幕間と余談

些事雑談 フリオのお見合い

 秋の初めの気候のいい日、叔父さんがお見合いをすることに決まった。


 取引先の人の親類の娘さんで、いつまでも結婚しない叔父さんを心配して取引先さんがセッティングしてくれたそうなのだ。


 仕事の合間にマノロにそれを聞かされたスサーナは、ええーっと驚こうと思ったところ、休憩室にいたお針子達がもうちょっと数年は聞けなさそうな悲鳴や叫び声を上げたので、驚くチャンスを失ってしまった。


 ――叔父さん、まさかとは思っていたけど、うちの人達にも人気だったんですね……!


 いるときといないときで女性の熱意とか意欲が結構違う感じはあったので、なんとなく察してはいたが、そこまでとは思わなかったスサーナであった。


 この世界の結婚制度はちょっとややこしい。

 男性は16、女性は14から結婚することは可能なものの、これはほぼ貴族たちの政略結婚とか、でなかったら口約束では済まない先の約束のために、結婚生活がない、書類だけ済ませるような結婚に使うぐらいだ。

 だからそっちの年は民間だと一般的に「婚約年齢」と扱われる。

 通常実態がある結婚をするのは、男女どちらも18の成人を済ませてから。

 大きな会社の跡取りなんかは成人を済ませてすぐに結婚して、後継者と結婚のお披露目のパーティーをいっぺんにしたりもする。


 もちろんしっかり身代を固めてから結婚する、と言う人達も多く、男性の結婚年齢はもう少し上なのが一般的ではあるので、叔父さんの26という年齢はそう適齢期を外している、というわけではない。むしろ適齢期ど真ん中といったところか。

 それが、もう世間体に関わる年だからと親切ごかして強引にセッティングしてきた、というので店の人間たちの機嫌が悪い。


「舐めてるんですよ! 人の多い集まりでわざわざ言って回って断りづらくして!」


 さっき来たお客の型紙の調整をしているブリダが手を正確に動かしながらも口は烈火のごとく怒っている。


「フリオさんもあんな失礼なやり方、断ってやればいいのに、取引のある方だからって顔を潰しちゃいけないなんて言って!」


 ばーんと力強く布を畳む。


「いっつもいつもそうなんですから! ああもう! 自分のことになると無頓着で! なにが『決まったものを断ると相手のお嬢さんにも失礼だよ』ですか! どうせそのお嬢さんが頼んで無理にねじ込んできたに決まってます!」


 ――ブリダ、怒ってるなあ。


 スサーナは細々したメモを清書してまとめる仕事をしながら、そおっと首を傾げる。

 なんだかブリダの怒り方が他のお針子たちとは違う感じがしたのだ。

 ブリダは叔父さんにとってははとこに当たる関係で、子供の頃からそれなりに仲が良かった、と聞いたことがある。

 仕事をしていても気心がしれている感じはするし、会話にも遠慮はない。

 だから、仲のいい親戚に対しての怒り方としてはそれは違和感はないのだけど――


「まあ、でも、叔父さんがいつまでも結婚しないのが原因なんですから。……いっそ、ブリダが貰ってくれればいいのになあ」


 スサーナはかまをかけてみることにした。


「ばっ、バカなことおっしゃらないでくださいよお嬢さん! あのね、フリオさんだって嫌がるに決まってるでしょう!」

「ええー、ブリダが叔父さんと一緒になってくれたらずっとブリダといられるからいいとおもったんだけどなあー」

「んもうお嬢さんったら、結婚はそんな簡単なことじゃ……」


 ――あ、これ、もしかしなくてもあたりだ。


 ちょっと一瞬言葉が出なくなるぐらい慌てたブリダが耳まで真っ赤にするのを見て、スサーナはそおっと確信した。


 その日の夕食が終わったあと、抜かりなくスサーナは火を入れていない暖炉前の長椅子で寛いでいる叔父さんのもとにすすっとすり寄った。


「叔父さん、叔父さん。お見合いするってほんとですか?」

「スサーナ。うん、なんだかそういう事になってしまってね」


 苦笑した叔父さんが果物をたっぷり漬けたワインをレードルで掬ってグラスに注ぐ。


「まだそう遅いとは思わないし、いろいろとややこしい時期でもあるから身を固めるつもりはないけど、取引の付き合いだからね、仕方ない。」


 最近、これまでとは違う系統のお仕事がいろいろと入っているというのはスサーナもなんとなく知っていた。島の外の貴族の人たちは、島の外のやり方を持ち込みたがるのだ。

 だから叔父さんは最近とみに忙しい。こうしてくったり長椅子で潰れているのもしばらくぶりの休息なのだ。普段あんまりお酒も飲まない人なのに、こうしてワインを飲んでいるのは疲れすぎていて寝付きが悪いからなのをスサーナは知っている。

 その忙しい叔父さんが時間を縫ってお見合いの準備までさせられるのだからブリダの怒りももっともだ。そんな事をしている暇があるなら確かにいっぱい休んで欲しい。


 スサーナは叔父さんの後ろに回って肩をとんとん叩く。島には肩こりという概念が無いのだけれど、スサーナが試してみたところ凝らないというわけではないらしく、この家で働く人たちには肩もみとか肩たたきの概念が浸透してしまっている。

 叔父さんが気持ちよさそうに目を細めた。


「ふうん、じゃあ叔父さんはまだまだ結婚はしないんですか?」

「そうだね、スサーナが一人前になるのを見るのが先かな」

「それだとずっと叔父さんが結婚できないまんまですよ。……気心のしれてる人とかとだったら支え合ったり出来ないかな? そうだ、例えば、ブリダとか」


 無邪気を装って、ぽんっと手を打ち合わせながらスサーナは名前を出してみる。

 こっと飲みかけのワインが喉の変なところに引っかかったような音をさせて叔父さんが噎せた。


 二三回咳をして、叔父さんが苦笑する。


「いやあ、ブリダは嫌がるんじゃないかな……。あいつは筋肉質なのが好みだから」


 ――まず出てくるの、相手が嫌がるかどうかなんですね。どっちも。あとなんか後半妙にしみじみしてませんでした?


「スサーナは結婚が気になる? 気になる相手とかいるのかい」

「うーん、そういうのは全然……あ、でも、結婚式はいいですよね。ドレスが綺麗で」

「はは、スサーナにはまだちょっと早い話だったかな」


 昔何かあったりしたのかな? おつとめの長い人にそおっと聞いてみよう。スサーナはそう決めながら、後は何も言わずに叔父さんの首をほぐしたり目を覆う蒸しタオルを用意してあげたり、最近日課になっているリカバリ行為に励んだのだった。


 次の日。

 勤続の長い、更にスサーナと比較的親しい店員となるとやはり本店づとめのマノロだろうか。叔父さんのもっと若い頃に詳しいとなると一位はやっぱりおばあちゃんだろうけど、そこに聞くのものなあ、と思っていたスサーナに予想外の方向から救いの手がやってきた。

 赤ちゃんを連れたルブナ叔母さんが訪ねてきたのだ。



 ルブナ叔母さんの家にもちゃんと使用人はいるし、乳母もいはするけれど、本格的に休みたい日になると叔母さんは赤ちゃんを連れてやって来てはお家のご飯を食べたりお昼寝をしたり、おばあちゃんにマッサージしてもらったり、スサーナの着せ替えをして遊んだりしにくる。


 講から帰ってくると叔母さんが居てジャムをたっぷり載せたシフォンケーキを食べていたので、スサーナはまず赤ちゃん……ちっちゃなエドに挨拶して、それからしばらく揺り籠を揺らしたりあやしたりを手伝った。


 しばらくするとエドが眠ったので、ルブナ叔母さんはお土産に持ってきてくれた練香ねりこうと髪油を合わせてスサーナの髪に塗ってくれた。

 最近のルブナ叔母さんのマイブームはスサーナの髪の毛をするっするにすることなのである。


 ただでさえ指通りの良いタイプの髪の毛のスサーナの髪は、手をかければかけるほど摩擦係数が0みたいなことになっていき、いじっていて非常に楽しいらしいのだ。

 ルブナ叔母さんは、スサーナの髪が短くて洗いやすいのをいいことに髪を洗い、色々塗ったりさんざんに梳かしたりと楽しそうに弄っている。


 そのあいだずっと座りっぱなしなので、色々雑談をしたりもする。それをいいことにスサーナは叔父さんのお見合いの話を叔母さんに振ってみることにしたのだった。


「……と、いうわけで、叔父さんが大変なのにお見合いすることになっちゃってて。 ブリダがすごくすごーく怒ってるんです。ブリダは叔父さんと仲がいいですけど、こどものころからなんですか?」

「ふふ、そうね。ブリダはフリオと歳が近いから、いつもだいたい一緒だったし。」

「へええ、そうなんですか! あのね、叔母さん、私、どうせしなくちゃいけないならブリダが叔父さんと結婚したらいいのになーって思ったんですけど、叔父さんはブリダは筋肉質な人が好きだからダメーって言うんですよ。そういう素振りは見たことないですけど、ブリダは筋肉のある人が好きなんですか?」


 またまたスサーナが無邪気を装って聞くと、ルブナ叔母さんはなにかこらえきれないといった様子でぷはっと笑いだした。


「やだ!ふふふふ、フリオのやつ、まだ根に持ってるのね!」

「根に持ってる?」

「うーん、スサーナ、今から話すことはフリオには秘密に出来る?」

「もちろんできます!」


 スサーナは勢い込んでうなずいて、叔母さんにあら頭を動かしちゃ駄目よと叱られた。


「そうね……」


 ルブナ叔母さんが何かをとても懐かしむような表情をしたのが鏡越しに見えた。


「まだフリオが11で、ブリダが12の頃の話よ。ブリダはその時ね、ベニー……ベネディクト。あなたのお父さんが好きだったの」

「えっ」


 スサーナはぽかんと口を開けた。


「ああ、でも、ブリダはただちょっと憧れてただけだったの。ベニーはその時19でね、年上のお兄さんが格好いいなって思う気持ちだったのよ。それで、秋祭りのときにブリダがベニー……あなたのお父さんに告白したの。」


 なんだかいきなりすごい話が来たぞ、と思いながらもスサーナはわかります、とうなずいた。小さな女の子が背伸びして、すごく年上の人に憧れる、というのはわかる。前世でもよくある概念だった。


「それで、あなたのお父さんはお母さんが好きで、……そうじゃなくても7つ下でしょ?告白されても応える人はいないわよね。……一応よ? 一応失恋って言う言い方をするけど……そう深刻なものじゃなかったのは保証するわ。それで、フリオはね、その時。ブリダに告白したの」

「えええっ!」


 告白! しかも叔父さんから!

 スサーナはあまりにど真ん中の単語を聞いて、自分の両親の話とそちらの話とどちらに食いつこうか一瞬迷って、結局初志を貫徹して叔父さんの告白の方に食いつくことにした。


「よせばいいのにみんなの前でね……それに対してブリダが『フリオくんみたいな痩せっぽちに告白されても嬉しくありませんよ! 私は逞しい人が好きなんです!』って。今思えば照れてたのよねえ……。でも、どちらも子供でしょ? 大喧嘩になって。」


 まあ、それはそうですよねえ。叔父さんもそんな子供時代があったのか。スサーナは時の流れにしみじみした。あんな如才ない叔父さんがそんな後先考えない子供っぽいムーブをするなんて。てっきり子供の頃からあんな感じなのかと思っていたけれど。

 ――……ところで、ってことは私のお父さんは筋骨隆々のタイプだったってことですか? 叔父さんみたいなタイプを想像していたんですけれど。


「それで、告白したこと自体がナシみたいな雰囲気になって、一月は気まずかったみたいだけど、すぐに元通り遊んでたわ。……だから、そんな、ねえ。」


 今更そんな筋肉質だなんてことをフリオが言い出すなんてねえ、とルブナ叔母さんはすごく楽しそうに言って うふふふふ、と含み笑いをする。


 ――あ。なんか、話しちゃいけない人に話しちゃいけない話をしたかも知れない。


 スサーナはようやくそう直感した。



 それから一月ぐらいかけて、叔父さんは仕事の合間を縫ってお見合いの準備をしていた。ぷりぷり怒りながらブリダが叔父さんの新しい上着を縫う手伝いをしているのが印象的だった。


 怒るブリダに苦笑しながら叔父さんが採寸されているのを見ながらスサーナは、やっぱりここを推し進めるべきなんじゃ? なんとかしてお見合いの妨害を出来ないかなあ、こう、ドンくんを送り込むなどして……などと思案していたのだが。


 結構真面目に思いつめるスサーナ……お見合いの会場で放してやろうかと麦畑ではつかねずみを集めるなどの邪悪行為に手を染めすらした――に引きくらべ、叔父さんはのほほんとしたもので。

 こんな準備をするぐらいなら他にやることは色々あるんだけれど、と愚痴るぐらいでスサーナをやきもきさせていたが、知り合いの郊外に良い庭を持っている商人に庭を借りてセッティングされたお見合い当日。

 きれいな格好で午前中に出かけていっては、午後結構早く、まだ日がかげらぬ時分に帰ってきて


「お断りしてきたよ」


 と言ったので、スサーナは全力で肩透かしを食らったような気がした。


「えっ、早くないですか!!? 確かにお断りするって言ってましたけど、よく考えてみたりはしないんですか? お嬢さんが好みじゃなかったとか?」


 驚くスサーナに曖昧に笑う叔父さん。おばあちゃんは予想をしていたことらしく溜息をついていた。


「まったく、固めてくれるんなら早く身を固めて欲しいところなんだけどねえ」

「でも母さん、うちのやり方に合わせられるひとじゃなきゃ困るだろう? 僕が店を預かるにしたってさ」

「あんたは気にしすぎだよ」


 スサーナは知らなかったことだったけれど、あとあと叔母さんたちに教えてもらったことによると、お店を継ぐのは叔父さんということになっているけれど、もしスサーナの両親が戻ってきたらそっちにお店を任せてもいいと叔父さんは思っているのだという。

 出ていったのだから、そこまで気を使わなくてもいいと思うんだけど。スサーナは薄情だなあと自分でも感じつつもそう思った。お店を頑張って流行らせているのはおばあちゃんと叔父さんの采配なのだからして。


 そんなことはともあれ、叔父さんが断って戻ってきた後はお針子たちはみんなとてもご機嫌で、スサーナはなんだか面白かった。その中でやっぱりブリダはぷりぷりと『勝手に余計なことをする面の皮の厚いよその商人』に怒っていて、叔父さんに向かって次は舐められてはいけないとお説教をしていたので、それが一番面白かった。


 そう気づいてみてみると、とてもお似合いだと思うんだけれど。

 スサーナは今後、うまいことこの二人を一緒に行動させるよう意識しよう、と思った。


 スサーナごときがそんな企みをしなくても、ルブナ叔母さんが千倍ぐらいうまくやるのではないか、という予感もしていたのだったけれども。

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