第183話 後日談その他 こまごま。3
「お嬢様がたー」
スサーナは下級貴族達の寮室の並びにあるレティシアの部屋を訪れる。
エレオノーラに仕えてよかったことの一つに上級貴族の使用人は下級貴族の部屋の並ぶ方に入り込んでも文句が言われない、ということがあった。平民ではまず貴族寮には入れないのでなかなか希少な抜け道である。
「まあスサーナ、どうなさったの?」
「あら、スサーナさん、なにかありまして?」
スサーナの予想通り二人また一緒に居たお嬢様たちはバスケットを抱えたスサーナを振り向いて不思議そうな顔をした。
「お嬢様がた、お茶の時間はまだでらっしゃいます?」
「ええ、これからですわ」
「ええと、実はここの所忙しくしていたことが終わりまして、助けてくださった皆さんにお礼を兼ねて焼き菓子を焼いたんです。お受け取り頂けますか」
「まあ、スサーナさんの焼き菓子は好きだわ。でも何故わたくし達に? わたくし達、何もしておりませんわよ? マリ、何かしまして?」
「いいえレティ様。 スサーナが忙しかったのも今はじめて知りましたもの」
「実はとっても助かったことがありまして。宴席のことについてお聞きしたでしょう」
「ああ、確かに聞かれましたわね。でも、あんなことで?」
きょとんとするお嬢様たちをよそに台所に入り込み、メイドのカティアが付け合せを出してくれるようなのでついでにお茶も淹れていく。
水筒の水で淹れたベニト茶は島で飲んだ時のような旨味強めの味になるのでお嬢様たちに歓迎されるのだ。
「はあー……美味しいのだわ。スサーナさんが淹れると何故味が違うのかしら」
「水が違うんですよー。」
「でも、島でもメイド達が淹れるよりスサーナが淹れたほうが美味しいお茶でしたわ。不思議ですわね、ベニト茶って」
お茶を口にして和んだお嬢様たちのお皿の上にマドレーヌを積み上げる。カティアが壺からバタークリームと、マドレーヌに挟んであるのと別の種類のジャムをだしてくれたのでそれを別の器で添えた。
「まあ、美味しそうですこと」
「ふふ、こんな美味しい目に逢えるならスサーナ、どんどんいろいろ聞きに来てくださいな」
「ぜひその時はよろしくお願いします。」
不可解そうながらマドレーヌを見たお嬢様たちがはしゃぎ、スサーナは満足した。
魔術師達の訪問はほとんどの学生には何の影響ももたらしていない。
ちょっとした怪談のタネになるぐらいで、彼らが何をしに来たのか、どのぐらい居たのかすら知らない学生が大半だし、宴席が行われていたとも皆知りもしない。
目と鼻の先、同じ学内であれだけ大騒ぎだったのに、みんな何も知らない。スサーナはなんとなく残念半分面白い半分みたいな気持ちである。
お茶をご一緒しようと誘ってくれたお嬢様たちのお気持ちだけ有り難く頂いて、スサーナはそれから偉い貴族の皆様のところに向かうことにした。
いつもなら皆部屋に戻っている時間帯のはずだ。
スサーナはだいぶ悩み、まず笑って受け取ってくれそうなフェリスのところを目指す。
緑の間、だと言われていたのを頼りに案内を見て、貴族寮の奥の方にある豪華な作りの部屋にたどり着く。
部屋の前に先日フェリスが呼んでくれた使用人が立っており、スサーナを見て驚いた顔をした。
「なにか御用ですか」
「え、ええと、フェリスさんはいらっしゃいますか?」
「おられますが、ご用件は」
問いかけられてスサーナは少しあわあわとなる。
フェリス自身はわははと笑って受け取ってくれそうな気がするのだが、どうやらこの雰囲気的に察するに、王家関係者らしい彼女の回りの人々までは気軽というわけではなさそうで、何の変哲もない焼き菓子を一介の使用人であるところの自分が渡したいなどというのは失礼な用事だったかもしれない。
「えっとー、あの、実は……色々教えていただいたお礼に焼き菓子を焼いて参りまして……ええと、もし失礼でなければお渡ししたいなあ、と……」
「フェリス様にということですね」
確認されてスサーナはうなずき、それから慌てて言い添える。
「あっ、はい。あ、ええと、お姉さん……ええと、あなたにも……もし良かったらですけど……」
「私に?」
「はい。色々教えていただいたので、その御礼にと思いまして……あ、ええと、甘い物お苦手でなかったらですけど……」
女性使用人はなにやら妙な顔をしたが、差し出したマドレーヌを手に取ってくれた。
「解りました。フェリス様には私から渡しておきます。」
そう言って、どうも取り次いでくれるとかそういうことはなさそうだな、という雰囲気を相手がさせたので、スサーナは一礼して踵を返す。
そこに、
「あっれースサーナ! なにしてんのこんなとこで!」
門番のように立つ女性使用人の後ろで開いたドアの隙間からにゅっとフェリスが顔を突き出す。
女性使用人が眉を寄せたようだった。
「あ、フェリスちゃん。ええと、ここのところのお礼に焼き菓子を焼いたので……ええと迷惑でなければ……」
スサーナの返答にドアの隙間からにょろにょろと抜け出してきたフェリスが顔を輝かせる。
「ほうふむ! あっヤッター! 焼き菓子、ちょうどお腹へってたんだよね! 食べる食っべるー! あっもしかしてそれ? クァットゥオルそれちょーだい」
「フェリス様」
「あっええと、そっちの包み……というか、半分はクァットゥオル、さん? のぶんですので……」
「あ、そうなんだ、良かったねクァットゥオル。えっと、わざわざ来てくれたってことはボクに特別のやつかなっ、もしかして!」
にょーんと伸びて女性使用人の手からマドレーヌの包みをひとつ取り上げたフェリスがニコニコと言った。
「あ、いえ。みんなおんなじなんですけど……その、相談、というか、いろいろ兼ねて?」
スサーナは小さく首を傾げる。フェリスがその目の前まで進み出てきて、一度後ろを振り向き、ドアの前に立った女性が首を振るのを確認してチェっケチーと言いながらぷすーっと小さく膨れ、それから気を取り直したようにスサーナの顔を覗き込んだ。
「ふむふむ、なになにー? 何でも聞いてー?」
「ええとですね、皆さん上級貴族の方々ですから焼き菓子とかお好みになられないかなあ、とか……渡すとご迷惑だったりします? あ、ええと、あと流石にレオカディオ殿下にお渡しするのは不敬だと叱られちゃいそうなので考えてるんですけど、他の……テオフィロ様とかアルトナル様にお渡しするのに、もし良かったらお付き合い願えないかな……と……」
「渡さないほうが物凄くショック受ける気がするなあ……」
いわく言い難い苦笑めいた表情を浮かべつつ彼女が口の中でなにやら呟いたのは上手くスサーナの耳に届かなかった。
はい?と聞き返したのににっこりと笑顔を返し、フェリスは口元に指を当ててんーっ、と思案する。
「えっとー、それって今から? その焼き菓子って明日まで保つものかな」
「ええと、日持ちがするものですから明日までもつと思いますけど……」
「うん、じゃ、明日にしない? みんなすっごく喜ぶと思うけど。明日教室でみんなに声かけてさ、そいで配ろうよ。っていうかさ、ボク男子寮に入れないし」
フェリスの言葉にスサーナははっとなる。
貴族寮は、男子生徒は男子寮に、女子生徒は女子寮に別れている。端と端が渡り廊下でつながってはいるものの、常識的に考えれば女子生徒が男子寮側に入れるはずがないのだ。
使用人であるスサーナは多分出入りすること自体は可能だが、いい顔はされまい。
「そ、そうですよね、そういうものですよねよく考えたら、お恥ずかしい!」
スサーナは恥じ入ってしょぼしょぼとなり、皆には明日配る予定に変更し、退散することにした。
「それは食べちゃってください……。また明日用意してきますので。ええと、じゃあ明日……」
「あっやったー、得しちゃった! じゃあスサーナ、明日ねー」
フェリスはパタパタと手を振ってスサーナを見送る。
そして、斜め後ろで何処か鋭い目で去っていく彼女を見送る従者を見上げた。
「どしたのクァットゥオル、スサーナのことそんな気に入っちゃった?」
「いえ……普通の娘ですね。」
「うん、だねえ。さて、何か報告があるんだっけ?」
従者が黙って扉を開き、主従は部屋の中に滑り込んだ。
「殿下が調べよと仰せになったとおり調査してまいりましたが、仰せの通り宴席の方針転換はガラント公息女の発案ではありません」
「ああ、うんやっぱりー? あの魔術師嫌いのレーナが思いつくことじゃないと思ってたんだよね。で、誰の入れ知恵なの?」
椅子に足を組んだ第四王子の足元に跪き、側近の女はそう述べる。
ヴァリウサ王家にとって魔術師に関することはセンシティブな問題だ。あまりに大きな価値と意味がある、長くそう言い伝えられ、かと言ってみだりに凪いだ水面を揺らすことはならぬとされた、いつでもこちらの
が、そのあたりの皮膚感覚は貴族達とは共有されていない。
貴族達の魔術師への認識は、ごく一部の例外を除き、総じて「子供騙しの逸話が大袈裟な」便利なものを作るし奇妙な術を使う妙な奴ら、だ。彼らが貴族を敬わぬとも王家を恐れぬとも思ってはいない。彼らの作るものの有用性と政治的価値をある程度認めてはいるものの侮っている。
特に近年、王宮魔術師と呼ばれる魔術師が一定の譲歩を王家に示し続けていること、しかして前の戦争に協力しなかった、ということから武闘派の家の侮りは強く、その薫陶をどっぷり受けて育ったエレオノーラがいきなり方向転換する、というのはおかしな話だ。
――方向転換したからと言って、これまで誰も出来なかった魔術師達の懐柔が出来てしまった、というのもあまりに異常な出来事なのだが。
フェリクスは、とりあえず派閥の貴族の誰か、他国にツテのあるもので他所のどこか、魔術師とうまくいっている場所の扱いの情報を知ったものが何か入れ知恵したのだろうと考えた。
今回のことでいきなり諸臣の重み付けが変わるというようなものではないし、ガラント公が叙勲されるようなものでもない。表にあるのは王からの――それでも王直々だろう――お褒めの言葉一つ、という所だ。
……貴族達は些細な功績と看過するような類のものには違いない。しかし、王家としてはそれがいかに些細に見えようとも無視できない功績だ。
貴族達自身も失敗して当然の些細な一歩という考えだろうが、積み重ねて派閥の力関係をどうこうしよう、と考えるものぐらいは出ておかしくないことだし、後々面倒なことになりかねない。
それゆえに側近に軽く調べさせだしていたのだが。
女従者はなにやら妙な顔をした。
「それが……小間使い、つまり、先程の娘です。」
「は?」
フェリクスは耳を疑い、ぎょりっと首を傾げ、そしてええーっと、と声を上げた。
「ええとどういうこと? スサーナがどっかから耳打ちされてレーナに話を通した的な……」
「いえ……。そのような繋がりは見つかりませんでした。セルカ伯とミランド公との関係は継続しているようですが、彼らにはそうする理由はありませんし、指示もないと思われます。ただ、実態を先に作った、つまり中日の間に魔術師達をどうやったのか懐柔したのも、前料理長と内実は不明ながら交渉して最終日の形を付けたのもあの小間使いだと……使用人たちから証言が。ガラント公令嬢が日数のはじめにそのつもりではなかった、ということは確かだという上でです。」
「ええー……? ああー……うん、そういえば色々聞かれたけど、えー? あーでもそうか、島育ち。魔術師がお気に入りで、繋がりがあるってことはそりゃ付き合い方を知ってるんだ……? いや、それにしても懐柔……? 交渉……? 狸親父め、レッくんとこに付けようってそゆこと? まさかそっち方面で有能な人材?」
フェリクスは呻いた。
「そうですね、平民の娘にしては多少目端が利くのは確かかと……あの様子を見るとそうは思えませんが」
「いやでも……うーん、とりあえず……ねえクァットゥオル、お前の主はボクだよね?」
「はい、フェリクス様」
「お前以外に嗅ぎ回ってるやつっていた?」
「いえ、……少なくとも、使用人達周りに関しては。」
「そう。使用人達はどう? お前以外に誰彼無く話しそうだった?」
「いえ。末端の使用人達自身はガラント公令嬢の指示でのことだと認識しているようですし、そうでない者達については立場上私ほど調べやすいものはいないと考えます。」
「うんうん、いい? ボクはこの話を握りつぶすからね。お前も兄上に話そうと思っちゃいけないよ。どの兄上にもだ。もし話したら命がないと思え。誤魔化す機会があったらそうするんだ。いいな?」
「御心のままに致します」
フェリクスは大きくため息をつく。
まさかそこまで有能だ、なんて思わないが、念の為の措置だ。
諸島の民は誰でもそのぐらいは魔術師達に対して勘所を理解しているのかもしれないし、そのあたりを招聘して試したことがないだけかもしれない。でも、だ。
野心強めの上の兄二人に知られたら明らかに面倒ごとの種になりかねない。
そうでなくったってただでさえ見た目がちょっと結構可愛くてなにやら甘いものを作るのが上手、というだけでも十分よくないのだ。レオのお気に入りと知られたらなおのこと。兄貴達は下の弟たちの玩具を取るのが楽しみなのだから。
それがそんな付加価値まで付いてみせたら絶対にちょっかいを出してくる。
「……まあ、ボクとしても変な目に遭わせたら寝覚め悪いし。」
ああして下心とか立場とか一切無しで気安く接してくる相手は貴重だ。テオやレーナだってやはり立場から無縁ではない。
功績は10割レーナに背負ってもらおう。彼女自身、自分の出した成果が一介の小間使いの発案だ、なんてことは上に言わないはずだ。なにしろ、それではケチがつく。彼女も貴族の政治は一応心得ているのだから。
「その、フェリクス様」
「まだなんかある?」
「この焼き菓子は……どう」
「クァットゥオル、貰った分は食べちゃいなよ。絶対にもんのすごく美味しいからさ。」
手の上に焼菓子を載せて困った顔をする従者にフェリクスは笑い、自分も焼き菓子にかぶりつく。
やっぱり予想通り、やたらと美味かった。
その日のうちにアイマルをはじめとするエレオノーラの使用人たちにスサーナはマドレーヌを配り、次の日。
スサーナは朝のプレゼント攻勢が終わったあとで使用人の待機室に贈り物を置きに行った時を見計らい、皆にこっそり声を掛けた。
「ええと……恐れ入りますが、皆様」
適当にプレゼントを分別しつつ皆がスサーナに目線を向ける。
「どうしました、スサーナさん」
レオカディオ王子がラウルに渡すモノたちのうちに相当量の甘そうなお菓子があるのから目をそらしつつ、スサーナは入れ物に入れて小分けにしたマドレーヌを取り出した。
「ええとですね……本日は私もそのう、皆様に捧げ物を差し上げる列に加わりたいと申しますかええと、先日色々聞かせていただいたお礼に……焼き菓子を焼きまして……ええとご迷惑でなかったらなんですが、受け取って頂けますでしょうか……?」
その言葉にまずレオカディオ王子が目をキラキラと輝かせる。
「貰ってしまってよろしいんですか? 頂いていいなら……是非!」
「いえあの、貰ってしまってなんて言っていただけるほどまともなものでは無くてお恥ずかしいんですけど……」
受け取ったレオ王子がその場で封を開ける。
「朝食が少なくて、お腹が減っていたんです。失礼して、今頂いてしまってもよろしいですか」
「えっ、あ、はい。なら丁度良かったです」
――いいのかなあ。なんだかもっと豪華そうな……なんなら金箔とか真珠とかついたお菓子があったみたいだけど……。
スサーナが荷物の方を見てそう考えるうちに、嬉しげにレオカディオがマドレーヌを口に入れた。
「香ばしくて甘い……挟んであるのはジャムですか? ええ、その、謙遜されるようなことは何も無いというか……毎日口にしても飽きないような味かと……」
「王子殿下に差し上げられるような立派なものではないですけど、お腹塞ぎぐらいにはなりますよね」
ほっとして言ったスサーナにレオカディオは首を振り、その、と言葉を継いだ。
「いえ、僕は見た目ばかり飾ったものよりかはこういう菓子のほうが好みです。ええ、その、ホッとしますし。」
「よかった。レオカディオ殿下は氷菓子のほうがお好みかなと思ったんですけど、こっちでは作れませんし、お口に合いましたら良かったです。」
「氷もそれは好きですが、……これもとても美味しいと思います。」
そこにやや離れた位置に居たエレオノーラがやってくる。
「まあ、殿下に何かお渡しに? 無作法ですよ。殿下も殿下です、こんなところでお食べになるなど……」
「エレオノーラお嬢様。ええと、恐れ入りますが、エレオノーラお嬢様にもご用意させていただいておりまして……。連日のお仕事、さぞお疲れでしたでしょうから、甘いものをと……もしご迷惑でなければ……」
「わたくしにですか?」
スサーナの手元を見て眉をひそめたエレオノーラは、苦言を呈しかけたところで包みを示され、文句が完全に宙に浮いたという顔をした。
「その心がけは悪いとは言いませんが、立場と場所を弁えるべきです。ええ、折角ですから頂きはしますが、殿下に直接このような場所で物を渡すのは……」
「レーナ、いいんですよ。僕が欲しがったんです」
「まあまあレーナー。」
レオカディオ王子がゆるく首を振った先にひょいと頭を突っ込んできたのはフェリスだ。
「みんなに示しがつかないーって言いたいのは判るけど、いま他に人来てないし? 見られるまではノーカンノーカン! それに他所の子の貢物とはベツモノじゃなーい?」
「フェリス様。仰られることは解らなくもないですが……。」
「じゃ、イイにしなよー。ほら、考えを変えてさ? レーナんとこの小間使いがボクらみんなにお菓子を配っても何もおかしなことなくない?」
「まあ……そう言われましたら、ええ……」
なにやら有耶無耶に納得させられた様子の――加えて、もともとそう強く言うという感じでもなかったようだ――エレオノーラからフェリスが向き直ってきたのでスサーナは包みを一つ渡す。
「フェリスちゃん。はい、こちらをどうぞ。」
「あっりがとースサーナ! ねえこの挟んであるやつなあに? なんかメッチャクチャ美味しかったけど!」
「あ、お気に入られました?
二人で話していたテオとアルも、こちらの話が一段落したと見たようで歩み寄ってきた。
「何かくれるの? 有り難いね。」
「皆揃いのものですが。お菓子ですか。興味がありますね。」
「テオフィロ様、アルトナル様も。ええと、簡単な焼き菓子ですが、ご迷惑でなかったらと……」
「お礼! こちらでお礼でお菓子をもらうのは珍しいです。嬉しいことですね?」
「いただくよ。へえ、いい匂いだ。」
テオとアルも快くマドレーヌの包みを受け取ってくれて、スサーナは肩の荷を一つおろした思いになった。
皆、エレオノーラまで使用人に包みを渡して待機させる、ということはなく、自分の荷物に入れてくれたのはちょっとズルをしている心地もしたがやや誇らしい。
フェリスを見るに授業の合間用の間食用にしようともくろんでいる、という気もしなくもないのだが。
最後にレオカディオ王子の側にすっと立っていたラウルに包みを渡しておしまいだ。
「ええと、ラウルさん、ラウルさん。 その、先日聞かせていただいたお話がとてもありがたかったので、お礼で……ええと皆と大体同じ焼き菓子なんですが、よろしければ。……もしかしたらお口にあわないかも知れないんですけど……ええと挟んであるものを少し酸っぱめにしてあるので、良かったら。」
ラウルがレオカディオ王子を見やり、構いません、頂いて差し上げてと返答を受けた後に受け取り、小さく頭を下げた。
「気遣い、感謝します。」
フェリスがなにか合点したように、ああなるほど、ネタ元はラウルか、と呟いてなにやらホッとしたような顔をしていたが、スサーナには意味はよくわからなかった。
ともあれ、そんな感じで一通りお礼行脚を終わらせる。
この他にも配膳係のみなさんが最後の片付けに来ると聞いたのでもうひと焼きしたマドレーヌを渡し、ついでに一応気になっていた「来年度からは使用人の慰安のための酒類なんかのために予算をとってほしい」という提案書を食品の責任者さんからと料理長さんからという形で出してもらって一安心したりなんかした。
――小麦粉もだいぶ消費しましたし。これでこの件に関して、私が今年出来ることは全部やりましたかねえ。
後は来年、今年やったお膳立てが全部綺麗に通ればいいなあ、と祈る。
スサーナはこれで一連の面倒くさいあれこれが完全に終わったなあ、というような気分になったのだった。
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