遼東半島沖海戦

「幸せは長く続かないらしいな」


 皇海の艦橋に立った鯉之助は呟いた。

 開戦劈頭にロシア太平洋艦隊を抑え込んでいたと思った鯉之助だが、その考えは甘かった。

 確かに開戦劈頭で戦艦一隻撃沈、巡洋艦三隻撃沈、その他多数撃破の戦果は大したものだ。

 更にそのあとの砲撃戦で巡洋艦一隻と駆逐艦を追加している。

 だが、損傷しつつも残存艦艇が旅順には多くいる。生き残った艦艇は旅順内港に逃げ込んでしまった。

 二つの半島に囲まれた内港は、海上からは見えずロシア艦隊の状況が分からない。

 しかも奇襲攻撃の責任をとらされてロシア海軍太平洋艦隊司令長官オスカル・スタルクが解任されステパン・マカロフが新司令長官に任命された。

 勇敢で攻撃精神に富み、世界的な海軍戦術論者として有名であり、著書である『海軍戦術論』は世界各国で翻訳されており帝国海軍でも必読書とされているほどだ。

 鯉之助も著書は読んでおり強敵だという事は分かる。

 実際に、手痛い反撃を受けている。

 開戦以降、連合艦隊は度々旅順港へ砲撃を加えていた。

 二つの半島により旅順港は見えないが、海戦前からの諜報活動により主要施設、ドック、海軍工廠、貯炭庫、操車場の位置は判明しており、そこへ間接砲撃を行っていた。

 陸上砲台があるため、容易に近づけていないが、砲台も自分たちの方の射程外から砲撃してくる最新鋭戦艦皇海の攻撃を恐れて散発的だ。

 発砲すれば直ぐさま皇海の一二インチ連装砲四基が反撃する。

 しかし、マカロフはくじけなかった。

 修理中の艦艇でも砲撃は可能だと判明すると陸上に観測所を開設。

 射程内に入ってきた連合艦隊の艦艇を迎撃してきた。

 しかも損傷した艦艇に止めを刺すべく内港から行動可能な巡洋艦及び駆逐艦、水雷艇を放ってくる始末。

 迎撃の激しさに連合艦隊も危機感を抱いていた。

 今は要塞から激しく反撃しているが、いずれ出撃してくるのではないか、と。

 その不安は現実となった。

 朝鮮半島を制圧した日本軍だったが、その情報は当然ロシア側にも伝わった。

 日本軍は朝鮮半島北部を確保するため、平壌近くの鎮南浦に上陸するとマカロフは睨んでいた。

 鯉之助の作戦により鉄道が朝鮮半島に敷かれていたが、輸送効率は鉄道より船の方が良いし、機関車などの車両も限られている。

 大量の物資を輸送するには戦場となる場所の近くまで船で輸送するのが合理的だ。

 マカロフの判断は正しく、日本軍は半島の付け根に近い鎮南浦への上陸計画を立てていた。

 二月の早い時期であり鎮南浦は結氷していたが、海援隊が砕氷船――樺太南部の港、大泊への航路確保のため多数の砕氷船を海龍商会は保有している。

 その中の数隻をこの戦争に従軍させており、一隻を鎮南浦へ派遣し海岸までの航路を確保。

 第一軍の早期上陸を実現していた。

 しかし、ロシア軍には不利な要素だ。

 戦争を有利にするべくマカロフは、鎮南浦に現れるであろう日本軍船団を襲撃する作戦を立て実行した。

 旅順に残っていた巡洋艦パラーダとボガツイリに駆逐艦八隻を従えさせ、向かわせた。

 旅順を警戒し通報艦を貼り付けていた連合艦隊は通報を受けて迎撃に向かった。

 しかし、第二報で主力の戦艦部隊も出撃してきたため、東郷長官率いる第一艦隊は旅順へ向かわざるを得なかった。

 そのため出撃したロシア巡洋艦隊の攻撃には鯉之助が率いる第一義勇艦隊に迎撃命令が下された。

 鯉之助は、皇海と白根を率いて出撃していった。

 だが、当初は旅順に現れたロシア太平洋艦隊主力迎撃へ向かう途中だったため、ロシア巡洋艦隊とは針路がズレており、追跡に時間が掛かった。


「第一一駆逐隊と第一二駆逐隊に横列を敷いて先に行くように命じろ!」


 ロシアの巡洋艦は二〇ノットは出せるし、駆逐艦も二七ノットは出せる。

 皇海も全速ならば二三ノットは出せるが、追いつけるか微妙だ。

 敵の位置も分からない状況ならば駆逐隊を先行させて索敵させた方が良い。

 八隻の駆逐隊は命令に従い、速力を上げて進んでいった。

 さすがに三〇ノット以上の速力を出せる駆逐艦は速い。

 それに綾波型駆逐艦は一〇〇〇トンの巨体のため、海が荒れていても高速で航行出来る。

 八隻はすぐさま、横一列になりロシア巡洋艦隊を探し始めた。


「綾波が敵艦隊を発見しました」

「よし」


 数時間後、発見の報告を聞いて鯉之助は喜んだ。

 思ったよりも旅順寄りで見つけられた。


「あ、そうか、ロシアの駆逐艦は小型なんだ」


 せいぜい二五〇トンから三五〇トン程度の水雷艇のような小型艦で、綾波型の三分の一か四分の一程度しかない。

 穏やかな海なら、高速を発揮できるだろうが、荒れていては小さな船体が翻弄され速力を出せない。


「両駆逐隊とも攻撃に移ります!」


 見張り員の言うとおり、二つの駆逐隊は攻撃に入った。

 しかし、攻撃目標はそれぞれ別々だった。

 第一一駆逐隊はロシア駆逐艦を、第一二駆逐隊は巡洋艦を狙っていた。


「二人とも性格が出ているな」


 目的のために行動する綾波艦長は、数の多い駆逐艦が脅威と判断して狙い、式波艦長は大物狙いで巡洋艦を狙っていた。

 そして戦い方も対照的だった。

 駆逐隊を攻撃する綾波率いる第一一駆逐隊は、安定した船体を生かして波に翻弄される駆逐艦を狙撃するように砲撃していった。

 対して巡洋艦を攻撃する第一二駆逐隊は、巡洋艦からの砲撃をものともせず、速力と旋回性能を生かして接近していき、至近距離から魚雷を放った。

 先頭を走るパラーダのみに命中したが、魚雷を受けたパラーダは急速に傾斜して沈没した。

 運良く魚雷を躱したボガツイリは離脱しようとした。


「砲撃開始」


 だが、追いついてきた皇海と白根の砲撃により、多数の命中弾を受けて、沈没した。


「残りの駆逐艦は?」

「第一一駆逐隊と第一二駆逐隊が追いかけています」


 二つの駆逐隊、八隻に追われたロシア駆逐艦は蜘蛛の子を散らすように逃げまどっていた。

 さすがに二五〇トン程度の駆逐艦を皇海の主砲で狙うのは効率が悪いので駆逐隊に任せる事にした。

 結果的に、二隻ほど取り逃がしたが、残りを沈めたお陰で、船団への攻撃を防ぐことが出来た。

 しかし、この戦いが思わぬ影響をもたらす。

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