皇海参戦とその理由
「初弾命中! よくやった金田大尉!」
露天艦橋からグロムボイに命中弾を得たことを鯉之助は喜んだ。
「距離二万メートルで発砲させるとは」
参謀長の沙織が呆れるように言う。
日露戦争当時の通常砲戦距離は一万メートル以下。
二万メートルで砲撃するなど想定していない。
「計画して良かっただろう」
だが、鯉之助は皇海建造の時、想定砲戦距離を二万メートルにした。
四〇年後の太平洋戦争では二万メートルでの砲戦など当たり前になるからだ。
日露戦争時の技術でも――主砲の仰角増大、射撃指揮装置の開発と高所に搭載で十分に達成可能と判断したからだ。
それでも強い反対がいて沙織はその中でも筆頭だった。
結局、鯉之助の強い主張――泣き落としで説得し、賛成派に転換させ、実行させ皇海は完成した。
今回の初弾命中は鯉之助の正しさを証明するものだった。
「海戦にも、どうにか間に合ったようだ」
「かなり無茶をしましたけど」
黄海海戦の後、皇海はすぐに円島へ帰還。
燃料弾薬を補給するとすぐさま出撃し蔚山へ向かった。
ウラジオストック艦隊が出てくると鯉之助が予測、いや知っていたからだ。
途中、釜山沖で鎮海湾から出てきたタンカーと合流し洋上補給を行い、燃料を満タンにすると第二艦隊まで最大戦速で追いついた。
「だが間に合っただろう。燃料を重油にして良かっただろう」
「認めるわ」
うんざりした口調で沙織は言った。
当時の燃料は石炭であり、石油は珍しかった。
石炭が採用されていたのは自国で産出する国が多い(フランスを除く)からだ。
一方石油は石炭に比べ産出する地域が中東や中南米、蘭印などに限られている。
イギリスが石油への転換が遅れたのも、海外から輸入しなければならない石油より自国で産出する石炭の方が手に入りやすい。特にウェールズ産は世界最高品質とされ、世界中から買い求められている程、カロリーが高く灰が少ない上に煙も出にくく、世界中の海軍で戦闘用の石炭として備蓄されていた。
だが、石炭には弱点があった。
固形物のため、搭載するのに時間と手間がかかる。
特に洋上での補充は困難で移動しながらの補給などほぼ不可能だ。
しかし、石油なら、液体のためパイプを通すだけで給油できるので併走しながら洋上補給できる。
この利点を鯉之助は認め皇海を重油専焼缶にした。
北樺太から石油が産出していたこともあり、燃料補給の目処が立ったことも大きいが、石油の扱いやすさを視しての導入だった。
結果、洋上補給を行い、今回の戦いに間に合った。
「さて、ウラジオストック艦隊を仕留めることにしよう。平賀造船大監。最大戦速だ!」
「宜候!」
機関室から返答が帰ってきた。
重油のもう一つの利便性は、釜焚きの必要が無いことだ。
バルブの開閉でボイラーに供給出来る。
そのため投炭のための人員が不要であり、劣悪な環境である機関室に配置する人員を大きく削減する事が出来るため、最大戦速を出しやすい。
事実皇海は二日間、全速航行していたが、熱中症患者など現れなかった。
この点も鯉之助が重油専焼缶にした理由だった。
皇海は更に速力を上げてウラジオストック艦隊を追撃する。
第二戦隊を追い越し、グロムボイへ肉薄していく。
その間、砲撃するが、命中弾は得られなかった。
「どうした。命中しないぞ」
「砲撃の振動を受けてマストが動揺し、狙いにくいです」
「そいつは拙いな」
二万メートル先を見るために射撃指揮装置はマストに設置されている。
細いマストの高い場所に重量物を置くため、揺れやすい。
一応、動揺を抑えるために三脚にしているが、不十分だったようだ。
「改善の余地ありだな」
ドレッドノートを手本にしていたが、二万メートルの砲戦では不十分だった。
「兎に角接近しろ」
それでも距離が縮まっていくと命中弾がではじめた。
グロムボイに大きな火柱が上がり、炎上する。
皇海の甲板では歓声が上がったが、直後グロムボイは針路を北へ向けた。
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