第281話 魔術師、説明を求める。

「事情があるんです!」


 第三塔が頭を抱えるのを見ながらスサーナはぴゃーっと鳴いた。


「ええとその、面白半分とかそういうことではなく……あっ、そのですね! 正確にはお見合いということでもなくて……レオくんのお母様……第三妃殿下が亜麻色の髪の乙女……ああええと、演奏会のときにレオくんを助けたという触れ込みの女の子を探していまして! あっええとその、それは偽物なんですが、それはこの際どうでも良くてですね、探す催しに良くない貴族の方が関わっていてですね、レオくんになにかあると良くないので……!」

「待ちなさい。」


 早口であわあわととっちらかっていくスサーナを前に、彼は疲れたように手で制する。


「……順に聞こう。認識欺瞞は掛かっている。焦ることはない。」


 とりあえず一から説明するように、といつもの調子で求められてスサーナは動きを止めた。


「あ、はい。……一体何をどうご説明すればいいやら……。とりあえず……あの演奏会のときに私、レオくん……第五王子殿下のグラスを取って飲んだではないですか。それで魔獣……のことが判明した、わけですよね?」

「ああ。」

「それで、ことを企んでいた方が「なにか知っているかもしれない」と考えて狙ってくるかもしれない、ということで結局今の立場になるお話を受けたわけなんですけど」


 スサーナはここまでは一度説明したことだった気がするな、と思いつつ説明すべき事柄について少し思案する。魔術師が仕草で静かに先を促す。


「当然、そういう事情ですから第五王子殿下を救ったのは謎のご令嬢、ということになっていて。第三王妃様は事情をご存じなく、第五王子様を救ったご令嬢を大規模に探す、という催しをはじめられてしまったんです。」

「成程。」

「当然私は名乗り出ませんが、ええと、計画の邪魔をした者の正体を知ろうと下手人に関わりのある方が探りを入れてくるだろう、と元々ミランド公は考えておられたようです。貴族に内通者が居るのではないかと思っておられて、関わりのある方をあぶり出そうとしているのではないか、とも思うんですけど。その第三王妃様の催しは、多分そういう目論見もあっていろいろな貴族の方が関われる余地があるよう誘導されているようなんです。たとえばとても素行が悪い方でも。」


 さて周辺の事態はどこまで説明すべきだ、とスサーナは内心悩んだ。ネルさんのこととかを説明すべきだろうか。一応鳥の民の諜報活動とかに入るのだろうか。全然関係ない気もするのだけれど。

 結局、最も端的なことだけを説明することにする。


「そのうえ、乙女探し、ということにはなっているんですが、事実上第五王子殿下のお相手探しのようなもの、と皆……第三王妃様まで含め認識しているようでして。多分本物かどうかをあまり問題にされないと思っている貴族の方が、それぞれ乙女を用意しているというようなことになっている気配が……。 第五王子殿下は当然、その乙女の顔を見ているということになっていますから、催しがあれば出席せざるを得なくて。乙女ともその保護者とも顔を合わせる立場になります。……そして、ほぼ確実に下手人と関わりがあるだろうという方が偽物の乙女を擁立して催しに関わってくるだろうと分かっていまして。……第四王子殿下にお願いして、王宮の中で催しがあったらさり気なく監視したり、何かあったら騒ぐぐらいは出来るように、下級の侍女に紛れ込ませていただいたんです。ええと、それが私がここで侍女のフリをしている理由です。……しばらく勤めないと会場に紛れ込むにも違和感がありますし。」


 くるくるぱたぱたモーションしつつ言い終わり、これで説明になっただろうか、という顔をするスサーナを眺め、第三塔は数瞬思案したようだった。

 一体どこから突っ込んだらいいのか、という風情が流れ、それから口を開く。


「納得はし難いが、経緯は理解できた……ように思う。だが、いくつか聞かせてもらっても?」

「はい。なんなりと。」

「ほぼ確実に下手人に関わりがあるだろう人間が関わっている、と言ったが、対象が分かっているならそれを捕縛するなりすることで解決はしないのか。」

「はい、ほぼ確実だと私は思っていますし、特務騎士も動いているようなんですが、政治的に何の力もないということもないようでして、ゴネられると厄介な方のようです。」


 スサーナは頷く。


 王族に関わることだし無理を通して強権を奮っても容疑者逮捕を、とかするのではないか、とスサーナはちょっと思っていたものの、そのあたりスサーナにはよくわからない力学が働いているようだった。ネルさん越しにフィリベルト特務騎士の見解を聞いたところ、王族の誰もがほぼ無傷だったせいでパワーゲームを優先する者が多いせいだろうと言う。


 あれから調べて分かったことだが、何が厄介って、当該の貴族の一族は無位ながら金貸しを生業にしていて色んな所に沢山お金を貸しているらしい。王権神授にお金は関係ないものの、貴族の生活にはお金はとても関係があるのだ。更に色々な利権に関係があり、貴族とはちょっと系統のずれた権威でもある神殿のおえらいさんの血縁でもある。


 つまり、正規の手段で状況証拠だけで糾弾しようとするととても面倒な相手のようなのだ。王は絶対であるものの、一段下がるとぐっと世俗的にわやわやになるものらしい。

 貴族の位の高さと関係ないところで寝技を効かせる相手は殊の外厄介なのだとか。


 レミヒオくんによるとミランド公お父様はド悪役めいた超法規的手段でどうにかする、という手も考えていないわけでもないようなのだが、やったが最後政敵に食らいつかれてただでは済まないため、本気の最後の手段であるようだった。

 貴族というのは好き勝手に権力を振るったりしている――中世的な統治というやつだ――とばかり思い込んでいたものだが、外務卿が特務騎士なるものを抱えていて、それが王軍長とも協調している――多分特務騎士に類似の機構は色々な長の元にそれぞれいる――、とかいう仕組みがある国家は、当然権力機構も一筋縄で行くつくりなはずがないのだ。スサーナも最近薄々気づいていなかったこともない。


「まず捕縛に至るのに苦労する、と言いますか。世知に長けた方で、決定的な証拠がないと色々なところから物言いがつくような……。それとあまり横紙破りをしたり、目に見える失点をつくるようなやり方をすると、その方とは利害関係がなくても横手から犬に噛まれて立場が危うくなるようなこともあるそうでして」

「成程」


 端的な説明だったが、第三塔さんにもなにか思い当たることはあったのだろう、理解はしてもらえたようだった。


「ならば次。こちらの理解がどれほど正しいのかは解らないが、話を聞いた部分ではその催しとやらを行うことは王子側……ミランド公か、その計画の一環のようだが。そうであるなら君が出ていくような事ではないのでは? 安全対策は流石になされているだろう。護衛に任せるべきではないのか。」


 力強い正論にスサーナはちょっとだけ目をそらす。


「うぐっ、そう言われればそうなんですが、護衛だけでは間に合わないこともありますでしょう。……その、下手人に関わっているだろうという疑いが濃い「邪教」がありまして、そのやり方がどうにもきな臭くて……。」

「ならばなおさら、専門の者に任せるべきだろう。いかに君が……鳥の民だとはいえ、彼らの薫陶を受けたのはほんの数月のはず。護衛官達より適切に動けるとは君自身思っていまい。どう考えても君がすべき仕事ではない。」


 わずかに鋭くなった語調にスサーナはうーっとなる。正論も正論、ド正論だ。

「邪教」のやり口がなんだか妙に引っかかるので、予想できないことをやってきそうで落ち着かない……それも、前世の要注意団体に似通っているのが気になる、皆が手口にピンときていない以上気にするのは自分だけだろうし……というのがその場で見張っていたい最大の理由なのだ。


 前世、なんて言われても相手も困るだろうからして、その説明はしようがない。

 スサーナはなんとか納得してもらえそうな言い訳を探す。


「それは……確かにそうなんですけど……。護衛の方では行き届かないことも色々ありますし。あの、ほらええと、例えば誘惑とかですね、……催しの性質上、止めがたいものもありますわけで。そのう、該当の相手以外の方でもそういうことはあるでしょうし……」


 とりあえずフェリスちゃんの勘違いの内容をこの際採用させてもらうことにした。そう簡単にその場で素晴らしい言い訳というのは思いつくものではない。

 ところが、スサーナがふわふわ言い募る内容に第三塔はいっそう不可解そうな雰囲気を浮かべたようだった。


「それは……第五王子自身の判断で十分問題のない範囲なのでは?」

「そ、それはそうかもしれませんけど……その。心配じゃないですか。なにか良くないことをされるのも心配ですし……。13で婚約者ができちゃうとかもお可哀そうですし……王族の方なら仕方ない事かもしれませんけど、レオくんはこれまで王位と関わるような立場では無かったそうですから、やっぱり心の準備とか出来ていないわけで。」


 弱い言い訳だったな、自分でも分かっていましたけど、とスサーナはたじたじとなる。これは間違いなく「君の関わることではない」だ。

 きっぱり叱られるのは一瞬あとの規定事項のようだ、と半ば確信し、スサーナは小さくなったものだが、何故か予想に反して思案するような声が戻る。


「……第四王子、第五王子、そうか、心当たりがあったな。学院で君を迎えに来た……」

「あっ、はっ、はい、そうです! 調査会の時に寝かせてもらったときですね、心配して来ていただきました!」


 急に変わった風向きに、スサーナは急いでうなずいてみせた。


「ではあの時庇ったのも…… ……君は第五王子と親しいのか。」

「えっ? ええ!それはもう、ええと! 学院でフェリスちゃんもレオくんも親しくしていただいて……レオくん……第五王子殿下はお父様が後見をしておられるんです! ええとそれで、今の王位のゴタゴタがなければ次のミランド公になるはずで……」

「そうか。」


 だいたい家族みたいな感じなんです! 家族!とスサーナはぶんぶん首を縦に振る。なぜかそれで第三塔さんはことを追求する気が消え失せたようだった。

 それにしてもあまり深入りしすぎるのはやめなさい、と言って、ふう、と短くため息一つ。壁で光を失った水晶球めいた器具を取り外しにかかる。

 スサーナは少し戸惑い、それから今ので話が終わったらしいぞ、と察した。


「ええと、すみません、気をつけます。」

「ああ」


 彼は荷物に器具をしまい、封をする。スサーナはしばしそれを眺め、内心しばらく迷ってから口を開いた。


「その、第三塔さん?」

「……何か」


 戻ってきた言葉は素っ気ないながら声の調子は普段に近いのに助けられてスサーナは言葉を継いだ。


「折角だから、と言うのも変なんですけど……。あの、護符を届けに来ていただいた時……、沢山ご迷惑をおかけして……本当に申し訳ありませんでした。」


 頭を下げた彼女に第三塔は顔布の向こうで僅かに目を向けたらしい。


「あんなお怪我をさせて……それに、心配して来て頂いたのに、カリカ先生が失礼なことを……その、私、そういう事情だったことを全く知らなくて……申し訳ありません。」

「……前回も言ったとおり、君が責任を感じる必要はない。どんな類の魔獣であれ、無力化しきったかの確認を怠らなければああはならなかった。……あの時は本当に不注意だったんだ。だからあれは私自身の失態に間違いない。」


 言って彼はゆるく首を振る。


「……君の師の振る舞いと警戒も当然の行為だった。古い世代だと言うならば警戒して当然だろう。……そして君がそれを知らないのも仕方はない。我々自身、若い世代は知識はあれど実際喰らいあった頃の事は実感を持って意識しているわけではないのだから。」


 だからあの時のことに思うところはなく、君がすまなく思う必要はないんだ、と第三塔はそう言った。

 静かな言葉にスサーナはなんとなくいたたまれなくなる。許してもらえた……気にしていないと言ってもらえたのだからいいはずなのに、まるで突き放されたような気がした。


 はい、と返す以外に続けられる言葉を思いつけず、スサーナは彼が片付けを再開するのを見る。


 ――ああ、でも、謝れたんですから。謝れないより絶対ずっといいですよね。

 このあとまた顔を合わせる機会がある保証はないのだから、謝れただけでもけじめがつけられただけとてもいい。本当に素晴らしい偶然だった。あの子達には感謝をするべきかもしれない。……一体何を感謝されたのか、絶対にわからないだろうが。


 さて、もう話すべきことはない。この後は多分元の部屋か、出入り口のところまでご案内しておしまいだ。スサーナはそう思い、そっと息を吸った。

 身じまいをただしかけた魔術師が手袋を嵌めかけ、ふっと手を止める。


「……そういえば、一つ、苦言を呈すべきことがあったな」


 ――はい!?

 スサーナは今喉元で息を止めかけたことなど忘れてぴゃーっとなる。


「な、なにかありましたでしょうか!!」


 苦言。

 叱られないとなるとそれはそれでモヤモヤするが、叱られるようだとなるとそれはそれでうろたえる。我ながらとても自分勝手だなあ! と思いつつ、スサーナはその場に反射的に正座したのだった。

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