旅順要塞攻略計画

 望台は旅順要塞の北東に位置する高台で、ここが旅順への突入路を制圧する拠点となる。

 そして、ここから旅順の内部を見ることが出来るため砲撃観測点としてはよい。

 旅順は周囲を山に囲まれており攻略が難しい。

 しかし、望台を占領すれば旅順の町と港を見渡すことができるため、あとは砲撃を浴びせて無力化すればよい。

 そしてこの望台こそが旅順要塞の防衛線の要であり、旅順の入り口、大手門であり旅順要塞内部への玄関でありここを落とせば、大兵力の突撃で落とせる。

 史実でも、この望台が陥落した後、旅順は開城した。

 二〇三高地を落としたあと、二〇三高地に観測点が設けられ二八サンチ砲で敵艦隊を撃沈あるいは自沈に追い込んだが、旅順要塞はその後一ヶ月は落ちなかった。

 だが、望台攻略後、旅順は簡単に落ちた。

 望台陥落後、ロシア側から降伏開城の軍使が送られてきて水師営の会見が行われ、旅順開城が決定したのだ。


「この望台を落とすために全力で北東から攻撃をする計画です」

「塹壕はどうしますか?」


 伊地知の説明を受けた後、鯉之助は尋ねた。


「突撃発起点の三〇〇メートルまで構築。それ以降は突撃させます」


 その言葉に鯉之助は愕然とした。そして反論する。


「旅順は強固な堡塁を保有しています。要塞に着くまでに砲台と機銃の十字砲火で歩兵は全滅するでしょう」


 歩兵は突撃を開始する距離はおよそ三〇〇メートル。それ以上だと全力疾走できず、バテてしまう。

 だが三百メートル走りきるのにどれくらいの時間が掛かるだろうか。早くてもおよそ二分程度。その間に旅順の堡塁から砲撃と銃撃を受け全滅してしまう。

 それ以前に突撃発起となる三〇〇メートルまで近づけるのか、大砲どころか機関銃の射程内であり、突撃前から被害を受ける。

 しかも、堡塁の周りには野戦陣地が作られ、周辺防御を格段に強化している。

 堡塁に着く前に文字通り全滅してしまう。


「旅順を攻略するには要塞戦の要諦通り塹壕を掘って接近するしかありません」


 要塞戦の攻略は一八世紀には確立しており、大砲の射程外から要塞に対して平行に壕を掘って、作業拠点にして、要塞に向かって壕を伸ばしていく。

 途中、横の連携と要塞からの逆撃を防ぐために平行壕をいくつか設け、要塞の直近まで塹壕を掘り進める。

 そこから歩兵で攻撃させるのだ。


「分かっております。しかし残念ながら時間がありません」


 もちろん、伊地知も要塞戦の攻略方法は理解していた。

 だが時間が足りなかった。

 正攻法に従って塹壕を敵の堡塁近くまで掘っていたら大本営から命令された短期攻略など出来ない。

「北方のロシア軍主力の増援が早く、一刻も早く旅順を陥落させ合流する必要があります」

 海軍の要請により攻略される旅順だったが、陸軍側でも問題が発生していた。

 予想よりロシア軍の増援速度が速かったのだ。

 そのため、兵力数で有利な状況で始めるはずが、劣勢になっていた。

 当初封鎖のために二個師団を充てる予定だった旅順だが、その二個師団さえ決戦に必要となった。

 だから、一個師団を追加してでも短期間に旅順を占領し、第三軍を満州の主戦場に送り込みたかった。


「ですが兵力が足りません」


 南山の戦いで得た捕虜からの情報によれば、旅順内には東シベリア狙撃兵第七師団一万五〇〇〇名と増援として同数の一個師団。他に要塞固有の守備隊、要塞砲兵などを含め二万七〇〇〇名。他に軍属五〇〇〇名、海軍将兵一万二〇〇〇名を合わせると総兵力五万九〇〇〇がいるとされていた。

 南山の戦いで一個師団を捕虜にしているため本来なら更に多くの敵を相手にすることになったはずなので、籠城される相手兵力が少ないのは嬉しい。

 また、敵は要塞外で戦う事を好んでいるため、第一回総攻撃失敗後の追撃戦で野戦をロシア軍は挑んできており、出てきたところを義勇艦隊による砲撃を受けて数を減らしている。

 だが、第三軍は三個師団八万名。

 あとから動員によって増援される予定とはいえ、要塞攻略には兵力が少なすぎる。

 野戦でも勝つには少なくとも敵の三倍、攻城戦なら五倍から十倍は必要とされる。

 だが、そのような兵力は第三軍どころか日本陸軍すべてを見渡してもない。

 せいぜい本土で戦略予備、ウスリー方面投入予定の第七師団と第八師団のみで他は遼陽攻略の第一軍、第二軍、第四軍に回されている。

 新規徴兵された現役兵士を中心に編成された第十三から第一六師団が編成作業中だが、訓練などで戦力化にはまだ時間が掛かる。


「大本営から可能な限り短期間で損害を少なくして攻略せよとの命令です」


 難しいを通り越して無理な話だった。

 少ない兵力で強固な要塞を短時間でしかも損害を少なくして陥落させろ。

 これができるのはよほどの天才だけだ。

 この状態で旅順を攻略出来ない奴は無能だと書いている三流小説家にお前は出来るのかと言ってやりたい。


「総攻撃の日取りは、遼陽会戦の前と決まっています」

「無茶な」


 口にしたが心の中では鯉之助は納得していた。

 遼陽で会戦を行うのは決定事項だ。

 その会戦に間に合うように第三軍に攻撃命令を下している。

 事前の計画通りに行動しないとロシアが大軍となってロシア満州軍が攻めてきてしまう。

 だがスケジュール通りに進みはしない。

 強行すれば第三軍は大損害を受ける。

 しかし、遼陽の戦いにも間に合わせる必要がある。


「分かりました。できるだけ協力します。我々は海兵師団と陸戦隊を用意します」


 海援隊の強力で出来た部隊を回してできる限り戦力の増強を図ろうというのが鯉之助の狙いだった。

 さらに秘策を考えており、実行するために協力する事にした。


「ただ幾つか、条件があります。私の作戦も採用してください」

「どのような物ですか」


 尋ねられた鯉之助は自分の作戦案を答えた。


「……なるほど、確かにそれなら妥当ですね」


 伊地知は驚いたが、鯉之助の作戦は妥当だった。


「分かりました。大本営と満州軍総司令部に許可が必要ですが、認可されるように働きかけます」


 伊地知は乗り気となって鯉之助の作戦に同意した。

 こうして作戦が始まった。

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