烈士満
旅順東方の荒野に要塞へ向かう数万の足音が響いた。
だが彼らは日本軍ではなかった。
小銃こそ三〇年式だが制服はカーキ色ではなく、紺色に赤い縁の上下の制服を身につけ白い制帽を被っている。
そして、それぞれの部隊の軍旗を部隊名を毛筆で書いた幟を掲げて向かってきている。
やがて鯉之助が隆行を連れて待っている場所まで来ると彼らは停止した。
彼らの隊列から一人ずつ鯉之助の前に出てきて申告した
「第一烈士満っ新撰組っ! 総員二四三一名参陣!」
「第二烈士満っ彰義隊っ! 総員二四八三名参陣!」
「第三烈士満っ額兵隊っ! 総員二四六四名参陣!」
「第四烈士満っ奇兵隊っ! 総員二四五七名参陣!」
「第五烈士満っ維新隊っ! 総員二四七八名参陣!」
「遊撃烈士満っ遊撃隊っ! 総員二〇三四名参陣!」
「伝習烈士満っ伝習隊っ! 総員三一二四名参陣!」
「砲兵烈士満っ砲兵隊っ! 大砲三六門っ総員一〇二四名参陣!」
総員敬礼し申告する。
「我ら坂本総帥の命令により樺太より参陣致しました。他の支援部隊と合同し樺太師団を編成! 総員二万五一八九名は才谷中将の指揮下に入ります」
「参陣を嬉しく思う。頼りにしている」
お世辞ではなく、本心から鯉之助は言った。
箱館戦争後、ロシアの南下を撃退するべく海援隊と箱館政府軍は北上した。
北上した部隊は箱館政府に参加した佐幕派浪士中心の新撰組、幕臣中心の彰義隊、東北諸藩中心の額兵隊、遊撃任務を行った遊撃隊、そして幕末最強とされた伝習歩兵隊へ統合された。
それぞれの部隊はフランス語で連隊を意味するレジマンの当て字<烈士満>を与えられ連隊編成をとり各地を転戦、勝利を収めた。
第一次樺太戦争の後、日本陸軍が創設される中、不要になった諸隊、長州の奇兵隊と元薩摩藩兵を中心とする維新隊を編成して海援隊が引き取り現在の形になった。
第二次樺太戦争でも彼らは活躍し、烈士満の名声は不朽となり今日まで続いている。
二度の樺太戦争を戦い抜いた精鋭であり、今までロシアと間宮海峡を挟んで正面から対峙していた樺太守備隊の主力だった。
そして旅順攻略、満州における切り札として鯉之助は彼らを呼び寄せたのだ。
「早速、旅順要塞の攻略準備に入ってくれ、各部隊指揮官は作戦会議を行うので集合せよ」
鯉之助が命じると、各部隊は持ち場に向かって走って行った。
樺太師団が指揮下に入った直後、鯉之助は同じく指揮下に入った海兵師団と海軍陸戦重砲隊および、その他の部隊の幕僚を司令部に定めた壕に集めた。
「第三軍は早期の旅順攻略を目指していいる。我々は第三軍の旅順攻略に協力する。一応、部隊を纏める必要があるので我々は才谷支隊と命名。第三軍を支援する」
「わかりもうした」
「了解です」
海兵師団師団長の隆行は鯉之助が兄ということもあり素直に同意した。
樺太師団の場合、師団司令部ができていないこともあり臨時に鯉之助がそのまま師団長として指揮する事になっていた。
だが、海軍からやってきた海軍陸戦重砲隊の指揮官黒井中佐は少し不満顔だった。
海軍陸戦重砲隊は旅順攻略で大砲の少ない陸軍を支援するために鯉之助の要請で海軍側が編制した部隊だ。
陸軍は野戦軍拡張のために予算がつきており攻城砲を作る予算がなかった。一方海軍は、会戦に備えて新式の大砲を導入していたが旧式の大砲はさほど使われておらず倉庫に保管していた。
それに目をつけた大山巌陸軍大将が、海軍に扱いなれた人員と共に派遣を依頼した。旅順攻略のためということで海軍も快く編成した部隊だ。
海軍の命令とはいえ陸軍の支援に行ったら海援隊の指揮下に入れと言われたのだ。
海ではある種のライバルである海援隊と海軍は少し仲が悪い。
指揮官の黒井中佐は佐世保鎮守府で参謀をしていただけあり露骨な言動は出さないが、表情が不満を語っている。
「それでどのように攻略するのですか」
黒井中佐の副官である永野修身中尉は若い分より直情的だった。
陸へ上がり、要塞を攻略するという事に不満と不安を抱き、声を荒げているようだ。
「正面の堡塁を一つ一つ攻略し、攻め落とします。できる限り塹壕を近くに掘って接近します」
要塞攻略戦の常道だった。
第三軍は大本営の命令を愚直に守っているが、海援隊は別組織のため命令では無く要請という形だ。
だから、準備を整えてから攻める。
海兵師団の人員の半分は海援隊の歴戦の強者だ。
故に海兵師団は半ば海援隊の私兵組織になっている。知り合いも多いので、鯉之助はできるだけ損害を減らしたかった。
「それでは遅くなりませんか」
早期攻略を願う海軍の代表として永野中尉が意見を言う。
そのためにどれだけの損害が出たか、全員が知っているだけにその場の空気が凍り付いた。
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