第209話 misfortune 3
ややあってドアがゆっくりと開いた。
「どうか?」
首を出したのは第二王子本人だ。
――ええと、お付きの方みたいな方はいらっしゃらないんでしょうか? お一人なのか……な?
「ええと……靴が壊れてしまいましたの、どうか直させていただきたくて……」
スサーナが取れかけの靴底を示しつつ上目遣いで見上げると、すこし間があってから入って、と声がかかり、部屋の主はさっさと背を向けて中に引っ込んでいくようだった。護衛役があとに残るとか、来客を見張っている、というような事はないようだ。
もし中に居たのがミアなら、有無を言わさずに連れて帰ろう。スサーナはそう算段し、深呼吸して、きゅっと体に力を入れて中に踏み込んだ。
入った先は薄暗かった。
見回すとそこそこ小ぢんまりとした空間で、更に先に居室がある作りのようだった。
廊下の場所的にもプロスペロがいた部屋よりも一ランク、もしくは二ランク落ちる場所だろうと思われたが、あちらは入ってすぐが仕切りのない執務室めいた設えになっていたのに対し、こちらはごく狭いウェイティングルームのような作りになっている。
明かりは点いているものの数は多くなく薄暗い。居室側も上品そうな調度が陰影に沈んでいるのが僅かに見える。このホテルは窓にガラスを入れているようだったから、そちらはわざわざカーテンで光を遮っているらしい。
――昼間からカーテンを閉めるって……やっぱりいかがわしい用途の、と思いましたけど、ああそうか、カーテンレールって発想がないんですよね。特に開けたいとき以外は基本的に閉めておくのでもおかしくない。
スサーナは雰囲気の怪しさに半眼になりかけ、それから一応訂正した。
ガラス窓があまり普及していないのだからガラス窓のカーテンを小器用に扱うという発想があるはずがない。昼間からカーテンを閉めていたっていかがわしいことをする予定と決まったわけではない。一応。
島であまり経験していない分野のことのせいか、判断基準がたまに混ざってよくないな、とスサーナは思う。
「ええと、お邪魔します……?」
部屋の奥に向かって声をかける。もしそこにいるのがミアなら自分の声に気づいて反応をするはずだ。多分。のはず。だといいと思う。なんだか珍しい楽器があったら無理かもしれないが。
――本当に靴を直してもらいたいだけの人なら、ここで待つべきなんですけど……
無知で恐れを知らぬ小娘のすることだと大目に見てもらえるだろうか。
一応、相手を位階が不明の貴族らしいと認識している、というような動きをしていて、相手もそう振る舞っているのだから、王子殿下への無礼ということにはならず済むだろうか。
ミアが自分の声に反応する、という自信が十割あるわけではないスサーナは、少し待って、奥の気配が自分に反応した様子がないのにやや悩み、決断した。
――別にここで待てって言われたわけじゃないですから。
ウェイティングルームを抜けて居室に入り込む。
肩越しに振り向いた第二王子の前、卓を挟んで座っていた女性は確かにミアにそこそこ似たストロベリーブロンドをしていたが、だいぶ化粧が濃く、思い切ったデザインで胸元を強調した衣装を着、年かさに見えた。
――別のひ、と? 別の人だ。
部屋を眺め渡しても他に誰か居る、という様子はなく、更にミアが在室しているという事は無さそうに思える。
――紛らわしい……
スサーナは内心ほっと息をついて脱力する。
その女性は第二王子から貨幣が入っているらしき袋を受け取ると席を立った。
彼女はスサーナをチラチラと眺めながら横をすり抜け、扉に歩いていく。
「ふん。せっかちなお嬢さんだ。じゃ、お座りなさい」
「あ、いえ、ご用事の最中でしたのね。お邪魔でしょうから失礼いたします」
――よし、もう用はないですね。なんとかさっと退場しませんと……
座るように言われ、急いでそう返したスサーナだったが、後ずさりかけてちいさくたたらを踏む。
「あっ、つ……」
「見た通り終わったところだけどね。……ん? なんだ、足が痛いの? ……靴、本当に壊れているのか。ああ、これはひどい。」
その間に第二王子がスサーナの抱えた厚底靴を取り上げて、明かりに透かして呆れた目で上から下まで眺めやった。
「これは小手先の補修は出来ないね。革紐があったな。底を縛って動かないようにしようか。」
――ふえ?
「え、あの、ええと、道具だけ貸して頂ければ!」
「ご婦人に慣れていそうなしごとだとは思わないね。わたしはこの手の作業が得意なんだよ。座って。」
――ええ、え? 普通に靴を直してくれちゃうんです? まさかのいいひと!? うそお。
肩を押されて長椅子に腰掛けさせられたスサーナがぽかんとするうちにサッシュベルトのパーツだろう幅広の革紐が取り出されて壊れた靴を繋いでぎちぎちと巻きつけられる。
「知り合いの娘がとんだお転婆でね。普通に庭を歩くだけで一体どんな奇術を使っているのか靴の踵を折るんだよ。」
なにやら物騒な思い出話を始めた王子の表情が本当に何かうっかりと思い出したくない記憶の蓋を開いてしまった、という感じでうんざりしていく。
「それで何故か直せ直せと言われてわたしと弟たちは随分靴直しに慣れてねえ。癇癪を起こして靴底を投げつけられたことが何度……ああ嫌なことを思い出した、楽しいことを考えよう」
苦手な菓子でも口に詰め込まれた、というような顔をする王子殿下に半ば呆然として相槌を打ち、スサーナはなんとなく予想と違う対応に動きを測りかねていた。
それで対応が遅れた、という事は多分にあるかもしれない。
足で靴を強く抑えて革紐を巻き、自分の襟元から抜いたピンで刺し止めた王子殿下が満足気にうなずいたその後、スサーナが座らせられた長椅子の横にすとんと腰掛けたのにとっさに反応しそびれたのだ。
「さて、これはこれでいいかな。ま、部屋に戻るまでは保つだろう。それにしても、よくこの部屋を調べたものだよ。その情熱には頭が下がるな」
ゆるく肩を抱かれてスサーナははっと身をこわばらせる。
――あ、不味いな。もっと先に動いておくべきだった。
流石に振り払うのは不味い相手だ。
「なんのことでしょう……あの、」
「うん、隠すことはないさ。本当ならこんな事は滅多に無いけど……嫌なことを思い出して口直しが欲しいし。
首筋を滑った指先が肩口にかかり、襟の内側に爪の先を引っ掛ける。
貴族の女性の着る衣装のネックラインは大きく開かれていて、少しの力で肩から外れやすい。デザインの問題点、では無く、ある程度意図された趣向だという。
「靴は良い口実だったね。いや、本当にうっかり折ったのか? ともかくご褒美は貰えるのだろう? お嬢さん。わざわざここまで来るのだから、そのつもりで来たはずだね?」
「……あの、靴のお礼は後日、ちゃんと……」
そういう意思表示半分本気半分で戸惑った顔をして――13の子供を相手したがるとはまだうまく納得がいかぬ――第二王子の腕を押しのけて距離をとってみせたスサーナを覗き込んで、王子はキョトンとした顔をした。
いかにも社交界を泳ぎ慣れた青年という態度で、実年齢よりも上の振る舞いに見えたが、そうするとスサーナがイメージする18の――高校を卒業してすぐの――青年に近い稚さが覗く。
「……まいったな、こんなところまで来たのに、もしかして何をするか分かっていないの」
「っぇ、あの、はい、その……」
「この間の感じだとそこまで子供だとは思わなかったけど……そうか、わたしの見立て違いだったかな。」
「っ、ええと、はい。あの……ええと、そこの廊下で靴を傷めてしまったのは本当に偶然でして――」
これは逃げられるかも、と急いで声を上げたスサーナに、ゆっくり、そう、と声を上げた第二王子が変に暗い目をした気がした。
「偶然か、そうだね。でも君のご両親にとっても偶然なのかな。」
ぐっと肩を押されて長椅子の肘置きに背を押し付けられ、スサーナはもがく。
――去年の夏を思い出す状況……! でもこちらのほうがずっとよろしくない……!
王子という人種はうっかり加害すると、加害出来てしまうととても非常に本気で不味い。
一瞬お守りを指先で探りかけ、ああ無いんだった、と意識する。逆に良かったのかもしれない。
「あんないつ折れるか解らない靴底でわざわざ歩かせて、ほんとうにどういうつもりだろうね?」
耳元に囁かれる。
「あの、本当にそれは偶然で……古い靴を急にお借りしたから……」
「そう、それに、ねえ、キミは随分きれいな言葉をしゃべるね。わたしはキミが南の方の言葉を喋るのを聞いたけど、まるでこちらのほうが口慣れた言葉みたいだ。まるで貴族の家の令嬢のようじゃないか? どこの家の娘かな。良い家柄の出だね? ……わたしが平民の娘を食い散らかしているって聞いたのか。馬鹿げたことをする。」
第二王子は歌うように吐き捨てた。
「平民なんかを真似させて、訳も分からず部屋に入らせて、それで既成事実でも期待していたのかな、そうだろうね。わたしが決まった妃を取るつもりがないことも知らないでいるのか、それとも賠償が欲しいのかな。よほど貪婪なのか、それとも困窮しているのか。それとも、わたしを身の内に引き込みたい理由がそんなにもあるのかな」
――ああっ、口調。ミアさんが居なかったから安心して……。また偶然なのに、こうややこしい疑いが……妙な小手先の誤魔化しなんかしたから――
誤解です、と声を上げてスサーナは腕の下から逃れようと試みる。
そんなつもりでここに来たわけじゃありません、と首を振る。
「暴れないほうがいいよ。逃げるのも。キミの立場が……いや。キミの無礼の累が及ぶ、とは言わないけど、きっとキミのご両親は失望するね――」
――累、が
確かにやりすぎた。迂闊だった。最大級の最悪のミスだ。あれほど貴族が恐ろしかったはずなのに、下手に身近だったせいで判断基準を誤った。少し急いでいて、少し考えることが多かったからって、少し気が動転していたからといって、許されない迂闊だ。
でも、ミアがそんなことで酷いことをされるのはよくなくて――だって。
でも、もっとうまくやらなくちゃいけないはずだったのは明らかなのに。
スサーナはかちんと動きを止めた。
家名に傷がつくと嘆くだろうか。特大の災難を呼び込んだ疫病神だと悪むだろうか。
「ああ、は、そう言われて大人しくなるんだね。」
曲げた指の背で頬を撫でられて、また何か歌うように吐き捨てられる。
一体何がそんなに琴線に触れたのだろう。誘惑するために部屋に女が忍び込んだと最初当然のように受け入れていたのに。とりあえず何がしたいのだろう。さっきはともかく、肉欲、と言うよりもっと。
――このひと、なんでこんなに怒っているんだろう。
「申し訳ございません、本当に、誤解で、家は、なにも――」
「こんな風に投げ渡されてそう言うんだ。そんなに家名が大事か、そうだろうな――自分の娘を蟻地獄に追い込んで……いや、蟻の巣か。死ぬまで卵を産ませて蜜を吸うつもりの相手を庇って、可哀想にね」
頭が鈍く痛い。スサーナは思考の端でちらりとそう思う。
なぜだろう。おうちは本当に笑ってしまうほど関係なくて、第二王子殿下が何かに怒っているその理由はきっと完全に的はずれで、機嫌を損ねず出るためにうまく言い訳を考えないといけないのに。
そんな事を考えている余裕などないはずなのに、なんでか。おかしな風に気がそれる。
勝手に思い浮かぶのは泣き顔だ。若々しい上品そうな女性が身も世もなく泣きじゃくる顔。
――
紗綾さん。どうして。どうしてそんな酷いことができるの。
ごめんなさいお母様。私。
ああ、紗綾さん、わざわざ紗綾さんのためにお時間を取って下すったのに途中で帰ってきてしまうなんて、お父様のお顔に泥を塗るような真似を。
ねえ。幸隆さんの大事なお知り合いの息子さんなの。まだ大学生なのにお父様の私設秘書をしてお支えしているんですって。立派な子なの。きっとすぐお父様の地盤を継がれるのでしょう。ああ、あんなに立派な子もいるのに。紗綾さん、どうして、せめてお父様のお役に立てるように振る舞おうと思えないの。どうして。ああ、ごめんなさい幸隆さん。私がもっとちゃんとまともな、男の子を産めていればきっと。
ごめんなさいお母様。落ち着いて。大丈夫です。次はもっとしっかり出来るようになります。ええ、私、少しだけ驚くことがあって、だから――
ごめんなさいお母様、どうかお泣きにならないで――
――
頭を過るのはどうということもない思い出で、わざわざこんな時に思い出すようなことでもない。
――悠長に昔のことなんか考えてるタイミングじゃないのに。
普段全然思い出すようなことでもないのに、なんでこんな事思い出してるんだろう。
「このまま帰しても他の兄弟の寝床に放り込まれるのかな。同じことなら齧ってしまおうか。」
スサーナは第二王子を見上げながらうまい言い訳を考えようとして、あれ、と他人事のように考えた。
「春の園に押し込められるよりずっとマシだろう? わたしは遊ぶだけで決まった相手を作らない、なんて知っているべき者は皆知ってる。……自分たちの選択の間違いのおかげで大事な成功の種に傷がついただけだと知ったらキミの両親はどれほど歯噛みするだろうね。面白そうだ。」
――あれえ、なんだか息がしづらいぞう。
息を吸っても、吸っても、肺になんだかうまく空気が入らない気がしてならない。胸を抑えられているというわけでもないのに。
――困ったな、これじゃ走るのが大変で……
勝手に体が震える。鈍かったはずの頭痛がガンガンと響く気がする。
抑えた娘がひゅうひゅうと不安定に息を吐くのを聞いて、
娘は茫洋とした目をして体を震わせている。
腹立ち紛れに脅しすぎたか、そう考えた所で、扉から響いたノック音に思考を破られた。
「何か」
「御用聞きですわ。明日の朝のお食事のご希望を伺いにあがりました」
入れ、と言おうにもお忍びのために用意した部屋には侍従が居るわけではない。ぐったりした娘をそのまま長椅子に残して彼が立ち上がり、ドアを開けると若い女の接客係が控えている。
「変更があると伝えた覚えはないが」
「はい。祝賀で人が増えますので。宿泊客皆様にお聞きしております。」
「そう。ご苦労だね」
さほど気にせずに部屋に入れる。護符を持つ王族である彼は単純な手段での暗殺を恐れることはない。護衛官がいれば小言の一つも言われるだろうが、いないので構わない。
食事の内容について羊皮紙に書き付け、多少の心付けと共に接客係に渡すとうやうやしく受け取った彼女はあら、と部屋の奥を見て声を上げた。
「先程のお客様。」
「彼女がどうか?」
「ええ、靴を壊して難儀されておられるとご連絡がありましたのに、先程戻ったらおられませんでしたので。」
接客係がくたんと長椅子に凭れた娘に近づくと腕を取る。
「どうかされました? 」
「……気分を悪くしたらしくてね。休ませていたんだ」
「まあ。ではお部屋にお連れいたしますね」
ぐいっと引き上げたのを見て彼はすこし眉をひそめる。娘はふらふらと、それでも一応腕にぶら下がるように立ち上がった。
――ああ、宿泊客というのは本当か。……まあ、いいか。気絶した女を抱く趣味はないし。
これだけ脅かしておけば戻ってくるということもないだろう。もし戻ってきたらその時は本当に美しく無為な献身を称賛しながら美味しく頂いてしまったっていい。
接客係が娘を肩に引き上げ、引きずるようにつかつかと部屋から出ていく。
「ちょっと、キミ、待ちなさい、裸足で連れて行く気!? ねえ!」
思わず呼び止めた声に返答はなく、第二王子は閉まった扉に腕を下ろし、長椅子の足元に転がった靴を眺めた。
手も足もぼんやり痺れる。
スサーナはぐらぐらする意識で廊下を移動していくのを切れ切れに見る。
胸がムカムカする。こわい。さっきされかけたことじゃなくて。
歩く廊下がそれなりに狭いものになっていくのを白く靄がかかった視界で少し見た気がして、それからスサーナは意識を手放した。
――夢を見た。
悪夢を。
毎夜の眠りに混ざり込むそれではない。それはもう見る必要がない。
抑圧されたつまらない記憶の再現ではない鮮明な悪夢。
談笑する人々の間を自分が歩いていくのをスサーナは見る。
盛装した男女。夜会だ。
ミアがいて、ジョアンが居る。ミアが着ているのは演奏会に用意すると言っていた一張羅のドレス。興奮した様子で頬を上気させて、何か話している。
ガラスで出来た珍しいグラスが配られだす。
一段高い上座に豪奢な衣装の人々が居て、その中に知った顔が混ざっている。
緊張した様子のレオ。小さくこっそり手をふって、知らん顔をするフェリス。
乾杯の音頭が取られて、それで。
悲鳴が上がる。エレオノーラが沢山血を吐くのが見えた。
『医官を』
声がごぼごぼとした音になる。
悲鳴を上げて混乱する小間使い達の間に冷たい目をした人たちが混ざって、誰かが助けてと懇願するのを聞かずにどこかに歩いていく。
『レオくん?』
いつの間にかすぐ目の前に居たレオが口元を抑える。驚いた顔で。
『痙攣してる、押さえて』
『毒は効かないんじゃなかったの』
『ああ、神様』
人がたくさん倒れているのが見える。血が。
倒れたレオとフェリスの手元に同じデザインの金象嵌のグラス。倒れた人はみなこのグラスだった? 見覚えのある紋章。あれはどこで見たものだったか。
握った手が冷たくなる。傷を押さえても、怪我を治そうとしてもうまくいかない。
それはそうだ。そう思う。だって、ぐちゃぐちゃの肉塊になっていてしまったらそんなの――
――――
はっと目を開ける。
さっき見た暗い部屋よりだいぶ明るい天井。
手足は重いが先程までのように痺れる感じはしない。息苦しさも落ち着いているようだった。
――ひどい冷や汗……ああ、貴族の下着はたくさん汗を吸う織りではないんでしたか。
ぼんやり思う。服は朝メイドさんたちに着せられたもののままのようで、肩が下げられているわけではなく、胴着にも下着にも動かされた様子はない。
目だけ動かしたスサーナは、おなじホテルの中のだいぶ格式の下がる部屋にいる、と判断した。ミア達が泊まっていた部屋よりもランクはさらに下のような雰囲気だ。とはいえそこらへんの旅籠とは比べ物にならないし、学生たちの部屋はご招待だけあって
「いっひゃーーーー!!キンチョーしたあーーー!!」
調子外れの声にスサーナは首を上げた。
自分が放り込まれた寝台の横に大の字の女性が降ってきたのを見て慌てて転がって避ける。
「ぬっふふ。いやーっほんともー災難だったわねぇーーー!」
見覚えのない女性がホテルの客室係のお仕着せを脱ぎ散らすのをぽかんと見ていると彼女がニンマリと笑い、鼻先がくっつくほどにまじまじと顔を覗き込まれる。
「あの……」
「そっかあー今度はこーいうタイプ! んーまあ趣味いいと思ってあげよう!」
「あ、あの……」
「んー、でもー気をつけなさいなー、アナタねえーーー。男の部屋に一人で入ったらいけないーって聞いてないわけぇー? アタシってば頑張っちゃったじゃなーーーい!!」
ミルクココア色の癖のある長い髪に少し太めの眉。ブルーの垂れ目は涙袋が効いているものの、セクシーと言うより少したぬき顔のような気がする。
見たことのない相手、だと思う。
そう思いつつもスサーナはまくしたてられて目を白黒した。
なにがなんだかわからない。
「あの、助けていただいた……のでしょうか。」
靴がどうの、と言っていた気がする。従業員を呼んだ覚えなど当然無いから、本当に靴を直していた時にアレを見ていたのだろうか。それともドアの外で王子との話を聞いていた?
「うふふ、だいたいそんなトコね! アナタね、オルランドの新しいお気に入りなんでしょ? 駄目よ、のこのこ別の男に食べられに行ったら! オルランド泣いちゃうわよ?」
――ん? オルランド?
「あの、一体なんの事だか……」
「んっふっふー、隠してもアタシってばお見通しよ? だってその服アタシの趣味で選んだやつなのよね。 うえからしたまで見覚え十割! あ、自己紹介マダよね! アタシはねぇ、ミッシィ! メリッサって言ったほうがわかるぅ?」
べん、とスサーナの鼻先に指を突きつけた女性はスカートを放り投げ、上から下まで素っ裸であぐらをかいて胸を張った。
「つまり、いわばアナタの先輩ってこと!」
スサーナは思った。
プロスペロさん、節穴では?
聞かされた話からすると金品を持って失踪した不倶戴天の容疑者が目と鼻の先にいるじゃないですか。おなじ宿にお泊りか、お勤めですよ?
ねえ、節穴では?
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