旅順閉塞作戦計画

「閉塞作戦か」


 先の戦いの後、鯉之助は秋山とその連れを皇海に受け入れた。

 戦況報告と今後の作戦の打ち合わせのためだが、そこで連合艦隊の今後の作戦計画について話している時、閉塞作戦が立案された。


「先日の敵艦隊出撃で、旅順艦隊の脅威が再認識されました」


 巡洋艦二隻を主力とする艦隊が朝鮮半島へ上陸する陸軍輸送船団襲撃に向けて出撃したが、皇海をはじめとする海援隊の義勇艦隊のお陰で阻む事が出来た。

 しかし、万が一、捕捉に失敗し船団への攻撃を許していたら、船団に乗っていた陸軍部隊は大損害を受け、今後の戦争計画に大きな支障をもたらす。

 そのことが改めて連合艦隊司令部で認識され、旅順艦隊を完全に封じる必要があり、とされた。

 そのため、戦前から海軍で練られていた作戦が実行されることとなった。


「だからといって閉塞作戦は危険だ」


 鯉之助は危惧の声を上げた。

 旅順は二つの半島によって囲まれた内港と外側の外港に別れている。

 半島には砲台がある上に、視界を遮る衝立となっており旅順内港の様子が見えない。

 開戦初頭の奇襲作戦で損傷を受けて以降、ロシア太平洋艦隊こと旅順艦隊は内港に引き下がり、その様子は分からない。

 損傷を与えていることは確かだが、外港から内港へ移動したことからも、復旧可能とみられており、再び外洋に出ないように監視しなければならない。

 何より重要なのはバルト海のバルチック艦隊がやって来るまでに旅順艦隊を仕留める必要が連合艦隊にはあるということだ。

 バルチック艦隊の規模は旅順艦隊の規模とほぼ同じ、と考えられており二つの艦隊が合わされば、連合艦隊の倍以上の戦力を有することになる。

 バルチック艦隊が来航するまでに旅順艦隊を撃滅しなければ、連合艦隊は負けてしまう。

 海援隊の援助によるなりふり構わない海軍への戦力増強が行われているが、敵戦力が無くなる、無力化出来るに越したことは無い。

 そこで旅順艦隊を封じる方法として浮かび上がったのが閉塞作戦だ。

 旅順港の内港と外港を結ぶ水路は幅が三〇〇メートル以下。

 艦船が航行可能な航路帯はさらに狭く幅が九一メートルしかない。

 しかも干潮時には水深が五メートルから一〇メートルしかなく、吃水が八メートルもあるロシアの戦艦ペトロハプロフスクなどの大型艦は航行に制約を受けている程だ。

 その狭い水路に一隻でも船が沈んだらどうなるだろうか。

 沈んだ船が邪魔で航路は通行不能となり内港に留め置かれることになる。

 このように自国あるいは他国の港湾の水路において船の航行を妨害する目的で自沈させる船舶を閉塞船とよび、その作戦を閉塞作戦と呼ぶ。

 現代でも有効な作戦で第二次中東戦争時のエジプトのスエズ運河閉塞作戦、二一世紀でもクリミア紛争でウクライナの軍港の入り口にロシア海軍が巡洋艦を自沈させてウクライナ海軍主力を無力化し捕獲した作戦は有名だ。


「だが既に開戦して警戒が厳重になっている。接近するのは困難だぞ」


 戦争が始まったので敵も警戒しており成功させるのは至難の業だ。

 特に旅順の場合は、砲台に射程内に入る必要があり、突入した閉塞船は猛烈な射撃を受けることが予想された。


「お言葉ですが長官」


 海軍士官服を着た厳つい大男が口を開いた。


「前例はあります。米西戦争のサンチャゴ・デ・キューバの海戦において米海軍がホブソン工兵中尉指揮の下、メリマックを使い湾口を塞ごうとしました」

「知っている。僕も真之と観戦したんだからな」


 鯉之助は呆れた口調で答え真之は苦笑いした。

 六年前の一八九八年に起きた米西戦争で丁度、ヨーロッパにいた鯉之助は直ちに大西洋横断客船に乗り、アメリカの日本大使館へ。そこで観戦武官として従軍準備中だった秋山真之の元へ押しかけ無理矢理輸送船セグランサに乗り込み他国の観戦武官とマスコミ関係者と共に従軍した。

 その際に、サンチャゴ・デ・キューバの戦役を見て封鎖作戦を学んだ。

 奇しくもサンチャゴ・デ・キューバの戦いは旅順戦に似たところがあり現在大いに参考になっている。


「艦隊を無力化するには陸軍による攻略が必要だ。封鎖だけでは何年かかっても降伏しない」


 実際、封鎖作戦は敵艦隊を押さえ込めるが、撃滅する事は出来ない。修理能力のある工廠を持っている場合は特に困難で、損傷を直してしまうからだ。

 事実、ナポレオン戦争でイギリスはフランス海軍を封じるため封鎖作戦を行ったが、フランスは降伏していない。

 イギリスの封鎖艦隊が二十ヶ月以上も錨を降ろさずにブレストを監視していたにもかかわらずだ。

 サンチャゴ・デ・クーバも艦隊が撃滅できたのは、スペイン軍が無茶な命令で出撃したからに過ぎない。

 陸軍によって要塞を攻略して、止めを刺すか、港外へ叩き出す以外に方法は無い。


「ですが長官。バルチック艦隊の来航までに旅順艦隊を無力化しませんと。このまま旅順に貼り付けられていては、連合艦隊は鎖に繋がれたままです」


 少佐の言っている事は正しかった。

 旅順艦隊の戦力は連合艦隊に匹敵するので監視と万が一の脱出の際、止めを刺すために常時待機している必要がある。

 この状態でバルチック艦隊が来航したら、連合艦隊は挟み撃ちを受ける危険も出てくる。

 旅順艦隊だけでも脱出出来ないように閉塞作戦を行う価値はあった。


「確かにそうだ。あと、その長官というのは止めてくれ広瀬」


 友人のかしこまった口調にウンザリした鯉之助は広瀬武夫海軍少佐に言った。

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