救助活動

「長官、第二艦隊がグロムボイに接近しています」


 グロムボイを攻撃しようとした皇海だったが、後方から追いかけてきた第二艦隊がグロムボイに追いついてきて囲み始めた。


「トドメを刺す気か」


 一度は反転を命じた上村長官だったが、グロムボイが被弾、落伍したのを見て追撃を命令。

 追いついてきたのだ。


「だが、弾薬はもう無いだろう」


 鯉之助が呟いていると、第二艦隊の装甲巡洋艦はグロムボイに接近すると装備してきた魚雷を発射。

 グロムボイに命中させた。


「魚雷か、確かにその手があったな」


 被弾による損傷を恐れて皇海に装備していないため、魚雷による始末など鯉之助の考えの外にあった。

 接近して魚雷攻撃とは上村長官もやるものだ。

 グロムボイは多数の魚雷が命中し、急速に傾斜が増大、沈んでいった。

 これで日本軍を苦しめたウラジオストック艦隊の主力艦は全て日本海に沈んだ。


「長官、洋上にロシア艦の乗員が多数漂流していますが」


 沈没した三隻の周りには脱出に成功したボートが浮かんでいた。


「収容しろ。俺たちは目的を果たした。最早、彼らは敵ではなく遭難者だ。人道上の観点からも救助し、優遇せよ」

「了解。優しいのね」

「海で投げ出された人間は救助するのがシーマンシップだ」

「そうね。てっきり、彼らがロシア軍に救助されて新たな艦の乗員になるのを恐れているのかと思ったわ」

「それもあるが、人命尊重は本当だよ。それとも見捨てるのか」

「まさか、寝付きが悪くなるような事はやりたくないわ。じゃあ、収容に向かわせるわ」


 鯉之助の命令は直ちに実行された。

 皇海は装甲巡洋艦ロシアの沈没地点に向かい、漂流する乗員の救助にあたった。

 開戦以来半年にわたり日本の沿岸航路を襲撃していた彼らは、虐待を恐れていたが、予想外の厚遇に驚いていた。

 第二艦隊でもそれは同じだった。

 ウラジオストック艦隊殲滅後、溜飲が下がると共に、沈んでいくグロムボイの姿を哀れに思い、漂流する乗員の収容を命じた上村は新たに命じた。


「おい、先任参謀」

「はい」


 収容が一段落した段階で、上村は先任参謀に声を掛けた。


「おいは、もう落ち着いておりますが、この数ヶ月、翻弄したロシア艦への恨みは将兵の間に募っておりもそう。乗員が捕虜をいじめないか見てきてくれもはんか」

「はい!」


 小国日本は国際世論を味方に付けなければ大国ロシアには勝てない。

 国際条約を守る事は重要であり捕虜虐待など行えば、世界から批判を受ける。

 日清戦争では、旅順陥落の際、捕虜虐待の誤報が流れ、当時少将だった乃木希典旅団長が批判に曝された。

 決して、疎かに出来ない。

 そして、捕虜の部屋に向かうと、出雲の乗員多数が集まっていた。


「おい! 何をしている!」


 虐待が行われているかと思い、先任参謀は人混みをかき分けて部屋に入った。


「暑かろう、うちわで扇いでやる」

「小さいだろうが、自分のシャツを着てくれや」

「日差しが厳しいだろう、麦わら帽でも被ってくれ」


 出雲の乗組員達は自然と捕虜を介護していた。


「おお、先任参謀もお見舞いに参りましたか」

「ああ、彼らが無事なようで何よりだ。捕虜虐待のような事は行かんぞ」

「もちろんでさあ」


 先任参謀は安堵しつつ、長官の下に戻って報告すると上村もようやく安堵した。

 他の艦でも同じだったリューリックの遭難者を救助した第四戦隊では旗艦浪速に収容された救助者のロシア士官が艦内の小鳥を見て「この小鳥は前から艦内で飼われているのか」と尋ねてきた。


「これはリューリック救助に向かった者が作業中、洋上で浮かんでいるところを見つけて可愛そうに思い助けた小鳥だ」


 と通訳を通じて答えると、ロシア人士官は「これは私の飼っていた小鳥だ」と涙を浮かべて乗員に感謝した。

 これらの逸話は、これまでの第二艦隊の失態を忘れさせるため、日本の高潔な戦いぶりを世界に示すため盛んに報道され、全世界に広まった。

 この時の写真が多いのも広報戦略の一環であり、世界の日本への好感度は高くなっていった。




 かくして蔚山沖海戦は日本の勝利に終わった。

 史実では装甲巡洋艦二隻を逃してしまったが、三隻全てを撃沈する事に成功した。

 このため第二艦隊は旅順沖へ戻ることが可能となり、旅順封鎖は更に強化されると共に、各艦が日本本土で交代で整備することが可能になった。

 何より、大陸への補給路が盤石となり、朝鮮半島東海岸への補給路も確立し、補給が円滑に進むようになった。

 沿岸航路も確保され、日本の生産力は更に上がった。

 制海権は日本の手中に収まり、戦争の焦点は陸上に舞台を移すことになる。

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