裏でわちゃわちゃする人たち。(直接関係ない裏話)
「ミロン、前頼んだ調べ物は進んでいる?」
氏族の「諜報屋」ミロンは相方の暗殺士、ヨティスがぶすっとしたふくれっ面で言うのを聞く。
「んんー。まだ、だな。」
「違うってことはないと思うんだけどな……」
相方がぶすくれた声で言うのを聞きながら、ミロンは声に笑いが混ざりかけるのをなんとか噛み殺した。
彼の相方はここのところとても不機嫌なのだ。
偶然見出した「多分氏族の姫だろう」という少女が彼が入り込んでいる家の娘たちと一緒に本土の学院とやらに行ってしまい、氏族として監視がしづらくなる というのがその理由の大きな物だ、というのだが、ミロンは正直その理由は当たっているとは思えない。
例えば、確かな目星がついてその娘を掻っ攫うことになったとしても本土に居たほうがいろいろやりようがある。
島は島だ。
そんな事は氏長の秘蔵っ子と呼ばれた相方にも自明として判っているはずで、環境を変えずに監視する、などということよりも動きやすいかどうかのほうが上になるのは承知しているはずなのである。
――これなー、ただ自分が見てられないのが気に食わないだけだろ、って言ったらへそを曲げるよなー。
任務自体はもういくらかで終わる。しかし「一段落ついた」と依頼主達が認めるまでは、ヨティスは領主候補弟の首を取れる位置で待機している必要がある。
勿論彼らが動かせる駒を一つ本土には向かわせてあるが、彼にはそれも気に食わないと見えるのだ。
もっと言うなら少年はもうしばらく前から不機嫌だった。
なにやら対象の少女にすこし距離を置かれたらしい、というのが理由だろうとミロンは察している。そして特に改善を見せぬまま彼女は本土に渡り、接触機会が格段に落ちたわけだ。
そこから彼は妙に「隠された姫」がいるのではないか、という情報をせっつき出したのだが、多分ソレは確証が出れば大手を振ってそちらの任につける、という理由だろうと思われた。
――完全に私情だよなー。わかってんのかなー、わかってねえだろなー。
ミロンはそっと笑顔になりそうになる顔の筋肉をなだめる。
本人は絶対に氏族のためと言い張って認めないだろうが、ミロンの目から見ると相方の態度は気になる女子の態度に一喜一憂する少年のそれだ。
氏族の刃として育てられた彼がそうした態度をとることについては相棒でありつつ若年者の指導役としての役目もあるミロンとしては多少諌めるべきであるのだが、彼個人の見解としては
――まあいいんじゃねえかなー。
そう思っている。
それは刃として
ところでそんな氏長の秘蔵っ子は初仕事で動かず終わる見込みなのだが、むしろ評価が上がっている。
逸れ者を内部に取り込んだ、という手柄に、勝手な判断で動いたにせよ、国に恩を売ったという特大の功績が出た結果だ。規律主義の氏長はいい顔をしてはいないが、指導役としては相方の有用性をどんどん売り込んでいきたい所存のミロンである。
さて、その為に、また一つ彼に話さなくてはならぬことがあるのだ。
その娘が間違いなくそうであると判断した理由をなにやら一生懸命に喋っている相方の様子をもう少し眺めて楽しみたい指導役であったが、あまり遊び続けるのも良くはない。
ミロンはそっと気持ちを落ち着けた。
「まあまあ落ち着けって。」
「落ち着いてる。これ以上無いほど冷静な意見だ」
「戦乱やら混乱やらで死んだり行方不明になった、って条件で、妊娠してた可能性がある、身分のある氏族の女は出てきてねえ。生まれてすぐ、遅くて一つ二つで死んだり行方不明になった子供、ってのもな。」
下の方の氏族や逸れ者ならわからんが、とミロンが言うと、ヨティスは不満げに息を吐く。
「偶然強く生まれつくってことはそれはあるのかもしれないけど……、だがあれは……」
「まあ落ち着けってば。……氏族の女は出てきてない。それは確かだ。ただ。」
「ただ?」
「……そこを引っ張ってて出てきちまったんだけどな。大体14年前ぐらいかな、
貴種の姫達を世話する女官とはいえ、それは病を得ることも死ぬこともある。それ自体はおかしなことではない。
「そんで女官出した話があるとこ回ってたらな、ちょびっとは日記だの手紙だの残ってる
かの宮は閉ざされた場所だ。氏族の群れは
14年前のなにかと、年齢の一致する氏族かもしれない子供。
姫宮達が産むのは祖の氏族の
そうでない男の子を産んだあと隠した、にせよ、指導者候補の子供が隠された、にせよなかなかありえない事態に近い。
「……それ、ものすごく
「や、わからんぞー。時期が一致してるってだけでな、本当に疫病が流行ったのかも知らんし。」
ミロンは手をパタパタやって身を乗り出した相棒を諌めた。
「まあ、うん。
翼萼で不始末があり、それが隠蔽されたと言うならそれは結構なスキャンダルだ。特にそこで生まれた子供が外に出された可能性がある、と言うなら、うまいこと握り込めればそれはなかなかの優位性だろう。うっかりすると世界に散らばりながらもそれぞれ現世への強い影響力を持ち、
ヨティスやミロンのような従氏族の者がその手の情報を握る機会はそうそう無い。特に野心無く上に上申するだけでも素晴らしい大功だし、彼らのような六氏族の全てに仕えるような立場の者たちからすれば――肩入れする相手がいるならそれは有用なカードになる。危ない橋だが同時になかなかの栄達の手だ。
「頼む。」
「おうよ。しかしお前、本当に大ネタ釣りだよな……。」
「そう望んで頼んだわけじゃない」
「まあなー、わかるわかる。ちょっといいうちの姫君だった、ぐらいが希望だったんだろ、わかるわーほんとわかる。でもまあまだ偶然かもしれないしなー。その可能性はまだ十分にあるからなー、気を落とすなよ。な!」
「なんだよそれ……」
ミロンはしみじみと言い、どうやらその方面の大ネタであってほしかったわけではない様子のヨティスは複雑そうな顔で肩をすくめたのだった。
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