才谷支隊

「要塞は簡単には抜けん」


 気まずい空気の中、樺太師団第一烈士満指揮官の本多が大声で永野中尉に答えた。。

 箱館を占領した榎本武揚達旧幕府軍は新政府軍を迎え撃つために部隊を再編成した。そのとき編成されたのが烈士満であり、フランス語で連隊を意味する。当時は適切な訳語が無かったため、フランス語をそのまま当て字で表現した。

 しかし龍馬の箱館仲裁により戦闘が回避された。そして烈士満はロシアによる南下を防止するため樺太防衛部隊として渡海し現地に着任した。

 部隊名もそのまま残り、今に至る。


「どうして樺太の部隊が居るのですか」

「私が呼びました」


 鯉之助は答えた。


「要塞攻略に彼らの経験が必要です」

「何故」

「烈士満はフランス式軍隊のため攻城戦の操典も訓練もしているからです」


 幕府軍は烈士満を見ても分かるとおりフランス軍を手本にして軍隊を作っていた。

 明治維新当時はナポレオン戦争の記憶が鮮やかで、無敵を誇った大陸軍を真似る国が多かった。

 ナポレオンを打ち破った連合国軍もナポレオンを打ち破るためナポレオン軍を研究し、その長所を取り入れていたためフランス式が多く、フランス式の軍隊こそ世界最強と考えられていた。

 幕府も同じ考えであり、フランス式の考え方や教本を多数導入し多くあり詳しい。

 そしてフランス軍は一八世紀の天才的工兵士官であり唯一工兵から元帥に上り詰めたヴォーバンがいたこともあり要塞戦に関する知識が深い。

 明治政府も最初こそフランス式で軍隊を建設していた。

 だが明治維新後に普仏戦争が勃発、フランスを負かせたプロイセン、その後のドイツ式へ変換し今日に至っている。

 しかしドイツ式は分進合撃、機動力と野戦での決戦を重視しており要塞戦は重視していないし得意ではない。

 ヨーロッパ平原では要塞を作っても簡単に迂回できてしまうからだ。

 そのため要塞攻略の知識も経験も研究さえもドイツ軍では活発ではなく、それをまねた日本陸軍には欠けていた。

 ディッケベルタ――第一次大戦初期にリエージュ要塞攻略で活躍した四二〇ミリ臼砲が有名だが、これは旅順戦での日本軍の苦戦と二八サンチ榴弾砲の活躍を見て慌てて開発された物だ。

 つまり、1904年時点でまともな攻城戦の操典――ノウハウがあるのはフランス式の軍備しかなかった。

 そこでフランス式が色濃く残り、樺太で陣地戦の経験から要塞戦の研究も継続していた樺太守備隊、烈士満を鯉之助は呼び寄せたのだ。

 ロシアとの紛争が絶えなかった樺太で箱館政府とロシア軍は各地に小規模ながらフランス式の堡塁や要塞を建設しロシアの攻撃、嫌がらせを耐え抜いた。

 その過程でロシア側に要塞を奪われる事があり、彼らは奪回のために攻略戦を小規模ながら挑み流血の代償に攻城戦のノウハウを学んだ。

 樺太が日本領になってからもロシアの侵攻に備えて各所に要塞を建設し防御力を高め、攻略戦の研究を怠っていなかった。

 故に本多は淀みなく攻城戦の説明を始めた。


「敵の射程外から第一平行壕を作り、準備を整えます。その後、夜間の間に工事を進め、第二平行壕を作り、徐々に要塞に迫っていきます」

「気長すぎないか」


 本多の作戦に黒井は反発した。


「簡単に抜けるような要塞ではありません。なのでじっくりと攻めます。しかし、それまで何もしないわけではありません」


 鯉之助は本多に反発する黒井中佐と永野中尉を見ていった。


「海軍陸戦重砲隊の一二サンチ砲と一五サンチ砲で旅順市街や港に砲撃を行って貰いたい。観測点が得られないので、推定射撃になりますが、昼夜違わぬ砲撃を行ってください」

「陣地の準備に時間が掛かりますが」

「かまいません。被害が出ないように強固に作ってください。人員を回します。海援隊の不要になった砲も人員を含めて提供するのでお願いします」

「了解」


 ようやく黒井中佐の顔に余裕が出てきた。

 はじめから大口径砲による遠距離攻撃を考えており、その考えを肯定し、支援までしてくれる鯉之助に好意を抱いた。


「ただ軽砲部隊は前線に来てもらいたいのですが」

「突撃に参加できませんぞ」

「支援砲撃で構いません。敵の反撃を受けることもあるでしょうが、先頭に立って攻撃しろとは言いません」

「分かりました、永野中尉をつけましょう」


 黒井は隣にいる若い中尉を見ていった。

 まだ不満そうだが、筋の通った作戦に納得はしてくれたようだ。

 そして、鯉之助は隣の陸軍の砲兵少将に話しかけた。


「それで柴兄の部隊ですが」

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