第216話 王都アラインに潜む闇 2(読み飛ばして特に問題のない話)

 セルカ伯は数瞬どこから話そうか、という顔をして、それから口を開いた。


「エステラゴはいい土地だ。沿岸の土地で大きな海運港もあるし、安全な街道も確立されて。運輸の中継点になり得るし、水資源も豊富だし。そのうえ異国とのつながりも強い。まあ、諸島をうまく使えないか、と思っているものもいたよ。皆陣取りゲームにひと口噛みたかったんだね。勝ち馬に乗れたら……領の内政に噛めたら富むのは確実。中央に口出しされては自分が得出来ない、という貴族も多かった。そういう意味で地方権派閥が元気だったわけさ。」


 ――急に貴族の方々が来てなにかとおもっていましたけど、きな臭い話の渦中だったんですね……!!

 何となくそう言うものかと皆受け入れていたし、島に来た領主の息子さんがお兄さんと仲が悪いらしいとうっすら噂になっていてもやはりどうしても子供感覚だったのでそんな事になっているだなんて思わなかったが、こうして話を聞いてみると結構アカン感じのただなかに故郷は位置していたのだなあ、とスサーナは思った。


「そ、それでガラント公が目の上のたんこぶだった、と……」

「それだけじゃないけどね。一つのきっかけとしては大きかったはずさ。あれで動いた事柄も多かったようだからね」

「ほ……ほへぇ……領主様ご兄弟、仲直りされて本当に良かったですね……。」

「……本当に。本当にありがたい話だよ。」


 少し仲違いして元の鞘に戻った、というような理解で居たスサーナは、いまさら歴史の教科書に乗りそうな事態だったのかと悟り、仲直りしてくれて本当に良かった、と思う。うなずくセルカ伯が自分を見る目がなんだかとてもしみじみしている理由はよくわからなかったが、この人もたくさん苦労したのだろうなあ、と察した。


「まあ、そう言う経緯でガラント公のご長男は長く領地に下がっていたんだ。それが戻ってきたタイミングで、ということで神経を尖らせているのだろうね。ただスシー、君の身柄はミランド公が保証しているから、そう告げればいいはずだよ」


 それはそれとしてそのまま話が一段落してしまいそうな気配に慌てて言葉を継ぐ。


「ええと、ところで私、故郷がそんなところだとは知らなかったんですけど。その、そういえば、あの。ええと……異国との繋がり、というと……」

「ははは、諸島はまた特殊だからねえ。本土側の領地はそう言う場所でね、そこそこ意味がある土地じゃないかな。……エステラゴ領と関わりが深い外国はパレダ。あちらも海運で栄えた国でね、前の領主様の第二夫人はパレダの東沿岸に領土がある貴族の令嬢だったんだ。」

「あ、はい! 島の港にもよくパレダからの船は来ていました。ええと、そういえば……ヤロークとは何か関係があったんでしょうか?」


 スサーナはとりあえずヤロークの国名を差し込む。

 セルカ伯は少し驚いたような表情をして顎を撫でた。


「エステラゴ領自体が、というとヤロークとは繋がりは無いよ。……何故だい?」


 スサーナは息を吸う。さて、セルカ伯なら多分それなりに融通を利かせてくれると思うのだが。


「ええと、実は……こう、先程からのお話に関係して……少し。判断基準を増やしたいな、と思うことがありまして。……ヤロークに関わることを少し知りたいんです。去年の夏のことに関わるか関わらないかは分からないのですが、……ヤロークとこちらにもし何かあったとしたら、私がお話を聞ける方で一番詳しいのは閣下だと思いまして。」


 セルカ伯は硬い表情をしたスサーナの顔を見返し、何を思ったかふむと顎を撫で、その後ひとつ頷いた。


「なるほど。ふむ。スシー、さっきも言ったとおり、君がわざわざ相談に来たのだから、この家の者は断るはずがないさ。それに、あの時の事に関わることを聞きたいと言うならばなおのこと君には聞く権利がある。……と言っても、期待に添えるかは分からないが。じゃあ、まずヤロークについて大まかな話をしようか。」


 椅子に座り直し、背を伸ばす。普段やや猫背気味なぶん、ぐっと威厳が増した気がする。

 音もなく寄ってきたレミヒオが目の前に置いてあったティーセットを退ける。


「ヤロークはねぇ……荒れた国だよ。我が国とは今やほぼ国交は無いが、昔は外交関係はあった。その頃には繋がりはあったけれど……もう20年以上前の話だ。元は栄えた国家だったんだが、貴族の発言力が非常に強くて、各地方があまり協調していないところにネーゲの崩壊があって治安が悪化、南の大陸から流れ込む難民に加えて厄災と魔獣が増えて、決定的に荒廃した。」


 内海の岸で最も栄えた国と呼ばれたこともあったらしいけどね。とセルカ伯は言う。


「そんな国……だったんですか。ヤロークの言葉は習いますし、ちゃんと港を通さないで来る外国の人はヤロークからだ、って皆言って……あまりいいイメージは無かったですけど、大変な状況の場所だったんですね」

「そうだねぇ。大変な状況だし、だからこそ恐ろしい国だよ。王族は国基を保つのが精一杯で、諸侯がおのおのの封土を国のように扱い、好きに振る舞っていると伝え聞く。神殿も腐敗していて貴族の位も金で買えるとかね。元々外征傾向の強い国だったが、諸侯の軍が領土を一方的に切り取る侵略行為を周辺辺境に行っているのは間違いないらしいし。アウルミア国境以外は辺境だからあまり影響はないが、アウルミアの国境付近では小競り合いが続いているというし……あまりいい話は聞かない。」


 あまりいい話は聞かない、どころではなく、非常に厄介そうに聞こえる、とスサーナは頬を引きつらせる。


「うちの国とあちらの国の関係……というか、国同士でなにか揉めているとかは……」

「間にアウルミアがあるから直接の衝突はほとんど無いけど、密入国者の問題とか、あまり良いとは言いかねるね。王家とはまだ使節の行き来はあるらしいが……。あそこの国は今や有力諸侯との関係のほうが意味があるから一口に揉めていると言っても難しいものがある。色々と……一口では説明しづらい関係も昔はあってね。……まあ、今はこちらとしては警戒している相手だ、というのが正解だ。」


「外征傾向……あの、私、本で読んだぐらいでよく……まだ分かっていないんですけど、国は王様が国基を保って維持されるんですよね? それなのにどうやって侵略って可能なんですか?」

「おやスシー、君は神話の本をよく読んでいたと思ったが」

「読んではいましたけど……ピンとこなくて。」


 国と国の争いが可能なのは神々が自分たちの争いを人間に代行させたからだ、という神話はスサーナも知っている。とはいえ、いきなり本丸攻めをして国を奪う、というようなものは想像がついても、小規模な侵略のイメージは掴みづらいのだ。土地に攻め入ってもそこは他の王の国土で、つまり他所の王様の契約が及んでいる、ということだ……と思う。それに土地に住んでいる民は王と契約しているのだから一体どうやって土地を占領するのかよくわからない。

 そう言ったスサーナにセルカ伯はなんだか興味深そうな目をした。


「なるほど、平民に生まれるとそういう感覚になるのか。そこは我々貴族がたる所以ゆえんだねえ。」

「ふえ」

「王と契約し、神殿で認められた貴族の氏族は王の杭たりうるんだ。つまり、王が派遣した貴族がそこにいて、そこを領であり国土とすると王に承認を受ければ国の範囲が広がる。まあ儀式とかそういうのは必要だけどね。……契約の移し替えも領主の権限だよ。そう言う場合は土地ごと諸民の移乗が行われる。だから、所属の変わった土地に民が居る場合には民の所属ごとすべて変わることもある。ただこれも後々契約をし直して安定させる必要があるし、この時ばかりは戒律が働かないからねえ、どうしても治安が荒れる」


 ――あ、あー! 本でさらっと流されているから慣習というか、そういう行事として受け取っていましたけど、そうか……。

 スサーナはそういえば儀式的なものにここでは実効力があるのだ、と思い出す。

 平民をやっていると契約式以外で意識することはほとんどないので前世の感覚と相まって意識の外だった。


「ヤロークでは戦争も土地の承認もどうやら王の制限がない。そのために諸侯はほしいままに領土を広げ放題に広げている、という理解でいいと思うね。つまり、兵を率いて他国の土地に攻め込み、または土地に印をつけて民を移住させる。まあ……王が国基の維持で精一杯で国土を管理できないのなら、天候が荒れ、土地が痩せているのだろうから、そうでもしなければ領民を養えないのかもしれないが」


 セルカ伯は、ヤロークとはそう言う国だ、と言って指を組み直す。


「まず、ここまでは納得がいったかな。さて、あの時の事を話そうか。……あの頃、領主の後継を争っていたご兄弟の仲はとりわけ悪かったんだ。武器を持った争いになりかねないぐらいにね。」

「え、ええ!?」


 どうもその仲の悪さを煽っていた人物がいる、と、感づいたセルカ伯は兄弟を宥めながらその人物の身元を調べた。

 調べられたと気づいたその男、ヤローク貴族は先手を打って邪魔者を排除しようとした、それがあの時起こったことだ、とセルカ伯は言った。


「ええと、あのヤロークの貴族は……何故、煽るようなことを?」

「争いを起こしたかったのだろう。……尋問前に毒を飲んだから……何故かは解らなかったがね。いくらか証拠は出たから想像はつく。彼は「気さくで親身な友人」という風に振る舞っていたから、助太刀を頼まれた、と傭兵を率いて現れた、と見せかけて……」

「せ、攻め込んでくる……と?」

「そう。……島のいくつかは実効支配できると目論んでいたんじゃないかな。地形的に諸島はヤロークから航路を取りやすい。寄港地にさぞ欲しいだろう。」


 国と国の争いになってしまったら非常な大事で、割に合わないのではないか、とスサーナは思うが、多分領主の依頼で私兵が動いた、という形にして駐留からの実効的な支配地にするつもりだったのだろう、とセルカ伯は説明する。


「狂気の沙汰では……? 魔術師さんたちがいるのに……?」


 ぽかんとしたスサーナにセルカ伯は苦笑を浮かべた。


「あそこがそう言う場所だと住んだものでなければ意識する者は少ないんだよ。魔術師の作る物の利益を意識するものは多いが……戦うとか逆らうとは思わない。かくいう私も、そうして戦いが起こるなら、と言われればまず兵士同士の争いを想像するね。」

「なるほど……」


 つまり実際事が起こっても何もなく済んだ気がするな、と思ったあとでスサーナは思考を切り替える。


「じゃあ、ええと……ヤローク……いえ、あの貴族の人は島が欲しかった? 先程のお話からすると、国全体が何かしようとしている、ということではない、なかった、んでしょうか。」

「ああ。ヤロークは一枚岩の国ではない。諸侯の連合と考えるのが理解しやすいかもしれないよ。」


 厄介な話だ、とスサーナは思う。つまり、話を総合してみるにヤロークではそれぞれ別の考えがある貴族が別々に利益を得ようとしている、ということか。個々の例から全体の意思を推し量る、ということが出来ないわけだ。


 ――カリブ海の海賊国家みたいな……。

 実のところヤロークの国家的陰謀のようなものがあって、それを元に何かが起こっているのではないか、とスサーナは考えていたのだが、それは少し修正しなければならない考えのようだ。

 ――ネルさんに先に話を聞いていればよかったな……。

 スサーナはそっと無い物ねだりをした。こんなことになるだなんて思いもしなかったのだから仕方ない。せめて一緒に来ていれば、とも思うが、犯罪者度合いで言えばミッシィより更に上、学院のある街には潜伏中なのだから連れてこれるはずがない。


「ええと……ヤロークについて少し分かった気がします……。」

「そうかい、役に立てたなら良かったよ。他に何かあるかね?」


 ――ミッシィさんがオルランド様に近づいたのは地方派閥の貴族の方がガラント公を陥れたかったから。きっかけはエステラゴの領主ご兄弟が仲違いしていて、その仲違いを中央におさめられたくなかったから?


 スサーナは少し考える。

 ――あのヤロークの貴族が関わっていた、っていう可能性はあるんですね。だって、中央が仲裁に来たら困るのは仲違いさせようとしていたあの貴族ですもん。

 ただ、そうだとしても王族を殺して得があるようには思えない。それに、あの貴族は毒を煽ったと今さっき聞いた。

 ――ということは……あの貴族の人は死んでる、ってことです、よね。

 じゃあ、あの貴族個人の思惑はたぶん今は関係ない。


「もし、の話なんですけど。王都でヤローク語を話している人に出会った、としたら……伯ならその人を怪しいと思います?」

「いや、先程言ったとおり、ヤロークは荒れた国だからね。国を見限って他国に渡り、難民になるものも多い。ヤローク語を話しているだけならそこまで身構えはしないかな」


 ――ううーん。

 考えすぎだったろうか。


「ただ……それが地位がある人間に関わっているようならあまりいい気持ちはしないね。……ヤロークがイヤなところは王家による統制がなされないところだからね。僻地を攻め取ろう、とする諸侯も厄介なら、もっと別のやり方で私腹を肥やしたいものも居る。歴史経緯としても、良い関係だけがあった相手ばかりではないから」


 ――少し気にしてもおかしくはない、ぐらいかな……。あ、夢が強烈だったからすっかりその視点はなかったですけど「夢とは関係ないけど怪しい」っていうのもあるんですね……。

 大量殺戮めいたイメージを問題にせずとも、ヤローク語を使った逃亡犯――金品奪取以外は正確に罪に問われるのかどうかは不明だが――が、演奏会のことを話していたというのでも問題と言えば問題か。

 ――私腹を肥やす。……平民の娼婦と関わってゴシップが外に漏れている人も今いるんでしたね。関係はあるのかも……?

 でも、だ。

 ――騎士に話す、というのが取るべき行動なんでしょうけど、きっとプロスペロ様って騎士ですよね! すごく予断調査されて酷い目に遭いそうで嫌だ……!!リーク行為って刑法上罪になるのかどうかわかりませんけど、そう言うの関係なくしてきそうだし……!!

 まあ、近現代的罪刑法定主義がここで採用されているのかと言うと実に怪しいので仕方ないと言えば仕方ないのだが、スサーナとしてはもしかしてなにもないかもしれない状態でミッシィが自分の通報でひどい目に遭うのはちょっと嫌だ。




 スサーナは厚くお礼を言い、それから、そういえば、と話題が変わったのを装う。


「そういえば、他にも聞きたいことがあったんです。ガラント公のご長男のご友人が気にしておられたんですけど、平民の娼婦に関わった事件が多いとか。閣下はそういう噂話にお詳しいと聞いたことがありますけど、流行っておられるんです?」

「ん? ああ、流行っているのはそれだけではないけどね。立場的にそこが気になるのかな。」


 セルカ伯は、最近治安が悪いんだよ、と端的に言った。

 祝賀で王都への人の出入りが多く、人も浮かれているので、犯罪がだいぶ増えているのだという。


「噂話からすると、多いのは窃盗だし、特に娼婦が多いってことでもないけどね。乞食に施しをしたら家の間取りを覚えられてという者もいるし、下働きを増やしたら金品をネコババされた者も居るし。」


 その中で、一夜の遊び相手に選んだ女性を家に入れて金品を盗られる、という貴族もちらほら居るし、面白おかしい話が外にバレる者もいる、という。


「まあ、最近は平民層のそういうご婦人が流行り、というのは確かにある。仮面舞踏会が流行ったりしていてね。ダンス・ホール……商家が始めた新しい流行で、どこの家が開く、というものじゃなく、招待されるわけじゃないものだから、身元がわからない相手と知り合いやすいし、見咎められづらい。」


 なるほどなあ、とスサーナは思う。つまりプロスペロは前回のことで特にそれを気にしている、というのが正解なのか。

 とはいえ、事件が多いのならなにかしようとしている人も目立たないだろうし、上流階級にも知り合いやすい素地があるなら使うだろう。ミッシィたちが怪しくない、とも言えない。


「お詳しいんですね。もしかして……」

「スシー、私は奥さん一筋だからね? もし妻に会った時に聞かれても是非そう言って欲しいな!」


 もう少し話し、相談のお礼を言って部屋を出る。

 ――判断要素は増えたけど、明確に怪しい、とは言えないものの、怪しくない、と思う要素も出てこない……

 スサーナが考えつつ廊下を歩いていると、後ろからやや潜めた声が響いた。


「スサーナさん。ヤロークのことがお知りになりたいんですか?」

「レミヒオくん!」


 スサーナは全身でぱっと振り向く。

そこに立っているのは、当然侍従のお仕着せを着たレミヒオだ。先日ぶりですね、とハキハキした召使いらしい口調で挨拶される。


「ちょうどよかった。僕はこれから外に出るんですが、スサーナさん、ご一緒しませんか。」

「はい、是非! あああの、レミヒオくん、そのあとお暇です? 聞きたいことが! とても聞きたいことが!」


 ――夢とかの判定ができそうな人員、いた!!!!

 その様子になんだかちょっとたじろいだ様子を見せたレミヒオだが、それも一瞬。にっこりと人好きのする笑顔で微笑んだ。


「もちろん、構いませんよ。僕でしたらいくらでも頼りにしていただいても。」

「ありがとうございます! あ、ええと、どこへ? この格好で大丈夫でしょうか?」


 スサーナは自分が纏う貴族らしい服装を示して首を傾げる。


「そうですね……まあ、大丈夫でしょう。ネレーオさんと少し合流するんです。スサーナさんがその話を聞きたいならちょうどよかった。」


 レミヒオがまたすっと声を潜め、何でもないことを言う口調で説明する。

 ――詳しいオブ詳しい人!!!!!


「ネルさん来てらっしゃったんですか! 丁度ここにいたらよかったのになと思ったところだったんです……! エルビラから出られないのかと思っていました、やった!」


 わあいと手放しで喜んだスサーナを見て、なんだかレミヒオは少し面白くないような表情をしたようだった。

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