旅順への進軍

「できる限り、要塞の前面にて時間稼ぎを行います」


 東シベリア狙撃兵第七師団師団長のコンドラチェンコ少将は要塞司令官スミルノフ中将言った。


「旅順にこもるのが良いのではないか」

「ですが敵が順調に来させて良いというわけではありません。少しでも要塞を強固にするため、また、味方が合流しやすくするためにできる限り要塞の手前で攻撃し、日本軍の進撃を遅らせます」


 旅順は袋のネズミのような状況だった。

 大連を攻略されて徐々に迫ってきている。

 連絡を再開するための軍が派遣されているが、情報によれば更に後方に上陸され包囲されかけて後退したという。

 半島からロシア軍は旅順を除いて駆逐され、増援が来るのは遙か先だ。

 それまで、旅順で踏ん張る必要がある。

 日本軍の旅順攻撃を少しでも遅らせる必要があった。


「そのためにも兵力は温存する必要があるのでは?」

「いえ、敵を足止めするためにも前に出て戦いましょう」


 どちらの言い分も最もだった。

 スミルノフの言うように要塞にこもれば損害は少なくなり長期間、要塞を保持できる。

 だがコンドラチェンコの言うように前に出て日本軍を足止めすれば要塞に近づくまでの時間を稼げるので結果的に旅順が長期間保持できるようになる。

 どちらの言い分も最もだった。


「要塞の守備陣地を構築するためにも時間が必要です」

「ふむ」


 予算不足により堡塁以外への工事は遅れている。

 一級の要塞だが防御に不安がある。

 その工事を進めているのはコンドラチェンコ少将だった。

 精力的な彼は着任以来、現場を回り、工事を督励してきた。


「よろしい、出撃したまえ」


 その彼が言うのだから陣地構築の時間は必要だった。




「敵は旅順までの間に陣地を構築し我々の進軍を抑えているようですな」

「そうじゃな」


 前線視察を行っていた乃木は伊地知の言葉に同意した。

 北のロシア満州軍主力へヨーロッパからの増援が来着し旅順救援軍が来るまでの時間稼ぎの一環だった。


「少数の兵ながら陣地に立て籠もっており、やっかいです」


 ロシア軍は地形を利用して巧みに陣地を構築していてむやみに攻撃すると多大な損害を受けた。


「むしろ好機でしょう」


 横にいた鯉之助が言う。


「要塞にこもるのでは無く野外へ出てきてくれたおかげで捕捉殲滅する好機です」

「しかし、連中の陣地は強力だぞ」

「ええ、ですが弱点はあります」


 鯉之助はにやりと笑った。

 翌日早朝、ロシア軍後方の南北両海岸に海兵師団所属の連隊ががそれぞれ一個ずつ上陸した。

 防御陣地にいたロシア軍は突如後方に現れた日本軍に驚き後退する。

 旅順から増援が出てきたが、沿岸部に展開していた日本海軍の砲艦が艦砲射撃を行って、ロシア軍の橋頭堡への反撃作戦を頓挫させた。

 ロシア軍は二個連隊とその支援部隊を含む六〇〇〇名を失い。旅順要塞方向へ逃げていった。

 コンドラチェンコはなおも遅滞戦闘を行おうとしたが、日本軍の大発による沿岸迂回作戦で失敗した。

 幾重にも防御線を張って備えたとしても日本軍の艦砲射撃により、反撃を封じられてしまった。


「さすが兄者でございます」


 上陸作戦の指揮を執った隆行が感動した様子で言う。


「真っ正面から攻撃する必要は無いからね。海上移動ができるなら、後ろへ回り込んで攻撃すれば良い」


 ロシア軍は遅滞戦闘のため陣地を構築していたが、背後がスカスカだった。だから海上を大発などで移動して背後に回り込めば簡単に後ろをとれた。

 しかも海上には義勇第一艦隊など優勢な海上戦力がいるため支援攻撃に事欠かない。

 だからソーセージを輪切りにするように旅順要塞とロシア軍の間に上陸し、分断殲滅すればよかった。

 孤立したロシア軍は降伏。一部は頑強に抵抗したが、孤立状態では長く戦えず結局降伏した。

 こうして第三軍は、ロシア軍の反撃を排して旅順に迫った。




「凄い山だな」


 旅順を見晴らす陣地から見下ろした。

 高くても二〇〇メートル前後の山だが、旅順を囲むようにそびえ立っていると城壁のように見えた。

 見える堡塁だけでも多く。隠されている陣地もあると考えれば強固な要塞だ。


「砲撃準備は?」

「遅れているようです」


 参謀が答えた。


「急な攻略で大砲の準備が出来ていません。日清戦争前の青銅砲さえ出してきています」

「むちゃくちゃだな」


 本格的な総力戦であり装備不足が起きていた。

 旧式の装備を出して何とかしようとしているのだ。


「兵器の製造は進んでいるはずなんだけどな」


 日本の兵器生産は、軍の工廠と海援隊の武器工場で作られている。

 軍の場合は指定された分を少数作っているだけだが、海援隊の場合は大量生産している。

 なぜなら日本軍だけでなく、諸外国、海援隊の本拠地であるハワイ王国や独立したばかりのフィリピン、タイ王国、そして中国の軍閥に売っている。

 商売のためだが同時に欧米諸国からの侵略を防ぐために自衛の力を得て貰う為だ。

 さらに大量生産することでコストを抑える、また予想される対ロシア戦での大量消費に備えて工場設備を用意するためでもある。


「急に切り替えても無理です。どうしても配備や輸送で遅れが出ます」

「仕方ないな」


 武器は生産しても使えるわけではない。

 部隊に配備して訓練して戦地へ送り出すのだ。

 そのための時間が必要だし部隊に武器を送り込むのに時間がかかる。

 今日本は大動員で鉄道は混乱状態にある。

 装備を運ぶ列車を手配できないことは十分にあり得た。


「仕方ない。海兵師団を使うとしよう。それと陸戦隊を用意してくれ。余って倉庫でほこりをかぶっている大砲も含めてね」

「了解しました」

「ああ、烈士満は到着したか?」

「はい、先遣隊と本部が来ております。陸軍と海軍の部隊もやってきています」

「よし集めてくれ」

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