陸海軍の齟齬
大日本帝国には陸軍と海軍二つの軍隊がある。
陸軍は陸上で、海軍は海上で戦う。
これは十九世紀の各国の軍隊では常識であり、開国後、列強の軍事技術を貪欲に吸収し実行してきた日本が採用したのも当然だった。
「現在の指揮に問題は無いと思いますが」
かつて陸軍軍人として第三師団を率いて日清戦争を戦った桂は言った。
「いや、問題は大いにある。二つの軍が一つの戦場で戦っては指揮系統が二つになり混乱を生じる。朝鮮半島や旅順で問題になっておると思うが」
龍馬の言葉に桂は黙り込んだ。
実際に開戦初期に問題が発生していたからだ。
かつてならば、海軍は海戦のみ、陸軍は陸戦のみで、互いに縄張りが違った。
だが、日本の場合、島国故に海を渡らなければ陸軍を大陸へ運べない。
その時、陸軍は海軍の協力が必要である。輸送中に敵に襲撃されたらひとたまりもないからだ。
海外からの侵略を防止するために明治政府が建てられた事もあり、初期には海軍に重きを置かれ公文書でも陸海軍ではなく海陸軍と表記されていた時代はあった。
だが開国して間もない時は治安維持が必要で特にかつては武力を担った士族の反乱を鎮圧するのに陸上戦力の整備が重要となり陸海軍に改まり、海軍は陸軍の部隊を輸送する役目に限定された。
それは時代が経ても変わらず、財政問題もあって金の掛かる海軍の整備は遅れ、同時に海軍の地位も低いままだった。
日清戦争後は強大な陸軍国であるロシアを撃退するには強力な陸軍が必要であり、陸軍重視、陸軍の下に海軍が置かれる状況が続いた。
それでもロシア軍の強力な艦隊に対抗するために海軍の整備が行われ、陸海軍並立の状況となった。
ようやく対等な立場を得た海軍だったが、国家レベルでは戦争遂行上大きな問題を含むことになった。
「陸軍と海軍の協調が上手くいっていない」
海軍と陸軍は独立した軍のため、一方の指揮下に入ることを良しとしていない。
今のところ両軍の上層部に明治の元勲、新を戦い抜いた同志達がいて、彼らが連絡役となり連携は取れている。
だが、命じも三〇年を過ぎて、そのような人材はなくなり、陸海軍がそれぞれ兵学校あるいは士官学校で育成した若手士官が実務を担当するようになっている。
彼らが相手の軍の事に無理解だったりそもそも伝がないため、連携が困難になっていた。
「朝鮮半島の確保に成功しましたが」
「それは事前準備が出来ていたからじゃろう」
開戦と同時に朝鮮を奇襲占領出来たのは開戦前に陸海軍が綿密な協議を行っていたからだ。
開戦、宣戦布告という国家の権限の範疇にある事項もあり、政府が積極的に関与したため、自然と陸海軍は連携して開戦し、緒戦の勝利を収めた。
だが、戦争が進むにつれて齟齬が生まれ始める。
最初は、対馬海峡の連絡路だ。
制海権の確保は海軍の役割だったが、旅順艦隊を相手にしていたのと、海上輸送護衛について無知だったため、ウラジオストック艦隊に襲撃され常陸丸などを撃沈されることとなり、陸軍の補給や補充に支障が出た。
「旅順でも上手く調整出来なかったようじゃのう」
一番の問題は第一回の旅順総攻撃だった。
緒戦での旅順艦隊撃滅に失敗し、海上からの攻略が出来なかった連合艦隊は、陸軍に旅順攻略を要請した。
しかし、満州決戦を考えていた陸軍にそのような余裕はなかった。
だが、海軍から海上輸送路の確保と言われたら仕方ない。
また海軍も、ただひたすら「早期に旅順を落とせ」としか言わなかったため、その目的が旅順艦隊の撃滅ということを陸軍に伝えず、陸軍も理解しなかった。
かくして準備不足のまま第三軍による総攻撃が行われ、大きな損害が出ることになった。
この状況を龍馬は危険だと考えていた。
「指揮系統を統一する必要がある」
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