些事雑談 「フォロスの御手」(尾籠な話だよ)


 ◆注意:生理ネタ。尾籠な話なので気分が悪くなる方もおられるかと思います。お食事中、体調が悪いなど、ご気分を損ねそうな感じがする際にはお避けくださるようお願いいたします。◆













 第二の枯れ葉の月の始まる少し前。内容を思い出せない不安な悪夢で飛び起きることが数日続き、いやあなんだか妙な具合に調子が悪いなあと漠然と思っていたスサーナだったが、なんだか渋るような腹痛が半日続いたと思ったら、自分が大人に変わってしまっているのに気がついた。

 毒虫に変身した、というわけではない。大人だ。


 スサーナはまず赤痢を疑い、潰瘍性大腸炎を疑い、それからそういえば一月に一度くるアレか!あったなアレ!! と自分の状態を追認した。


 こちらでは、それは「フォロスの御手が触れた」という。

 慈悲深き豊穣の女神が準備のできた年齢の女性にご自分の権能を貸してくださる印である、と伝説は言う。貴族たちは別として、民衆レベルでは女系信仰がそれなりに強固だ。豊穣の主は女神で、二人の夫神は完全に従。というわけで経血はともかく月経という現象自体に対しての不浄意識はいまいち薄い。

 実際のところ御手が触れた女性が面倒臭がらないかというとそうではないのだが、とりあえず建前上としては誇るべき出来事である、ということになっている。


 スサーナはほのかに混乱した。

 もちろん、成長段階でそういうのが無い世界と人類だと期待していたわけではない。

 女性の結婚可能年齢が14歳なのは一般的な初潮時期を基準に無排卵期間を経験則で見越したと思われる一年置いた時期が元々の目安だったと言う話だったし、女性の多い家の中なのでその手の話も結構あけすけにされてはいた。

 時期的にはぴったり、前世から考えれば少し遅いが、島の基準的にはジャストというところだ。きっと講の他の女の子たちもこの一年内ぐらいにそうなっているのだろう。


 しかし、スサーナは自分がそうなるというイメージをなんとはなしに持っていなかった。

 ――大人の女性……なんだか想像してもいませんでしたけど。

 ――もうすこしだけ子供で居たい、といいますか、なんか、こう。まだもう少しだけひとに甘えてもいい立場で居たいような気がする。

 よくはわからないが、血を見てからしばし経ち、お手洗いの中で落ち着いた頃に浮かんだ感想がその理由の主なところだな、とスサーナは考えた。


 しばらく言わないようにしよう。スサーナはそう決める。運よく、と言うべきか、前世の知識で自分で処理ができる。言わないで問題があるとすれば、そういうお祝いはここでは結構盛大で、あったらあったでみんな美味しいものを食べられて喜ぶ、と言う程度である。

 どうせ月一回のことであり、一回やり過ごすだけでも猶予は一月。心の準備をするには十分な時間のようにスサーナには思えた。お祝いのごちそうはそれまで皆に我慢してもらおう。そう思う。


 家には常に女性が10人はいるので、運のいいことにその手のものの用意は手洗いになされているため、スサーナが自分で言い出さなくてもどうとでもなる。しばらく言わなくても誰も気づくまい、とスサーナは段取りを立てた。


 そっとお手洗いを抜け出し、部屋からガーターとネル布を手に入れる。そしてお手洗いの棚の上に用意してある、煮沸消毒してから乾かした水苔をガーゼ布で挟んで縫ってあるものを布に置き、ネル布の端をガーターに挟んで完成だ。


 ――……これは――これは、なんというか、不安度が高い!

 お針子たちが言っていた使い方としてはこれで合っている気がするし、女同士のこと、装着しているところも見たことがあるのだが、現代日本のメーカー努力を記憶しているスサーナとしては「ほのかに吸水部分を別立てしている布おむつ」みたいなこれは非常に不満の残る品であった。


 ――多分量が少ない初回の私ならともかく、多めの人お外に出るのも苦労するのでは?

 スサーナは唸る。今日がお休みでとても良かった、と思う。月に数日この状態で過ごす、タイミングに寄っては立ち働くのは非常に気分が良くない想像だった。

 ――そういえば、月にだいたい一回ぐらい、そう、三日前後店に出てこないで部屋に籠もる人、いらっしゃいましたね。

  こうしてみると、原因はコレだったに違いない。


 こんな不便なものを魔術師たちが使っているとはとても思えない。魔術師には女性もいるのだ、快適度の高い吸水ポリマー入り使い捨てのその手の用品を彼らなら開発してあったりするんじゃないか、という思考が頭を流れたが、

 ――ないな。

 今回ばかりは魔術師に問い合わせのお手紙を出す、という行動は絶対にナシだ。


 スサーナはこの数年で、商家が出す魔術師への注文票はどうやらそれぞれ家ごとに決まった魔術師のもとに届けられるらしい、と学習していた。

 問題は、そう、その魔術師だ。


 思い返す。

 多分180cmを超えるだろうという長身。耳触りが良いながら低い声。大きな骨ばった手。容姿は美女の方に入れても区別はつかない気はするが、骨格や筋肉の付き方も細身だが男性のもののような気がする。これで女性だったら超弩級の驚愕だ。まあ、当人の性自認はよくわからないが、多分男性、でいい気がする、いいはずだ。


 ――そういえば男の方、ですもんねえ、いくら綺麗な方でも。多分。流石にそこでどんでん返しは無いような、ないですよね。声とか。背丈とか。うん、多分、ええ、間違いなく、こう、うん、男の方。


 これまであまり性差を意識せず、なんだかやたら綺麗なすごい人、ぐらいの意識だった相手であるが、よく考えたら異性だ。そういえば異性に軽々にそんな話題を振るものじゃない。

 島の一般的な貞操概念ではナシナシのナシ。それ自体は素晴らしいこと、とされるものではあるのだが家庭外の異性に話すのはナシなのだ。わからなくもない。

 スサーナ自身前世から引きずっているエチケットとして、そういう話題を異性に振るのはないな、と判断する慎みが存在している。それにそういう質問を届けられてもきっと困るだろうし、普段からその手のものに接しているとはなんとなく思えない。


 ――付与品を売ってるところの嘱託商人さんに聞いてみようかな……女の魔術師さんにお心あたりありませんか。って……

 スサーナはため息一つ。馬の腹掛け状態で動きづらいので、今のうちに術式付与品を売っているところに行こうか、後にしようかしばらく考えて、楽なうちにさっさとやっておくことにする。

 ――三日ぐらいで終わればいいなあ。

 これから数十年もしかしたらこれと付き合うのだ。ぜひ快適な方がいい。

 スサーナはなんとかいつもと違う手段で快適なアイテムを手に入れよう、と心に決めた。


 とりあえず向かったのはの術式付与品を商っている場所である。

 馬車の揺れですっかり気分を悪くしたスサーナはひょろひょろと馬車を降りた。


 三階建ての、街中みても結構に豪華な建物の中に入るとまず大きな受付と、談話室と待合室を兼ねたような場所がある。そこからガラスの室内扉を隔てた先に、一般使いしやすい魔術師たちの奇跡がたっぷりと詰まっている。


 スサーナはふらふらと受付に近づいた。

 運良く受付をしているのはまだ若い女性で、そういう質問をするには丁度良さそうだ。


「あの、すみません」


 声を掛けたスサーナを受付の女性は見下ろし、艶然と微笑んだ。


「あら、お嬢ちゃん、お店の見物? 駄目よ、お仕事の方の邪魔になってしまうわ」


 ――あーうーん、これは駄目かなあ。

 スサーナはそう思ったものの、とりあえず首を横に振ってみる。


「実は、欲しいものがありまして。あればその見積もりをと。」


 スサーナの返答に受け付けの女性はころころと笑った。


「あらあら。子供のお小遣いで買えるようなものが置いてあるお店じゃないのよ?」

「そうですか、残念です。ただ、商品の問い合わせと価格の見積もりは子供でもして構いませんよね?」


 それが商人の鉄則、というやつだ。スサーナはちょっと食い下がった。

 もう、と少しご立腹らしい受付嬢はぐっと腰を曲げ、諭すような口調でスサーナに言う。


「ここのお仕事の人たちはみんな忙しいの。子供の遊びに付き合ってはいられないのよ。わかるわね?」


 ――うーん、完全に遊びだと思われちゃってるなあ。これならちょっとずるいけど、セルカ伯のお家の印とか、でなかったらお店の名刺を持ってきてしまえばよかったか。

 スサーナは少し後悔しつつ、さてなんと言い逃れようか、と考えた。動かなさそうな雰囲気を見て取った受付嬢が受付の向こうからするりと出てきてスサーナの背を押す。


「さ、お帰りはあちら。」


 粘っても話がややこしくなるかな、これはこのお姉さんが受付当番のタイミングを外してまた戻ってこようか、とスサーナは一旦思案する。そのスサーナの苦境を救ったのは、


「ああっスシーさああん! どうしたんですかこんなところでー!!!」


 先日一緒に誘拐された言語学者の女性、クロエだった。


 今日のクロエの服装はこの間の誘拐の際と一転して、豪華で瀟洒な装いだ。髪はきれいに結い上げており、眼鏡のつるには宝石付きのチェーン。ふわりと首周りにフリルを幾重も重ね、袖は別立ての装飾袖。身につけたドレスはハイウエストの総シルク。その上から繊細な刺繍の袖なしのガウンウプランドを重ねている。

 何処からどう見ても大金持ち、もしくは貴族の女性だった。


「クロエさんこそ。術式付与品をお求めですか? 今日は素敵な恰好ですねえ。」


 受付嬢の手からするりと抜け出したスサーナはこれ幸いとクロエに挨拶をする。


「ええー、そうなんですよおー。なんだか目立つ格好をしてなくちゃいけないみたいでー。私、使うのは師匠に貰った灯りぐらいで術式ナントカというのに詳しくはないんですけども、護衛の方々がなんだか使われるそうでー、ええー、何かあったときに壁を貼ってくれると言うお守りのですね、補充をー。」


 スサーナはああなるほど、と納得した。術式付与品は島の外では珍しいものらしいが、日常に直結するものは珍しくとも、なんだか剣呑な用途のものは任務を帯びた騎士とかそういうものになればむしろよく使いそうな代物だ。

 どうも夏頃に聞いた話の感じ、本土でも障壁を張るお守りみたいなものはそれなりに一般的なのだろう。


「あ、そうなんですねえ。じゃあ騎士さんたちが買ってらっしゃる」

「ええー、私はその待機中でー。スシーさんは伯のお使いですかあー?」

「ええとー、ちょっと見積もりに来たんですけど、子供だと見積もりは取ってもらえないらしくて、残念です」


 スサーナは横目でちらりと受付嬢の方を見る。どうやら一連の会話は受付嬢の耳に届いていたらしい。なんとも微妙な顔であったが、これは再度止められることはなさそうだな、とスサーナはしめしめと判断した。


「ええっ、そうなんですかあー? じゃあ、私と一緒にそれしましょうかー。なにをされるんですー?」


 乗り気なクロエにぎゅっと手をとられ、スサーナはすこし思案した。

 それから、まあ言ってもいいか、と判断する。自分が使うと言わずとも、同年齢の女子はセルカ伯のお宅周りには二人もいるのだ。彼女たちのために誂えるのだ、という顔をしていてもバチは当たるまい。第一、あれば絶対に彼女たちにも便利なのだし。


「ええと、フォロスの御手の関係のものがないかと思いまして……」



 しばし後、スサーナは奥で嘱託商人相手に注文を書かされていた。

 前世の生理用品的なものは残念ながらすでに流通している、ということはないようだったのだ。


「ええと……」


 必要条件を書き連ねるタイプの「一から作る」注文書を前にスサーナは遠い目をする。

 ――絶対魔術師さんたちは想像もできないいいものを使ってると思うんだけどなーーー!!


「ええと……本体表面が不織布、ともかく肌に優しい薄い素材で……」


 本体表面が不織布、内部に水を大量に吸って保持する素材を脱脂綿で挟み、裏は水を通さない素材。形状はこれこれこうで、保水素材の配置はこう。こう溝を作ると多分良し。そして底面に粘着面を作り、下着に貼り付けて使用する。そして何より使い捨て。可燃素材ならなおさら良し。

 その条件と図面を書き終わりながらスサーナは、

 ――あるのかなあ、高吸水性ポリマー。

 重要ポイントである化学合成品に類似したものが作れるのか心配になっていた。

 ――電離して広がった網目構造の分子の間に保水するなんていっても魔術師さんたちでも困りますよね多分……。私自身すごく曖昧な知識ですし。ああ、やっぱり理系に進学しておくべきだった。……セルロースの形状はたぶんあっちと近いですし、ゼラチンとかヒントになりそうなものはあるし、きっと多分大丈夫……だといいなあ。

 スサーナはそっと祈る。

 できたら来月、正直な所を言えば明日にでも使いやすいそういうものが欲しい。それはそれは切実な悩みだった。


「ええと、実際の注文のさい品物はこちらで受け取れるようお願いします。えーと、もし商業的な可能性が出たとしても権利は主張しない、にマル。アイデア料でお値段をできるだけ相殺するやつで……。注文者は匿名で。先払い金は今お支払いします。見積もり金額はこちらの方に伺って確認する形で、はい。お願いしますね。」


 スサーナは知らない。

 魔術師女性の主流は術式でなんとかするか、でなければシリコンカップ的なものを活用する方法であり、後者はそれはそれで違和感がある、とそこそこ不評だったりしたことを。


 魔術師たちの汚物の処理方法は対象物の分解、過乾燥、もう一段階複雑なものは浄化消滅である。その発想が一般的なことから彼らの思考はそちらに一足飛びに向きやすく、それを元にしてかつて脱落物を体内でそのまま浄化するという先進的な手法が一世を風靡していたものだった。しかし臨機応変の応用がし辛い術式付与品の術式を設定する際に自分の体細胞と血液を汚物として指定した、というのが悪かった。

血液の指定範囲を誤り小さな傷から体内の血液全部を引きずり出してしてしまい死亡したという想像するだけで震え上がるような事故があったため、その分野はいまいち敬遠されていた。そのことも彼女は知らない。


 注文書を受け取った魔力量の少ない下級の女性魔術師が、魔力を消費せずにそこそこ快適に過ごせそうだという品物の提唱に目を輝かせたことも。


 彼女が制作の際に複数分野に渡り声を掛けて回った女性魔術師たちにそのアイデアが快哉の元受け入れられ、彼女らを起点に数年後にはうっかり一大ムーブメントとなることも。

 数年経過した後ではあるが、あんまりに熱狂的に受け入れられたため、常民らしいとはいえ提唱者が名乗り出てきたならそれはもうパテントだけで莫大な金額を譲り渡しても構わないということになったことも。

 直接関係ない男性の魔術師達が重合体構造の言及にガタッとなったことも。


 単純にこの場での快適さを求めた転生者は今後とも全く知る余地はないのだった。


 それはそれとして、次の月には試作品が出来上がっており、届いたそれはお嬢様たちやクロエを非常に喜ばせたが、数が少なかったために結果血で血を洗う争奪戦が発生し、やっぱりこういうものは沢山無いと意味がないなあ、とスサーナを遠い目にさせたのだった。


 どっとはらい。

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