第七部 沙河の会戦

会戦の後は次の会戦の準備

「遼陽の会戦には何とか勝てたな」


 会戦の詳細な報告、損害や鹵獲品などの纏めを受けた鯉之助は安堵した。

 損害は日本軍は一割程度の一万人以下でロシア軍が二割近い三万。

 史実なら日本軍は二万人以上、ロシア軍は一万八〇〇〇と損害だけを見たらロシア軍の方が勝っている。

 ロシア軍が退却しなければ、勝てなかった。

 損害が日本軍の方が大きいのはロシア軍の強固な陣地に突撃したためと、相手に損害を与えられる追撃戦で余力が無くなったからだ。

 今回の戦いでは第八師団が側背への機動を行いロシア軍に早期退却を強いた上に、退路である鉄道を一部遮断できたからだ。


「決定的にはならなかったか」


 クロパトキンが退却戦術、できる限り後退してヨーロッパからの増援が得られるまで時間を稼ぐ。同時に日本をハルピンまで引きずり込んで、決戦に持ち込むと言うことを知識チートで知っている。

 それを阻止するために鯉之助は出来る限りの作戦を立てていた。

 日本の勝利に終わった日露戦争だが、六分四分の辛勝であり、判定勝ちに近い。

 海はともかく陸戦はあと一回会戦があったら大潰走に陥っても不思議ではなかった。

 博打に近い戦いなど鯉之助はやりたくなかった。

 これまで様々なチートを使って日本を増強してきたのはそのためだ。


「出来ればここですべてを決めたかったんだが」


 遼陽でロシア軍の主力を完全に包囲殲滅、あるいは半数を打ち破って戦闘不能にしてそのまま講和に持ち込めればと思っていた。

 だが、退却将軍という異名を与えられたクロパトキンだ。

 確かに退却ばかりだが、軍を崩壊させていない。

 少なくとも三割以上の損害を受けたら軍は壊滅すると言われているが、そのような損害を受ける前に退却し継戦能力を維持している。


「下手したらパルピンまで引き込まれるな」


 鯉之助は焦燥に駆られる。


「まあ、合格点ぐらいにはなるな」


 遼陽の戦いで、後方に回り込んだ第八師団が部分的に鉄道遮断に成功した。

 このためクロパトキンは鉄道が使えず重装備や膨大な軍需品を遼陽に置いて退却することとなった。

 それら膨大な軍需品は、日本軍の戦力増強に役立つ。


「とはいえ、しばらくは動けないな」


 損害が一割以下とはいえ、一個師団に近い、戦力を失っていた。

 その補充と再編成に時間が掛かるはずだ。

 軍事改革により現役と予備役の数が増えており豊富な予備戦力があるが、それが戦列に加えるには時間が掛かる。

 招集させてから武装させ再訓練して再編成して戦場へ送る方法は確立されているが、訓練をたたき込んだ予備役兵でも銃の扱いを思い出させるのに時間が必要だ。まして小隊や中隊としての動きを教え込むには数回の演習が必要だ。

 そのため補充には時間が掛かる。

 また遼陽を占領したために補給線が北に延びていることも問題でしばらくは補給線の整備に時間がかけれるだろう。


「それはロシアも同じ」


 シベリア鉄道を使って増強を続けるはずだ。

 遼陽での敗北もあり、ロシアの威信のためにも、小国である日本に負けっぱなしでは無い事を証明しようと戦いを挑んでくる事は十分に想定される。


「やはり沙河の戦いか」


 遼陽の戦いの後、両方北方で対峙したロシア軍が仕掛けてきた戦いだ。


「講和交渉に失敗したからな」


 遼陽の戦いの勝利で日本はロシアとの講和を模索していた。

 親戚筋であるイギリス、ロシアの同盟国であるフランス、中立のアメリカとできる限りの相手を見つけて交渉を図っていた。

 しかし、ロシア側は拒否。

 開戦時の奇襲でまだ立ち直っていないのと、兵力の増強がまだだからだ。

 俺はまだ本気を出していないと言いたいのだろう。

 何より小国の日本に負けたままでは大国ロシアの面子が、少数民族を押さえ込んでいる専制政治のロシア帝国は維持できないのだろう。

 だからこそ勝利が必要だった。


「いずれにしても戦いは避けられないか。それには、一つやらなければならない事があるな」


 鯉之助は決意すると、東京に向かうべく飛行船に向かった。

 戦地偵察の為に投入しているが、元は大陸との交通をよくするために開発している。

 船よりも速く移動出来るので時間短縮になるはずだ。

 初期型は強風で流されたが、出力をアップした新型があり、漂流することなく東京へ迎えるはずだ。

 飛行船に乗船すると鯉之助は東京へ向かった。

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