蔚山沖海戦
1904年8月14日 午前4時25分 対馬沖 第二艦隊旗艦装甲巡洋艦出雲
「長官! 前方に艦影多数あり」
「むっ」
長官室で休んでいた上村は伝令に起こされ出雲の前部艦橋へ向かった。
「何処だ」
「先ほど北の方角に艦影を発見しましたが、霧により見失いました」
日本海特有の濃い霧のため視認は難しかった。
だが、夜明けが迫っており徐々に明るくなり、視認できる距離も増していた。
そして、霧の向こう側におぼろげながら船影が見えた。
「アレは?」
「ロシア艦です!」
艦影を分析していた参謀が答えた。
「間違いないか」
「間違いありません! 三本マストに四本の煙突。ロシアの装甲巡洋艦ロシア、グロムボイ、リューリックです」
「見つけもうした」
短い言葉が上村の闘志が十分に伝わった。
「総員戦闘配置! 針路北、敵艦隊の退路を塞げ」
ウラジオストックと敵艦隊の間に入り、敵がウラジオストックへ逃げようとすれば、一戦しなければならない状況を作り出した。
なんとしても敵を撃滅しようという上村の執念だった。
同時に冷徹な計算があった。
日本海軍の装甲巡洋艦は全て前後に連装砲塔を装備し同航戦なら左右どちらかに全ての主砲を向けられる。
だが船体の左右両舷に砲郭を設けたロシア装甲巡洋艦の場合、片舷に二門ずつしか向けられたない。
日本海軍の方が圧倒的に優位だった。
遭遇すれば必ず勝てる状況だった。
「攻撃だ!」
それだけにこれまで発見できず、攻撃できなかった焦りと取り逃がした悔しさが上村の闘志により強い火を付けた。
これほど有利な状況を見逃すなど出来なかった。
だが、この状況を理解しているのは上村だけではなくウラジオストック艦隊も理解していた。
ウラジオストック艦隊司令官イェッセン少将は、装甲巡洋艦の数が四対三の上、戦前から得ていた艦の情報から指揮下の艦艇が日本に比べて性能上も劣っており勝算なしと判断。
指揮下の艦隊に撤退を命じた。
ロシア艦隊は逃げだし日本艦隊が追いかける。
両者の距離は徐々に縮まったが、まだ8000メートル以上ある。
通常砲戦距離より遠く命中は期待できない。
「第二艦隊砲撃開始」
だが上村は砲撃を命じた。
絶対に取り逃がさない。せめて二度と出撃できないよう徹底的に攻撃し撃沈すると上村は決心していた。
第二艦隊第二戦隊の全艦の主砲が火を噴いた。
多数の水柱がウラジオストック艦隊の周囲に林立する。
「さすがに命中せんか」
被弾を示す炎と煙が見えず上村は少し落胆した。
開戦前の仰角増大工事により、各艦は二万メートル前後の射程を有している。
だが、照準装置の精度が不十分でそんな遠距離では命中は期待できない。
せいぜい、陸地の目標へばらまくのが精々だ。
もし皇海ならばマスト上にある射撃指揮装置を使い、精密な射撃を行えるのだが、改装工事が行われる前に開戦となり装備できなかった。
もっとも、マストに重たい装置を取り付けても艦の動揺が激しくなるので不要、という声があり遅れていたのも事実だ。
だが、開戦で皇海の活躍を見るに付け、取り付けなかったことが悔やまれる。
反対派の一人であった上村も悔しい思いをしていた。
しかし、今更悔やんでもどうにもならない。
今自分に出来る事をするだけだった。
「砲撃続行! よく狙って撃て!」
幸い、第二戦隊は斬り込み部隊として編成されており、連合艦隊の中でも優秀な砲手が配属されている。
砲側照準でも敵艦へ徐々に狙いが定まり、遂に命中弾を得た。
「敵艦隊後退していきます」
「逃がすな! 追え!」
海戦は被弾して逃げるロシア艦隊を日本艦隊が追いかけるという典型的な追撃戦となった。
いつもならほどほどのところで撤退させるこのときの上村は違った。
「追え! 追うんだ!」
執拗にウラジオストック艦隊を追いかけて行く。これまで取り逃がした無念を晴らそうと追撃を命じた。
それは第二艦隊の乗員も同じであり、砲撃に力が入る。
第二戦隊は連合艦隊の中でも優秀な砲手が配属されており、すぐさま命中弾が出る。
最後尾のリューリックに命中弾多数が発生し船足が落ちる。
前の二隻が救援に何度か引き返すが、日本艦隊の砲撃を受け、再び反転していく。
そしてリューリックが大火災を起こすと前の二艦は遂に救援を諦めウラジオストックへの逃走に入った。
「落伍したリューリックの始末は第四戦隊に任せ、我が第二戦隊は残りの艦を仕留める」
上村は巡洋艦四隻の第四戦隊にリューリックを任せ、砲力の強い装甲巡洋艦四隻の第二戦隊でウラジオストック艦隊を追いかけた。
命中弾を受けたロシア装甲巡洋艦二隻は火災を発生させていたが、逃走を続ける。
「全艦最大戦速! ウラジオストック艦隊を追いかけろ!」
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