長時間の砲撃戦
ひたすら逃走を続けるロシア装甲巡洋艦二隻を上村は指揮下の第二艦隊に追いかけさせた。
だが、敵艦隊に追いつけそうにない。
「どうして追いつけない」
焦りから上村は呟く。
グロムボイは速力二〇ノット、ロシアは速力一九ノット。
上村の旗艦出雲は二〇ノットの速力が出せるのでロシアにスペック上は追いつけるはずだ。
「連中はウラジオストックのドックでちょくちょく底洗いをしているでしょう。しかし我々は開戦以来、一度も戻っておりません」
「船底が汚れておりもうすか」
船は洋上にいると牡蠣や海藻が付着する。
それが抵抗となり速力が落ちてしまう。
定期的にドックに入って清掃する必要があるが、開戦以来、ウラジオストック艦隊を追いかけていた第二艦隊はドック入りする余裕もなかった。
何とか八雲と浅間をドックに戻していたが、他の艦は汚れきっている。
「しかし何故でごわす。あれだけの砲撃を受けて逃走できもうすか」
戦闘開始から三時間を超えていた。
命中弾多数にもかかわらず、ロシア装甲巡洋艦二隻は船足を落とさない。
火災が発生しているが、ロシア装甲巡洋艦は船足を落ちる様子がない。
「我が方の八インチ徹甲弾では装甲区画を打ち抜けないようです。また、今日は珍しく凪いでおります。非装甲区画に破口が出来ても波が入らず、浸水が抑えられているようです」
「……兎に角撃ちまくるでごわす」
上村は砲撃続行を命じた。
だが、心配事が出てきた。
「先任参謀、弾薬がもうありません」
「長い間戦闘をしているからな」
砲術長の言葉に先任参謀は悩んだ。
五時頃から戦闘配置の後砲撃をを開始し既に四時間近くに なろうとしていた。
ロシア装甲巡洋艦二隻は仕留めなければならないが砲弾が足りない。
「各砲に精密射撃を行うよう命じろ」
「はっ! 各砲精密射撃へ移行! よく狙え」
砲術長が大声で命じた。
だが、直後から発砲速度が上がり派手に発砲する。しかし命中率は相変わらず悪い。
「一体どうなっているんだ」
先任参謀は予想外の事態に驚いたが真相はこうだ。
「え、何だって」
砲術長の命令は激しい砲撃音で掻き消されていた。
そのため砲員達は想像で物事を言った。
「決まっているだろ! とっとと弾を撃ち込んで敵を仕留めろって事だろう」
「おう、そうだな! たっぷり撃ち込んでやろう!」
と命令を勘違いして余計に弾を撃つことになった。
だが、景気よく撃っていると突如、鋭い金属音と共に砲が沈黙した。
「どうした! 慎重に狙えと言ったが、撃つなとは言っていないぞ!」
艦橋真下の六インチ砲が沈黙したのを見て先任参謀が怒鳴る。
「三番砲閉鎖機故障! 発砲不能です!」
「何!」
「無理もありません」
愕然とする先任参謀に砲術長が説明した。
「戦闘開始から間もなく四時間になります。その間、砲は打ち続けていました。閉鎖機が故障してもおかしくありません。他の艦も故障しているようですし」
砲術長の言葉で先任参謀は後続艦の様子を見た。
どの艦も副砲のどれかが沈黙している。
「それと弾薬の消耗が予想以上です。このままでは尽きます」
「どれくらいある」
「六インチはまだありますが主砲の八インチは間もなく尽きます。先ほど最後の五発を砲塔へ送り出しました」
「揚弾筒に十数発残っているだろう」
「はい、ですが帰投中の不意の戦闘を考えると残しておきたいのですが」
不測の事態が発生し、戦闘になる可能性もある。
弾薬は最低でも定数の二割は残しておくのが常識だ。もう既にその常識を下回る弾数しか残っていない。
「先任参謀、これ以上は機関も保ちません」
機関参謀が、苦渋の表情で訴えた。
既に戦闘配置から五時間、全速航行を続けている。
機関は最大圧を保ち続けるため機関員は交代でずっと石炭をくべている。
通常の航行時でも機関室の平均室温は摂氏50℃近い。
最大戦速だと60℃を越し70℃近くになる。
15分交代で水に浸かりながら石炭をくべていても限界だ。
これ以上最大戦速を続けると熱中症による死者も出かねない。
いや既に過労で離脱している者が発生し、機関へ石炭をくべる者が少なくなっている。
「……最早無理か」
先任参謀は勝機が無いと判断した。
「撃て! 絶対に逃がすな!」
双眼鏡を敵艦に向けながら上村中将は叫び続けている。
先任参謀は少し悩んだ末、黒板にチョークで文字を書くと長官の前に差し出した。
視界が遮られ、双眼鏡を下ろして黒板の文字を確認した。
『残弾なし』
「……やむを得ないか」
まだ戦えるのではないかと言いたかったが、先任参謀も艦隊も人事を尽くし、限界に達していると上村も理解した。
「第二戦隊に命令! 攻撃中止! 反転しリューリックを仕留めよ!」
「はっ」
先任参謀が命令受領の敬礼すると上村は黒板を奪い、甲板に叩き付けて足で踏んだ。
怒りが収まらず黒板にあたるが、まだ気持ちが晴れず、敵艦を睨み付ける。
「誰か、アレを沈めてくれ」
呪詛のようなうめき声で上村が呟く。
だが、それは無理だと誰もが思った。
しかし直後、最後尾を走っていたグロムボイに巨大な炎が上がった。
「どうした!」
「弾薬庫に火が回ったのでしょうか」
上村の言葉に先任参謀は応えたが、すぐに違うと分かった。
グロムボイの周囲に複数の水柱が上がった。
砲撃だった。
だが既に第二艦隊は上村の砲撃は中止しており、指揮下の艦艇が攻撃したわけではなかった。
「後方より戦艦接近! 皇海です!」
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