陸海軍並立の問題点

「陸海軍が勝手に戦争を行ってはおりません。陛下の指揮下で戦っています」


 伊藤は恐る恐る龍馬に言った。

 統帥権――軍隊の指揮権は天皇の大権に属する事柄であり発言は慎重だった。

 だが龍馬は、おかまいなしだった。


「色々と問題が出ておるじゃろうが」

「確かにありましたが、開戦から半年しが達、問題も現場の努力で解消を」

「そうなっておらん。おい、鯉之助、説明せい」


 部屋の外で待機していた鯉之助が呼ばれた。


「では、説明させていただきます」


 鯉之助は用意した資料を広げ話し始めた。

 旅順戦における指揮系統の混乱、第三軍と連合艦隊が同格のため、意見対立が起こりやすい。

 第三軍乃木希典司令官と連合艦隊東郷平八郎司令長官の場合は互いに人格者であり、齟齬はない。

 だが、参謀や現地指揮官の間では対立、特に権限の範囲、分担、物資の分配、鉄道の使用、輸送などで日常的に対立が起きている。

 その都度調整が必要であり、本来の作戦指導に支障を来していて、共同作戦など無理に近い。

 そして旅順戦に対する意思統一が難しい状況である。

 黄海海戦により、ロシア艦隊の大半を撃滅したが未だに有力な艦艇が残っており、全滅させる必要がある。

 特に潜水艇は脅威であり、先日も大連へ向かっていた船団の一隻が魚雷攻撃により撃沈された例があるし、駆逐艦及び水雷艇による機雷敷設も行われている。

 補給路確保の為にも旅順の早期攻略、海軍拠点の奪取は必要である。

 根本的には、船団のスケジュール、陸軍の部隊輸送計画と海軍の護衛戦力提供の調整が出来ていない。

 海軍の艦艇を待てない陸軍船舶が勝手に出航し、ロシアの巡洋艦に撃破される事件が発生している。


「これらを解決するために一刻も早い指揮系統の統一が必要です」


 鯉之助は静かに一礼して説明を終えた。

 だが、心の中には不満が残った。 

 確かに問題があると思い、実用化された飛行船を使って、旅順から釜山、福岡、大阪を経由し東京まで最短時間で移動して龍馬に問題点を伝え改善するように求めた。

 しかし、直後に首根っこ引っ掴まれて御前会議で説明させられるとは思わなかった。

 資料は用意していたが、それを明治政府首脳の前で、明治天皇の前で発表するなど想定外であり、滅茶苦茶緊張した。

 無事に終えたが、龍馬に対する怒りで一杯だった。

 しかも得意絶頂に話す龍馬の姿が、更に火に油を注ぐ。


「以上の様に問題は多々あるんじゃ.指揮系統を統一する必要がある」

「陸海軍は陛下の軍です。陛下の元、一丸となって戦っています。それに大本営があります。問題ないのでは?」


 だが伊藤はまだかたくなに拒んだ。


「確かに、法律上はそうじゃろう。陸海軍は陛下の命令があればすぐに部隊も船も動かす」

「ならば必要ないのでは」

「じゃが、それにはこの御前会議もしくは大本営で決める必要があるじゃろう。現場ですぐに行うというわけにはいかんじゃろう」


 龍馬の言葉に伊藤は黙り込んだ。

 陸海軍は天皇の下の独立した軍。そのため、連絡役も調整役もいない。

 どんなレベルのことであれ上、天皇か御前会議の決定を経て、動く必要がある。

 予め権限を委任させておくこともあるが、状況が変化し、新たな権限が必要になったときどうしてもタイムロスが出来る。


「それでは戦機を勝利を手放す。勝利を手にするには手早いことが必要じゃ」


 龍馬の話は出席者の心にグサリと刺さった。

 死闘を繰り広げた幕末と維新では即決即断が必要だった。

 会議や上野藩士を聞いていては勝機を逸する。

 だからこそ、彼らは下級武士達は、独自に行動を、時に脱藩し志士として各地を駆け回り日本を守ろうとした。

 それを、自分たちが再び、かつての徳川や大名と同じ事を行おうとしている。

 修正しなければ、ならないと感じていた。


「ですが軍の指揮権は陛下にあります」


 だが憲法上統帥権は天皇の元にあり、改正するには時間が必要だった。


「それなら新組織、仮に統帥本部とでもしておくか、陸海軍の上に立つ組織を作り、陛下から指揮権を借りている形にすれば良いじゃろう。これならば、陛下の統帥権を侵す事はあるまい」

「しかし」


 龍馬の言葉に伊藤いや参加者全員が視線を巡り合わせた。

 龍馬の言うことは確かにもっともだ。

 だが、もし新組織、統帥本部のトップに誰がなるのか。

 海軍だと陸軍を軽く見るし、陸軍は海軍を下に見る。

 両軍の反発は大きくなるだろう。

 だが、龍馬のひと言が目の色を変えた。


「統帥本部へは海援隊の部隊も指揮下に入れる」

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