継戦か講和か

 八月に行われた第二回旅順総攻撃こそ失敗したモノの遼陽会戦の勝利により、日本軍はロシア軍を北へ追い返すことに成功した。

 しかし、開戦から半年以上経って問題が出てきた。


「我々は危機に直面しております」


 御前会議の席上で桂太郎は、危機感をあらわにして伝えた。


「予想以上に戦闘が長期におよび、戦費も想定より膨らんでおります」


 国家予算四億のところ、年間予算に匹敵する額が戦争に投じられ、日本は財政危機に陥っていた。


「すぐにでも戦争を止めるべきです」


 幕末の動乱を経て、群雄割拠する世界を相手にしている明治日本の首脳部では健全な精神が宿っており、いたずらに戦争をする事の愚かさを理解していた。


「我が軍は勝利を収めたが」


 参謀総長である山縣有朋が反発した。

 元々、桂は山縣の子分であり、陸軍出身だ。

 勝利を収めてなお弱気なことに苛立っていた。


「しかし、武器食料を調達する資金の確保が困難になりつつあります」


 幾ら勝利出来ても、その後でも戦えるようにするには武器弾薬食料を供給する必要がある。

 その予算が足りなくなりつつあった。

 一部の支払いを国債で行っているが、足りない。

 また、外国からの輸入は外貨が必要であり、足りなくなりつつある。


「戦う事は出来ますが予算がありません。何とか講和を」


「ロシアの方はなんと言っている?」


 山縣は不承不承ながら現状を認めて尋ねた。

 しかし、日本軍が勝利を収めた後であり、日本に有利な条件で講和したい。

 少なくとも満州を手に入れる位の事はしたい。

 そうでなければ、この戦争を起こした意味が、いや、三国干渉以来、常にロシアの圧力に屈し続け、臥薪嘗胆で戦力を作り上げた日本の面目が立たないし努力が水の泡だ。


「講和交渉を行っていますが、ロシア側は拒絶しております」


 外務大臣の小村寿太郎が答えた。

 開戦してから講和を模索し、各ルート――諸外国の在外公館を通じてロシア側とコンタクトを取ったり、列強各国に講和の仲介を求めていた。

 しかし大国意識の大きいロシアは日本に対する工廠を一切拒絶していた。

 遼陽会戦での勝利も効果は無かった。

 むしろ、負けたままで講和出来ないとより態度を硬化して、交渉を完全に拒否していた。


「ロシアは負けてはいない。遼陽の戦いは、ロシア軍の戦略的撤退である。いずれ大軍を送り込み日本軍を撃破する。またバルチック艦隊の回航準備も進んでおり、日本の本土を焼き尽くすであろう」


 ロシア政府はこのような声明を発表しており、日本との戦争継続を望んでいた。

 これでは講和の見込みはなかった。


「この上は、講和が叶うまで戦うしかない」


 枢密院議長伊藤博文が苦渋の思いで言った。

 天皇の諮問に応じる枢密顧問を纏める役職を務めているだけに日本の内外について情報を得ている。

 また明治維新の功労者の一人として、長く日本の中枢にいる博文には、継戦以外の方法がないことを、ロシアが講和の席に着かなければ、戦争が終わらないことを理解していた。

 日本が武器を置いたら、ロシア軍は大挙して南下し、満州どころか朝鮮半島も完全に占領するだろう。

 そうなれば日本の存続は危ういと考えていた。


「それでは継戦で」


「それは構わんが、それだけでええのか?」


 のんきな声が会議室に響いたが咎める声はなかった。


「戦争をしていて、色々と問題は出ていると思うんじゃが」


 海援隊司令官にして海龍商会総帥として御前会議に参加している坂本龍馬だからだ。

 名目上は明治政府の下にある海龍商会だが、樺太とアラスカを領有し、ハワイやフィリピンとも独自のパイプを持っている。

 日本各地にも流通網があり、その資産規模、生産規模は日本国の半分とも言われている。

 日露戦争にも、義勇艦隊をはじめ、多くの戦力を送り込んでおり、海援隊がなければ日本は戦争など出来ないと言っても過言ではなかった。


「問題とは?」


 海援隊の存在と重要性を首相として理解している桂が慎重に尋ねた。

 龍馬は、静かに言った。


「陸海軍の統一指揮問題じゃ」

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