皇海機関一杯

「舵でも故障したの?」


 突然、進路を変更したグロムボイを見て沙織は疑問を口にする。


「いや、囮になる気だ」


 機関深刻なダメージを受けたのだろう。グロムボイの速力が見るからに落ちていた。

 装甲巡洋艦ロシアに追いつけない、足手まといになるなら囮となって敵を、日本艦隊を引きつけ、味方を逃そうとしていたのだ。


「どうされます?」


 ウラジオストックへ逃走する装甲巡洋艦ロシアと囮となった装甲巡洋艦グロムボイ。

 どちらを攻撃するのか沙織は鯉之助に尋ねた。


「装甲巡洋艦ロシアを追撃する。グロムボイは速力が落ちているから、第四戦隊や駆逐隊でも対処できる。健在なロシアを仕留めて二度と作戦行動できないようにする」


 グロムボイは確実に撃沈できるだろう。

 だが、ロシアを取り逃がせばウラジオストックを警戒し続けなければならないし、日本海側の沿岸航路を襲撃され続ける。

 航路の防衛にあたっている艦艇をバルチック艦隊に備えて集結整備する事も可能になる。


「絶対に逃がすな! 平賀大監、機関一杯!」

「皇海を壊す気?」


 沙織は驚いて素のままで言った。

 機関一杯とは、機関が壊れても良いので、兎に角スクリューを回し続けろ、という意味だった。

 壊れずに済んだとして点検のために長期のドック入りは避けられないだろう。


「装甲巡洋艦ロシアを取り逃がした方が問題だ。奴を仕留めた後、ゆっくりとドックに入れる。取り逃がしたら機関は無事でも、奴を追いかけ回す必要がある。ここが勝負所だ! 絶対に逃がすな!」

「宜候」


 沙織も納得して、同意した。

 機関はうなりを上げて進む。

 煙突からは燃料を大量に投入しているため不完全燃焼をおこし、黒煙が上がる。

 だが、皇海は限界を超えた機関出力を発揮し、二三ノットの速力で徐々に装甲巡洋艦ロシアに接近する。


「金田大尉! 射程距離一万になったら砲撃開始!」


 敵の砲戦距離は恐らく一万メートル。

 アウトレンジで一方的に攻撃するのが鯉之助の作戦だった。


「敵艦進路変更! 右に舵を切ります!」

「離脱できないと判断して迎え撃つ気か」


 見張りの報告に鯉之助は、推測した。


「取り舵! 敵艦との距離一万を保ちつつ、西側から敵の北方へ移動する」

「このまま追いかけないの?」

「右に舵を切れば、北東側にいるグロムボイと挟撃される恐れがある」


 囮となったグロムボイが右側にまだいるので、右に切れば射程内に入ってしまう。

 対一二インチの装甲区画は破れないが非装甲区画が破壊される。

 戦闘の為に作られた皇海だが不要な被害を被る必要はない。


「敵の射程外から攻撃する。左に舵を切って近づけ」

「宜候」


 皇海は左に舵を切って、装甲巡洋艦ロシアを右横に捉えようとする。

 これで後部の二基の主砲も砲撃できる。


「砲撃開始!」


 距離が一万を切ったので砲撃を命じた。

 八門の主砲から一斉に火が吹き上がる。

 交互打ち方でも良いが機関一杯を維持できる時間は短いと判断。

 短時間で勝負を決めることにした。

 装甲巡洋艦ロシアの周囲に多数の水柱が林立する。

 命中弾はないが、水柱が装甲巡洋艦ロシアを前後に挟んだ夾叉の状態になった。

 あとは、命中するまで打ち込むだけだ。

 次の斉射でも命中弾は出なかった。しかし、水柱の間隔が徐々に狭まる。

 そして次の斉射で遂に命中弾が出た。

 艦首に命中した砲弾が炸裂し周囲を破壊する。

 艦首に亀裂が入り、浸水が発生し速力が低下。

 爆風は艦橋にも届き、艦の首脳部にも多数の死傷者がでて指揮系統が乱れた。

そこへ新たな斉射が降り注ぎ、今度は艦尾に命中。

 舵を破壊し、航行の自由を失った。

 トドメとなったのは、中央部へ命中した二発の砲弾だった。

 装甲巡洋艦として装甲を施されていたが、自らの主砲八インチ砲に対抗するためであり一二インチなど防げない。

 それに水平射撃のみ撃たれると想定しており頭上から降り注ぐ砲弾など想定外であり、甲板の装甲など無いに等しい。

 砲弾は易々と船体の奥深くへ入り込み、爆発。

 煙突をへし折り、ボイラーを破壊し、航行不能にした。

 更に、弾薬庫へも爆風が侵入し、誘爆をおこし、装甲巡洋艦ロシアは吹き飛んだ。


「装甲巡洋艦ロシア爆沈!」


 巨大な黒煙を上げ装甲巡洋艦ロシアは海中へ沈んでいった。


「グロムボイへ攻撃目標を変更する」


 鯉之助は淡々と命じた。

 まだ、一隻残っている。

 確実に仕留めないと再び通商破壊に出られてはダメだ。

 いや、ウラジオストックへ逃げられた場合も、警戒のために艦を出さなければならない。

 史実でも上村艦隊の攻撃で、戦争中に修理できないくらいの大損害を受けたウラジオストック艦隊だったが、また出撃してくるのではないかという疑念から、警戒の為の艦を出している。

 ここは何としても撃沈しておきたかった。


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