来ない。なにせ相手は権力者だ。
――この人達、やっぱり騎士っぽい……手慣れておられる。
「売り払いやすい目立たない装身具……とでも思ったんだろうが、それはとても貴重な品だ。50年前に先々代のご当主がお役目を拝命した際に頂いたモノでな、俺も見分け方を学んでいなければ見過ごしたろうが」
「恐れ入りますがその見分け方は間違っているのでは!? これはそんな大層なものではなくて、ただの護符――返してください!」
腕から外される、という行為に対しては障壁はどうやら働かないらしい。スサーナは取り上げられた
そのままボディチェックされ、ポケットの中のものを出され、いくつかの装飾品を外された。
プロスペロが目の前に護符を吊るし、何か確認するように注視して頷いて、それから眉をひそめて手紙用紙を取り上げる。
「これもか。共に飾られていたから高価なものかと思ったか? それとも包み紙にでもするつもりだったか。これらは俺がフォルテア邸に返しておく。……一度目は寛大に見逃してやろう。当代様は厳重な保管をしていないのは確かだった。多少の手癖の悪さは平民という身分なら仕方ないと思え、と随分聞かされたことだしな。」
それからスサーナの肩を捉えた男性にお帰り願えと指示をした。
目の前で重たい扉が閉まり、放り出されて転がったスサーナはとりあえずしまったドアに飛びつきばんばん叩いたが、中まで響いた、という気は全くしない。
「返して! もしもし! 確認もなしってちょっと乱暴なんじゃありませんか! かえ……うっ」
背伸びをしたタイミングでバランスを崩し、足を捻ってその場にすっ転がる。
「いっ……ったぁ……うう」
――おのれ、さっき放り出された時ですね……? 厚底靴の土台がぐらぐらになってる……
スサーナはその場にのろのろ立ち上がり、開く気配を微塵も見せない扉にふしゃーっとなりながらその場を離れることにした。
――あの疑いは……多分、エレオノーラお嬢様にお話すれば解ける……はず。駄目でも……ズルいけど、フェリスちゃんあたりに頼んで証言してもらえばいい……ですよね? 演奏会には居るって言ってた。特に派閥とか対立とかなければいいけど。……駄目でもあと数日。「二度目」があるとはまあ思えないですし。別邸は引き払ってもいいですし、ドレスも、ミアさんも普通の服ですもん、手持ちでいい。実家まで調べられるような感じではなかったし、まあいいです。でも、あれは返してもらわなきゃ。
多分似たような物品が向こうにもあるのだろう、というのはなんとなく分かった。
きっと、護符がかつて授けられたのだろう。腕輪の形は護符として一般的だと第三塔さんが言っていた。きっとデザインも近いのだ。スサーナのお守りよりもそれはきっと希少なものだろうが。
向こうにその品が残っているのを見れば勘違いも晴れるだろうが、その前に取り出しづらい所に厳重にしまい込まれてはたまらない。
あのお守りだけは換えの効くものじゃない。どうしても返してもらわなくては。
「とりあえず……エレオノーラお嬢様に連絡しなきゃ……今日はどちらにいらっしゃるって言ってましたっけ……」
おもいこみのはげしいえらいひとなんかきらいだ。スサーナは涙目で歯噛みしつつ豪奢な廊下を歩き出した。
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