第52話 くちなし島へ 1

 書状の内容は、セルカ伯クレメンテ家と、アル・ラウア伯アレナス家、二家の視察旅行に同行するアレナス家の息女の身の回りの世話役として同じ年頃の娘であるスサーナを同行したい、というものであった。


 ――あー、なんか試験っぽい雰囲気だと思っていたんですよねー!

 スサーナは、島の子供は外で重宝される、と言う話を思い出して半眼になった。

 ――アレナス家、ってことは、マリアネラさん……の方ですね。

 彼女の恋路はふんわり気にならないでもなかったけれど、だからといって何かに伴われるほど親しくなる気などまったく無いのだった。


「お断りできるものならお断りして欲しいです!」

 反射的に叫んだスサーナに頷いた叔父さんが即刻手配した断り状が書き上がる頃に、食事を終えて居間でうろうろと待っていたとうのスサーナはなんだか不安になっていた。

 ――これ、断ったせいでなにかうちやお店に迷惑がかかる、っていうことはないですよね?

 スサーナの前世のイメージだと、貴族と言えば圧力である。ふわっふわの現代日本人のイメージするヨーロッパ貴族なので、こちらの最下級の貴族がそんなことをできる権力を持っているのか、と言われればよくわからないのだが、実際に体験して確かめたいとは思わない。


 ――ま、まあ、角の立たない断り方をしてもらえると思いますし……


 そう思ってひとまず落ち着いたスサーナだったが、「不調法でほとんど外にも出したことのない娘でして」というような概略のお断りの文面に対して「島の娘を側仕えとして旅先に伴いたいと思っていたところ、作法も申し分なく家柄も確かで十分お嬢様のお眼鏡にかなったため是非」というような返事が数時間して帰ってきた頃には、あんまり気持ちの良くない想像をだいたい網羅し終わっていた。


「うーっ、あんまり強硬に断り続けるのも角が立ちますよね……お仕事になにか迷惑がかかったら……」

「貴族といっても所詮は島の外の人間だよ。島の中に対して大したことは出来やしないし、なにかやれたところで島の商人を舐めてもらっちゃ困る。スサーナ、君は何も心配しなくていいんだよ」


 ――そんなフラグっぽいセリフ吐かれて逆に安心できる人が居たら見てみたいですよ叔父さんーーー!!!!


 結局、叔父さんにとって最高に不本意だろうことに、叔父さんのそんなセリフのせいで圧倒的な迫害フラグを感じ取ってしまったスサーナは旅行に同行を決めたのだった。


「そんな悪い人って感じもしませんでしたし、大丈夫ですよ叔父さん、おばあちゃん……侍女っていうのも将来安泰な仕事先だって聞きますし、今から色々と体験しておくのも……あ、もし何か私が失敗しておうちが連座とか言われたらちゃんと縁を切ってですね」

「スサーナ!冗談でも怒るよ!!」

「なあにお貴族様だって馬鹿なことを言ってきたらね、二度とそこのうちは島で物を買えないようになるよ! ああスサーナ、相手のお嬢さんを気に入ってっていうならいいんだけれどね、そうじゃないならお婆ちゃんいくらでもお断りするからね、ちゃんとお言い!」


 ああ、甘やかされている。

 スサーナは鼻がツーンとなるほど嬉しくて、元気に大丈夫ですよ!とお返事をした。

 旅行中だけみたいでよかった。きっとそのぐらいなら自分でもうまくやれる。

 スサーナは、うちのみんなが元気で平和なのがいちばんなのだ。



 ところで、承諾の返事を送ると決めて、スサーナはここで初めてようやく


「あぁっ、髪の毛!」


 ステロタイプ貴族嫌がらせイメージなんかより喫緊の課題があることに思い至った。


「うあー、なんか、なんか完全に抜けてました……なんでだろう……旅行に一緒に行くなら髪覆いを被りっぱなしという訳にはいかないし……付き添いになったうえで髪の毛黒いのバレたらなんかよくないですよね……家名とか……悪評とか……なんか隠して受けるなんて馬鹿にしてるみたいに思われるかも……あーでもそれで平和にお断りするという手が……」


 頭を抱えてぶつぶつ言うスサーナに、叔父さんが軽く首を振ってみせる。


「流石に調べてあると思うよ。髪が偶然黒く生まれついたというのはだいぶ前から色んな所で言い回ってる話だからね。身元を調べたと言うならすぐでてくる話だと思う」

「あ、そうか」


 流石に貴族がぜんぜん身元も調べずに侍女にしたいだなんて言うわけがないよなあ、スサーナは納得した。

 本当は混血らしい、という話にたどり着く心配をされていないのはお家の人たちはちょっと自信過剰なのではないか、という気もするけれど、外で自分のそういう噂を聞いたことはないのでなんだかんだうまく隠せているのだろう。

 正直、今ではたぶんそのことはお店の人間でもスサーナが生まれた頃から勤めている付き合いの深い人達の更に身内に近い一部しかはっきりとは知らないのではないか、という感じすらある。

 なんと言ったって、フローリカにすら知られていないのだから。



 その裏付けは次の日にすぐとれた。

 スサーナの承諾を受けてやってきた使いの者と一緒にアレナス家のタウンハウスに向かったスサーナは、応接室でマリアネラと数日ぶりに再会していた。


「スサーナさん、同行を了承してくれて嬉しいわ」


 先日よりずっとゆったりとした室内着を着て微笑むマリアネラは今日は髪も結わずに垂らしている。完全に「仲の良いお友達をお招きした」というポーズで、スサーナはちょっと戸惑った。

 長椅子を勧められて、スサーナは遠慮を示しつつ端っこにそっと腰掛けた。


「はあ、私でよろしければ……ええと、同行させていただくのは構わないんですが、私、実は生まれつきちょっと髪の色が濃くて。なにか風評などご迷惑になることがあるかもしれないんです」

「ええ、聞きましたわ。実は、それも理由なの。」

「はい?」

「レティ様が、レミヒオ……黒い髪の侍従を連れていらっしゃるの。だから、私づきのかたも黒髪にしたら揃いになるでしょう? ついてくださる方を黒髪で揃いにしたらきっと素敵だと思ったのだけれど、だからといって漂泊民を使うわけにもいきませんでしょう? でも、髪の色が濃いだけの方なら見た目も揃えられますし、安全ですわ。それにスサーナさんでしたらお茶会に来ていただいたときに素敵な方だってわかっていますし、家柄も安心ですもの。」

「ええっと、差し出がましいですけれど、旅行に行った先の方がその、漂泊民と見分けがつくかどうか……」

「大丈夫よ。今度行く島は、うちとセルカ伯様で今度からお預かりするところですの。悪く扱えるはずがありませんわ。だからスサーナさん、安心なさってね。」


 控えた侍従がそっと注釈するのを聞くところによると、これまで直轄地だった扱いの場所を代官として預かる、ということらしい。

 統治者が連れている相手がどんな属性であれ文句はいえまい、ということか。

 うわーっきぞくかんかっくうー!と内心突っ込みつつ、スサーナはふんわりした違和感を抱いていた。


 レティがをしている侍従に見た目を揃えるのに異性の相手を使うのは悪手ではないのだろうか。

 好きな相手とワンセットに見えるような組み合わせを作成してしまう行為は恋する乙女相手には禁忌のような気がする。女子の友情に亀裂が入ってしまう案件に思えるのだ。

 ――もしかして、人間関係的なサムシングなんでしょうか、これ。

 そう思ってみると、妙に仲がいい友達を招いているめいたアピールといい、家の大人の人に対してスサーナを連れて行くことに文句を言わせないような仕込みのような気もして、なんとなく嫌な感覚を覚えつつ、スサーナはいやいや、と否定した。

 ――日本人女子とはそれは感覚が違うかも知れませんしね、そういうことについて先入観は良くないですよね……。


「それじゃあ、よろしくおねがいしますわね。それでね、一体何をしていただくかってお話をこれからしますわね。ああ、楽しみですわ。」

「エエ、ホントウニー。」


 スサーナはでは細々とした相談をいたしましょう、とはしゃぐマリアネラに平坦に同意してみせた。



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