第182話 後日談その他 こまごま。2

 貰った物資に上機嫌になったスサーナは第三塔さんを見送ったあとで街に出て足りない材料を買い込み、焼き菓子行脚を行うことにした。


 貴族寮の調理場を覗いた所、休み時間のはずが料理人さんたちがなにやらテンション高く料理の試作をしているようだったので久々に寄宿舎の台所を借りられるか聞きに行く。

 寮母さんにOKを貰って拵えたのがマドレーヌもどきだ。

 正確に作り方が一致しているかはわからないものの、比較的似た感じになるのでマドレーヌもどき。


 小麦粉と白糖とバターを同量。レモンの皮を削り、レモン汁と重曹を少し。それと卵も大体同じ重さになるように。少しだけ牛乳を足しても良い。

 粉をふるって卵と白糖を混ぜたものと混ぜレモン皮を入れて溶かしバターを混ぜて、本土でも一般的な丸く平たい焼き菓子型に入れてオーブンで焼く。たったそれだけの、一般的な焼き菓子とだいたい同じ作成法の焼き菓子だが、今回独特のところは基本的にはケチられる白糖とバターを大盤振る舞いするところ、それから普段なら重たいパン用粉で作るところを粒子が細かく軽い精製小麦粉を使う所。

 特筆すべき点が他にあるとすればケーキとは違ってメレンゲを立てる必要がなくネルの腕が守られる、というところだろうか。


 さらにそれを二つに割ってブラックベリーのコンポート、魔術師さん達に出すやつの残りで拵えた甘ずっぱいやつを挟み、スサーナはさて皆に配ろうか、と食堂の方に出て……なぜか大体の住人が時間つぶし顔で食堂の方に屯していたために実に楽に配給を行った。


「はい、ジョアンさん。お約束の白糖たっぷりのケーキですよ」

「ケーキ? これ。まあいいけど……」

「構成要素はだいたい一緒です。」

「っていうかさ、お前あれ本気にしたの?」


 何故かぶんむくれた顔をしたジョアンにスサーナは首をかしげる。


「いえ、こう、非常にご迷惑をかけたなあとも思っていまして……心ばかりのお詫びと言いますか、お礼と言いますか?」

「いやまあ、いいけどさ……」


 なんでお前だけ多いんだ食わないならよこせよこせと横から手を出す先輩たちの手を払いながらジョアンはスサーナから受け取った焼き菓子にかぶりつき、うわっ本当に白糖クッソ無駄遣いしてやがる、と唸ってもう一つ差し出したマドレーヌを口拭き布に包んでポケットに仕舞い込んだ。


「そういえばお前さ、しばらく忙しそうだったけど、あの馬鹿貴族共どうなったの?」

「あー。」


 マドレーヌを頬張りながら聞いてくるジョアンにスサーナは視線を浮かして頬を掻いた。


「数日謹慎になって……ええと、それから……授業には出てらしたような……」

「曖昧だな!?」

「いえその、忙しかったもので、あんまり気にしてなかったので……ええ、あんまりトラウマになりすぎてはいないようでしたけど……」

「いや、お前さ……いやまあそれこそいいんならいいけどな……」


 数日忙しかったせいで完全に取り巻き二人の去就は意識の外だったスサーナだ。

 PTSDで授業に出てこられない、ということはなかったようで確か授業には出てきていた気はしたのだが。心の傷は深くないようで何よりだ。

 そう告げた所なにやら呆れた顔になったジョアンに生暖かい目をされ、心配して損したもう一個よこせとマドレーヌを強請られ奪い取られた。


「全くさぁ……それはそれとして、お前、わざわざこんなもん配ってるってことは忙しいのは終わったわけ?」

「あ、はい、終わったってことでいいと思います!」


 ふうん、とジョアンは目を眇めた。


「じゃあ採取演習は出んの?」

「ああ、はいええ、それはもう。」


 返答したスサーナにジョアンはふうんそれじゃ早く支度しろよ、もうほんとすぐだぞ、と声を上げた。


「お前の普段着てるみたいなお綺麗なカッコじゃなくて古着買っとけよ。野良着着てやるようなもんだってさ、実習」

「ああなるほど、野外ですもんね。」


 スサーナはにこにこして相槌を打つ。

 正直幼い頃からほとんど本格的な野良仕事みたいなものには縁がなく、森に入るのなど夏に村に行った時に山で遊ぶぐらいなので、野山に分け入り素材を探すとかいう今回の実習はこっそりだいぶ楽しみなものである。


「楽しみですねえ」

「ふーん」


 なぜかジョアンは自分から話を振ったにもかかわらず、ウキウキと言うスサーナに気のなさそうな返事をしてみせた。


 スサーナはそれから先輩たちにもマドレーヌを渡して回る。

 ボリス先輩がいたのでこちらにも二つばかり多めにお渡しし、頭を下げた。

 彼は今回の悪巧み、噂を流す方の功労者と言っていい。

 スサーナに情報をくれた上、実際に噂を流す方も代書人という立場を生かしてピンポイントな相手に顔を合わせるたびにピンポイントに話を流してくれたのだ。


「ボリス先輩、今回はありがとうございました。」

「はいはい、頂くね。 こういう変わった付け届けって替えが効かないから得だよねぇ。」

「また何かあったらよろしくおねがいします。ええと、そうそうは無いと思うんですけど。」

「別に大したこともしてないけどお金も一杯貰っちゃったしね、次があったら俺の方も大歓迎だよ」


 先輩方にマドレーヌを配ったあと、出かけている――時間的に多分演奏室にいる――ミアのぶんを彼女の部屋のドアに掛け、それからスサーナはネルを探しにいくことにした。


 やや探し、外をウロウロする。ネルは寄宿舎から少し離れた道の下草を刈っていた。

 ――すぐ見つからないのは久しぶりですけど、あんまりいつも即座に見つかるようだと本当にお仕事してらっしゃるのか不安になりますからこのぐらいがちょうどいいな……

 馬鹿なことを考えつつスサーナはネルに声を掛ける。


「ネルさん、ネルさん」

「ん、お嬢さん、どうした? 今日は何もなさそうだったが」

「ええとですね、お菓子を」

「菓子? ああ、作るのか。少し待っててくれ。そしたら……」


 なにやら二の腕を揉んで気合を入れ直した、という表情をしたネルにスサーナは首を振ってみせる。


「いえ、作るのも多分近いうちにやるんですけど、とりあえず今日は違いまして、ええと、白糖と小麦粉を沢山頂いたのでお菓子を焼いたんです。ここのところのお礼と言ってはなんですけど、受け取って頂けませんか」

「ん、俺にか?」

「はい。本当にいろいろ調べていただきましたし。とても助かりました。」

「別に出来ることしかしてねえし、礼を言われることなぞ何もねえが……。いいのか。他にくれてやったら喜ぶやつがいくらでもいるだろうに。」

「いえ、お世話になった他の方にも配ってるんです。あ……ええと、今更ですけど甘いものがお苦手ということはなかった……ですよね?」


 この間ケーキは気に入ったようだったから甘いものが全然駄目ということはないだろうけれど。少し心配になったスサーナが問いかけると今度はネルが応えて首を振った。


「いや、嫌いじゃねえ。貰うよ」

「あ、よかった! ではどうぞ。」


 ネルに3つばかり纏めたマドレーヌを渡し、ニコニコしたスサーナを眺めて彼は短く鼻を鳴らす。


「どうか?」

「いや。妙な気分だと思ってな。そういえば主って存在モンに労ってもらったのは初めてか。」


 スサーナは言葉に目を瞬いた。


「ふえ、あー、でも、私ネルさんを雇ったりしてるわけではないですし……。あっ、いえ、でも調べ物とかお願いしたんですからちゃんと対価をお支払いすべきでしたよね! あっ相場とか知らない……」


 なにやらわたわたとしだしたスサーナの髪抑えの上から手を置き、わしわしとかき回してネルが笑う。


「そういうことじゃねえよ。有り難いもんだなってだけだ。」

「そ、そうですか、なによりです……?」


 上機嫌のネルが焼き菓子をポーチにしまい込むのを眺め、それからまた近い内に泡立てが必要なお菓子を作るかも、と言う話をして、スサーナはそれから貴族寮の方に戻る。

 スサーナは他のお世話になった皆にもお礼とともにマドレーヌを配るつもりでいた。

 まずはエレオノーラに仕えている使用人たち、それから色々教えてくれたレティシアとマリアネラのお嬢様たち。テオ、アル、フェリスちゃんとレオカディオ王子にも色々聞かせてもらったし、フェリスちゃんのところの使用人さんとラウルさんにも貰ってもらえたら嬉しいものだ。


「夕方のお茶の時間には間に合うかな。……使用人の皆様はともかくとして、問題は貴族の皆さんなんですよねえ……」


 技工を凝らしたケーキではなく素朴な焼き菓子なので、喜んでもらえるかどうかわからない。

 たくさん作ったのでせっかくなら配れるなら配りたいところではあるが、無礼とみなされたらどうしようとも思う。なにせメンバーを考えるとどうしても王子様なんていうものが混ざってくるのだ。

 スサーナはしばらく悩み、とりあえず確実に喜んでもらえそうなお嬢様たちレティとマリから配ることにした。

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