第374話 魔術師達、増える。

 開いた扉を覗き込み、興奮した声で語り合っていた謀反人たちは、その扉を開いた張本人、魔術師たちがすぐにそこに入る様子がないことに訝しげな顔を見合わせた。


「ど、どうされた、先には……」


 思わずといった風に神経質そうな風貌に司教衣を纏った一人が魔術師に問いかけるが、まるで聞こえておらぬように魔術師の片割れ、苔緑モスグリーンの長衣を着た方のひとりはその言葉を無視し、そばの壁に寄りかかると鼻歌なぞを歌いながら手持ちの石板じみたなにかに文字らしきものを書き込んでいく。


 怪訝な顔をした謀反人達がやつらもしや怖気づいたのではなどと囁きあう頃、ぐっと石板を掲げ見た苔緑の服の魔術師はそれと声を上げ、石板を投げ上げた。


 中空に一瞬とどまった石板が輝き、そこから文字と図形らしき光の軌跡が残像のように残る。


 うわっと悲鳴を上げるもの。逃げ腰になるもの。それをコルネリオが叱咤し、ヘルマン司祭が深く眉をひそめる。


 次の瞬間、奇妙な図形が床上に焼きつけられたように走り、そこが光の円盤のように変わると、一同がたじろぎ下がったその短い時間の間にそれまで確かに存在するはずのない人影が3つばかりその場に現れた。


 それらはまた魔術師であるようで、それぞれ特徴的な白味の髪を晒している。



「ヤベェ、本当に動いた!」


 はしゃいだ声を上げたのは胡粉に淡い橙の光沢を持つ短く掻き上げた髪ボックスショートの後ろだけを伸ばして結んだ活発そうな青年で、


「無事転送が成功するとは、さすが遺跡の端くれ。あっと、現在位置は一層手前、こっからに入る。宝物庫は中だな」

「失敗すると思って待機させたように聞こえたぞ?」


 苔緑の服の魔術師の言葉に肩をすくめたのは石英めいた鈍い光を持った濃淡のある青白磁色の髪を肩下まで遊ばせた男だ。


「はは、まさか! でも転送が動くような機構が残ってるものは少ないからな、塵芥共の生存圏に生きてるのがあるとは半信半疑だったさ」

「合流が遅れたらどうするつもりだった」

「まあいいんじゃない? 貴重な体験ができたし。もし動かなくっても直上から火球でも放って穴を開けてやればここまではこれるでしょ」


 ひらひらと手を揺らしたのは青銀の金属光沢をもった髪を高く結び、一部を巻き結った女。


「ここは議会の魔術師が張り付いてる国だぞ」

「言って、常民共のねぐらのお守りをするなんて、下っ端でしょ」

「それが長老の一人だって話なんだよな。頭の古臭いやつらに遅れを取るとは思わないが、やっぱり面倒は少ない方がいいだろ」


 軽口を叩きあう魔術師たちに、状況の異常さに思考を忘れていた男たちの一人が呆然と声を掛けた。


「その方々は……いまのは……」


 屈託ない笑みからふいとつまらなさそうな表情になった苔緑の魔術師がその声に振り向く。


「あん? ああ、お前ら流に言えば同胞かな。連れてくるなとは言わなかったろ? お前らが住み着いてたあそこ、アレは地下に遺物があってさ。あちらとこちらで行き来できる仕組みだよ。古い時代にはさあ、使ってたんだろうな。脱出口として……。なんだ、知らなかったのか。王家の古巣だったものを横取りしたってだけで喜んでたの、お前ら……」

「おっ、教えてくだされば……ここまでの道筋がもっと楽に……」

「ハハハ、無理無理。魂の脆弱な常民風情が使ったところでバラバラになるのがオチだ。うまく保護してやれば別だけどさ、そこまで面倒を見てやると思ったわけじゃないよな?」

「わっ、我々が王位を手に入れるまでの助力が条件であったはずだ!」

「やめよオルメダ!」


 けらけら笑う魔術師に食ってかかった下級貴族らしい男にコルネリオが鋭い声を上げた次の瞬間、湿った音が響き、激高したばかりの男がひっと怯えた息を漏らす。

 女魔術師が伸ばした棒じみた武具をその目前で泥じみた魔獣が受け止めたのだ。


「ぎゃんぎゃん喚くな。うるさーい。」


 片眉をひそめた女魔術師は棒を回して外そうとしたようだったが、絡んだ魔獣の組織がそれを果たさせなかったらしい。男の頭を砕こうとした棒に手を添えてひゅんと縮め、苔緑の衣装の魔術師があーあと声を上げた。


「言い忘れてたけど殺すなよ? この先血統鍵だけじゃなくて思考反応認証があるから下手に減らすと面倒かもだし、一応契約あるのは確かなんだ」

「ふうーん、まあいいけど。なりたての悪霊と、非秩序相の魔獣……常民風情が制御できるその技術ベースは気になるし。エーオー、吸い出せたら私それがいい」

「キンネレア、配分はくじ引きで恨みっこなしって決めたろ」


 女魔術師が棒を仕舞い、魔獣を立ち上がらせていたコルネリオが腕を下げ、一触即発であった空気が一応にも緩む。


「ご同胞を呼ばれるのなら先にお教え頂きたかったですね。こちらにも心構えというものがある。」


 硬い声で言ったヘルマン司祭に苔緑の衣装の魔術師は悪びれた様子もなく笑ってみせた。


「言われてみればそうだな、まあ、いいだろ? お前たちだけでこの先どうにかできるはずもないんだから」


 ヘルマンがぎりりと歯を噛み締め、しかし一呼吸して微笑む。


「こちらとしても助けが増えるのはありがたいことです。支払う対価に相応しい働きを期待しておりますよ」




「それで、この奥に文字盤はあるんだよな。こいつら連れて潜るの? 魔術師四人で……いや、五人か。 こいつ、なに?」


 経緯を傍観していた短髪の魔術師が少し後ろで佇んでいる手首を鎖で縛めた魔術師に目を留めてひょいと指をさした。


「議会の罪人だよ、封印刑を受けて足抜けしてきたってさ」

「! ではこれは魔力食いの鎖か、初めて見た」


 鎖に興味を示した青白磁色の髪の魔術師に鎖を引かれても特に苦情を申し立てるでもなく、鎖を絡めた魔術師は片腕で抱える形になった気絶した王子を肩に持ち上げて佇んでいる。


「使える魔力もろくに無い奴を仲間に引き入れてどうすんだよエーオー。」

「元々別口なんだよ。俺の後にあいつらが連れてきた」

「ああ、その鎖取るのにネーゲの技術がほしいって口? お行儀のよろしい議会の魔術式なんか、提出されたって役に立つのかしら」

色彩イロから鑑みて元の容量は俺の六割というところか? これだけ残存魔力が薄ければろくな術式は動かせなかろう。何が出来るんだ」

「……鍵開けや術式の補助程度なら、なんとか。雑用係と思ってくれて構わない。」


 さり気なく腕を引き戻しながら鎖を絡めた魔術師が戻した回答に、不満な回答であったらしい短髪の魔術師が眉を吊り上げた。


「こんな役立たずに抽選権をくれてやるの、オレやなんだけど!」

「文字盤は貴方方で好きにしろ。俺は、この先に残っている鎖の解除キーさえ手に入れば文句はない」

「解除キー? この先に?」

「なんか前の動乱の関係だってよ。アンタも何かあるか?」


 苔緑の衣装の魔術師の問いかけに、鎖を絡めた魔術師は不安げな表情を浮かべ、合流した魔術師達に一人ひとり視線を向ける。


「なら俺からも聞かせて貰いたいが、後続は貴方方だけなのだろうか。……この先にあるのは曲がりなりにも隔離区画だ。合流があると聞いて安心していたのだが――」

「は? 舐めんな役立たず」


 女魔術師がその襟首を掴み、動揺した様子で横に大きく体を揺らした鎖の魔術師の首横の壁に短いままの棒の突端をずしりとめり込ませた。ぱりぱりと棒の周りに淡い青い光が散る。


「うわ、ビビってやんの。まーろくに使いもんにならなそうなアンタと違ってさ、俺らは強いから、四人いれば十分なんだわ」


 笑い含みの声で短髪の魔術師が言い、青白磁の髪の魔術師が後を引き取った。


「群れ集まらなければ何も出来ぬ惰弱な議会派どもと一緒にされては困るな。警備機構に足して長老とやらが降りてきたところで圧倒できる自信はある。」

「……そうか。なら、いい。済まなかった。」


 ふんと鼻を鳴らし、棒を引いた女魔術師が軽やかな足取りで跳ね戻る。壁に背をついていた鎖の魔術師が体をもたげ、静かに抱えた子供を肩に戻した。


「ま、じゃ、これでアイサツってことでいいな。そいじゃそろそろ動くぜ。転移の魔術の揺れも収まる頃だからな。」


 ぐいと伸びをすると、首を謀反人たちに振り向け、先程のひやりとした空気も知らぬげに苔緑色の衣装の魔術師が快活に声を上げる。魔術師達がそれぞれ扉の中に進み出し、数人の謀反人達がぐっとたじろいだものの


「行くぞ」


 老爺コルネリオ、そしてヘルマン司祭が歩みだし、彼らも各々その後に続いた。


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