日露戦争の苦戦の原因

 戦時兵力を平時から維持しておける予算と国力など今の日本にはない。

 削減は絶対不可欠だった。


「また兵力が足りなかったと言いますが、現実には反しています。総兵力はロシアに劣っていますが、極東の兵力に関しては決して日本は負けていません」


 実際、開戦時の極東のロシア軍は二〇万。

 日本陸軍の総兵力は三〇万。

 日本軍の方が勝っていた。

 開戦を決定した日本軍は、ロシア軍が動く前に迅速に動き、開戦と同時にロシア軍が出てくる前に朝鮮半島へ上陸して不意打ちを行う事が出来て確保出来た。

 お陰で多半島確保という目的は達成できた。



「だが、今回の戦いの初期に劣勢となったのは事実だろう」


 しかし、初頭の戦いで日本軍が各所で劣勢になったのも事実だ。

「そのために戦争中ロシア軍に対して劣勢の兵力で戦った」


 ロシア軍の急速な増強もあり、南山の戦い以降、日本軍は終始、兵力劣勢で戦う事となり、苦戦を強いられた。

 鯉之助の作戦や新兵器の投入で何とか勝ったが、下手をすれば負けていた。


「このような苦戦を避ける為にも、大陸に部隊を置くべきです」


 陸軍の言うことにも一理あったが、鯉之助は同意しなかった。


「緒戦の苦戦の原因は海上輸送能力の欠如です」


 陸軍が日露戦争初期において兵力の逐次投入となったのは島国のために部隊を船で輸送する必要があったからだ。

 だが、その船舶量が足りなかった。全軍を運べるだけの船など保有できない。

 日本国内の船を徴用し、外国船をチャーターしても一度に運び込める部隊規模が一個軍十万のみだ。

 そのため、日本は国内で編成した軍を船に乗せ順繰りに送り出す結果となった。

 朝鮮半島確保の為に戦争をしたため、真っ先に朝鮮半島各所に日本軍を上陸させた事も満州にいたロシア軍の各個撃破を後回しすることとなった。

 ようやく朝鮮半島を制圧した時――鯉之助の様々な手段により史実より早かったが、ロシア軍は半島から満州への入り口に兵力を展開させるのに十分な時間を与えて仕舞った。

 以後、ロシア軍の守る満州へ日本軍は攻め入り、苦戦する事となった。


「ならば当初から満州と朝鮮半島に大部隊を置いておけば良い」


 船舶輸送が問題なら、最初から大部隊を朝鮮半島、今回得られた満州と沿海州に置いときたいと考えるのは当然だ。

 だがそんな事は不可能だ。


「それだけの予算が何処にあるのですか?」


 鯉之助に詰め寄られて陸軍は言葉につまった。

 貧乏国日本に、そんな予算はない。


「外債ですか? 戦費で既に一杯です」


 与信枠が、残高のなくなったカードのような状況に日本は陥っている。

 復興ならともかく、何ら生産しない軍隊のために投資しようと考える人間などいないだろう。


「増税ですか、戦時に限界までおこなっています」


 外国から借りるのが足りないので、国内で増税をおこなった。

 外債の返済のために、暫くは続けなければならない。

 いや、国民の生活が苦しすぎるので減税も考えなければならない。

 そんな火の車の状況で、軍事費を拡大できる余裕などありはしない。


「兵力増強など出来ません」


 鯉之助は、断言した。

 兵力を増やす、まして大陸に置くことは間違っている。

 いや、もとより、ロシア軍、のちのソ連軍に兵力で勝ろうというのが間違いなのだ。

 日露戦争から太平洋戦争終戦に至るまで在満兵力がロシア、そしてソ連極東軍に勝ったことなど一度も無い。

 配備したら国庫が破綻していただろう。

 この点は褒められるべきだが、大量の兵力を置くのは許す訳にはいかない。

 金がないからだ。

 そもそも、満州は日本の外だ。

 シベリアは侵略、併合したとはいえロシアの物であり、一応本国なので軍隊の配置は容易だ。

 元から条件が違いすぎて、日本が満州に軍隊を置くのは不利なのだ。

 だから大陸駐留案を二度と主張できないように鯉之助は更に追い打ちを陸軍に掛ける。


「大陸に部隊を置いておく場合、大量の維持費が掛かります。そのための維持費は国民の血税から払われます。しかしその維持費は日本ではなく、駐留する満州や朝鮮に流れます」

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