第174話 根回しやっぱり右往左往 5
次の日。
飲んでちゃんとまともに寝るようにと指示されたものは睡眠改善薬の類か、もしくは副交感神経をどうこうするやつだったらしい。主にそのあたりは類推なので正確な効果はわからないしなんだか魔術的なものかも知れないが、ともあれ。
飲むようにと再三念を押されたしわざわざ空輸(?)して貰って手間がかかっているものだしと大人しく飲んでみたところ、すとんと寝入ったスサーナは起床を阻害されることもなく早朝にぱっと目覚め、なかなか活動的な気分である。
授業が半休なのをいいことに午前の授業を大人しくお嬢様に従ったスサーナは、ぽつぽつ上級貴族の教室までやって来た魔術師怪談に遠い目になりながら――平民の生徒が、などの現実的ディディールはもはや消え去っており、自分として訂正も面倒くさい段階だ――昼に校舎から出てネルと落ち合った。
「よお、お嬢さん。とりあえずこれでいいのか」
目の荒い麻布紙に書き込まれたメモを検めてスサーナはネルにお礼を言う。
「ありがとうございますネルさん。助かります。」
「またなんかあったら言えよ。このぐらいのことならやれる」
「あ、じゃあ近いうちにケーキをですね」
「そっちかよ」
冗談を一つ。それからさてと紙を検めなおす。
――場所も色々規模も色々、うーん。でも、「普通の」所がメインかなあ。
紙に書かれているのは――貴族が注文を掛けるのだから当然ではあるけれど――庶民的ながら身元のはっきりした店、つまり領主の認可を受けた店が多いことが店名で判る。少なくともあからさまにいかがわしいようなところはパッと見でなさそうだった。
――まあ、一番最近の切れ目からこちらに注文を受けているとしても15年ですもんね。小さなところでも中堅になるには十分な年数。
「と、なるとー。」
つぶやく。
――やるかどうかはともかくとして、すごーく悪い手段、思いついちゃったなあ。
スサーナはその後ネルにいくつか頼み事をして、彼のことを見送った。
それからスサーナは寄宿舎に向かう。
昨日、ボリス先輩に予定を聞いたところ昼過ぎには寄宿舎にいる、と聞いたためだ。
言葉通り彼は部屋に居たのでとりあえず談話室に呼び寄せる。
「先輩先輩、お聞きしたいんですが。」
「うん、何?」
「どのぐらい払ったら情報の二重売りってしないでいてくださいます? というか、後々こちらの調べて欲しがったことから何か類推して誰かに教えたりしないでくれます?」
とりあえずまず聞いたスサーナに先輩は面白そうに苦笑した。
「なんかすごいこと聞かれたなあ。」
「えっ、だって先輩、密告屋なんてわざわざ仰る方ですし。こういうのって、言っておくのが大事でしょう? リスクマネジメントというか……。 お気を損ねたのでしたら謝ります。」
スサーナはぺっこり頭を下げる。
「うん、釘を刺されたわけだね。……でも、ねえ君、俺がそれやるかもって思いつけるの、結構なクソヤロウか、クソヤロウ慣れした発想じゃない?」
「そんなことないですよう……無いと思うんですけど。」
リスク管理は大事なのだとさえずるスサーナに先輩は首を傾げてみせた。
「まあいいや。それで一体何が聞きたいの?」
「ええと先輩、うちの学校の生徒について詳しいです? 貴族がどうこう、とかじゃなくて、商家の学生の方なんですけど。」
「んー、まあそれなりには。どこの誰がうちに通ってるか、って話でいいよね?」
「それです」
しばししてスサーナはネルから貰ったリストをボリス先輩の前に広げた。
「ええと、これに載ってるところで学院に通ってる学生が関わりあるところってあります?」
「うーん、関わりって言うとどのぐらいの関わり?」
「そうですね、おうちが親しい取引先、ぐらいとか……。ともかく、ここに直接関わってる方に対して、知り合いの知り合いにはならないぐらいの。」
「ああ、それならね――」
先輩と話し終わり、スサーナは悩んでいた。
――ううむ、思いついたことがあるにはあるから聞いてはみたけど。上手く行く気はしなくもないけど、個人的な主義主張として問題を感じなくもないんですよねえ。
しかし、一つ案を思いついてしまった以上とりあえずそれで進行してみるべきだろうか。スサーナは腕を組んでもうひと唸りする。ままならない。
――とりあえずそれはその方向性で行ってみるとして……とりあえず、今日はあとは今日できることをしなくちゃ。
今日できること、といえば、今夜のバイキングになにか足す、という喫緊の課題である。
――とりあえず、普通のご飯、の前に……あったら嬉しいもの、を置くのが先。となると、果物ですよね。
生の果物は今のシーズン、市場に数多く出ている。昼のタイミングならまだ量がのこっているだろうから買ってくるだけで用意が済むので楽には楽だ。
しかし、問題がないわけではない。
本土の果物は島のものに比べると甘くなかったり渋かったり癖があったり、結構に生食に特化していない味のものが多いのだ。
もちろんそのまま食べられないほどではないが、戦前の例を思い返すと魔術師達は必要に迫られて口にはするだろうが、喜んで食べると言うほどではないだろう。
――島から取り寄せる、っていうのも現実的じゃないしなあ……
第三塔さんが一晩で薬を取り寄せてきたので頼めば出来るのだろうが、それはなんだかとても本末転倒だ。
悩んで談話室前の廊下を意味もなくウロウロしていると、ミアが部屋から降りてきて、スサーナを見つけて飛びついてくる。
「あれ、スサーナ来てたんだ! あっねえ、お昼食べた? 暇だったら一緒に行こうよ!」
「あ、ミアさん。いいですね、お昼。そういえばお昼食べないと。」
頷きあい、スサーナは一度思案を横において何処に行こうかとミアと話し合いだした。
「あ、えっとね、先輩が今日は『
「煮込みですかー。確かあそこ、小さめの洗面器みたいな入れ物で料理が出てくる所ですよね……?」
「……そういえばさっきからジョアンがあっちでずっと立ってたみたいだけど、暇なのかな」
「お誘いしますかー。」
玄関ホールで捕まえたジョアンと一緒に昼食を取りに行く。
「は、昼? お前ら三食食うの? お貴族様の習慣に染まってない?」
「ブツブツ言ってると置いてくよ? 外の通りでお昼にするんだから」
「もともと商家は仕事が夜遅いですしお昼しっかり食べるんですよ。……あと、出来る限り三食食べろと言われているもので……」
「お前ら、俺にそんな金の余裕があると思ってる?」
「あ、ええとですね、声をおかけしたのはええと、もしよろしければ、量の多いものを食べに行く予定なので、手伝って頂けると……無理にとは言いませんが」
「行かないとは言ってない」
しばらく通りを歩いた後にミアの目当ての煮込み料理の店に入る。
女子二人は少し食べ物屋で肩身が狭いので――持ち帰りはともかく、あまり店で重たい食事をする女子生徒は多くない――ジョアンが一緒なのは結構心強い。
内臓肉のトマト煮込みを啜っている二人を横にスサーナがカリカリとミルクケーキのようなものを齧っているとジョアンがそれに興味を示した。
「なに食べてんの?」
「ええと、栄養補助食品……と言いますか……足りない分を補うものです。」
「よくわかんないけど、お前ほんのちょっとしかよそわないで俺に器回したよね? 別にいいからちゃんと食えよ……」
「元々そんなに食べられる方じゃないんですよ。だからこう、滋養のあるものを足してる……みたいな感じです」
「ふうん、ならいいけどさ……。美味しいの? なんか食べ物に見えないけど。板じゃん」
「美味しいですよ、甘くて。」
ミルクケーキ(仮)の端っこを一欠片割ってジョアンと、甘いと聞いて目を輝かせたミアに手渡す。
「あっほんとだ、あまーい!」
「ふーん。」
「これは沢山はあげないですよー。ちゃんと食べておかないと怒られそうなので……」
「甘くて確かにうまいけど、単調じゃない? 俺はそんな沢山はいいや。あーでもクリームみたいな味だからお前が前作ったみたいに果物に合わせたらいいのか」
「お」
スサーナはぽんと手を打った。
「それです」
「は? どれ?」
「いえ色々と同時進行で思案していることがありまして、さすがジョアンさん、頭いい」
「全然わからないことで褒められても気持ち悪いだけなんだけど!?」
たじろぐジョアンをしばし褒め称えてからスサーナはうむ、と思考を纏めた。
果物がみんなして食べづらいなら何かと合わせれば良いのだ。たとえば練乳いちごみたいに。
「いやあ助かりました。結構な懸念事項だったんですよね。ありがとうございます」
「いやだからなんなんだよ!」
スサーナは食後に二人と別れ、市場に向かうことにした。
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