柴五郎砲兵少将
「柴少将であります長官殿」
陸軍から派遣された砲兵少将がいう。
「済みません、柴兄、いえ柴砲兵少将。それと海援隊では殿は不要です」
慌てて鯉之助が訂正する。
少将は表情は崩していないが肩がため息をするように下がっている。
一応上官として見ているが、優秀だがどこか無謀な行動をする弟を心配する兄ような雰囲気だ。
実際、二人は兄弟のような物だった。
柴五郎陸軍砲兵少将は、会津藩士の息子として生まれた。
名の通り五人目の子供だったが、兄たちと会うことは少ない。幕
末になり、安房の海防を命じられたり京都守護職を命じられた会津藩は全国に人を出しており、柴の家は奔走していたからだ。
そんな中、戊辰戦争が勃発、会津戦争に敗北した。
京都守護職として京都の治安を守るため倒幕派を弾圧していた会津藩は薩長に怨まれており、厳しい処分が加わった。
海援隊の取りなしもあったが、北方の樺太へ送られた。
下北半島の斗南という土地に向かわせようという意見もあったが、箱館仲裁の鬱憤もあって、より北方へ送ってしまえと言う話になった。
会津藩は噴飯したが、樺太という日本の土地を守るためという藩主の言葉により藩士達は黙って従った。
樺太での生活は困難を極めており支援を約束した海援隊の物資が滞ることがり藩士には不満がたまった。
そこで不満を抑えるために人質として送られてきたのが鯉之助だった。
鯉之助は会津藩士達から白眼視されていたが柴は、まだ年齢が低い鯉之助の面倒をみた。
そして鯉之助のアイディアを実行することになった。
二一世紀の知識を使ってチートを行っただけだったが、幼いのに知恵の回ることに柴は感心した。
おかげで樺太での生活は大分良くなり感謝した。
藩士達は樺太にいるロシア人達と張り合う余裕が出来て日本は樺太を維持することが出来、最終的に日本領とすることに成功した。
その後、柴は開拓使へ出仕し、その後陸軍士官学校へ進学して陸軍将校として働く。
それでも鯉之助は年の離れた兄として柴を慕い、機会があれば何度も会っている。
「迷惑はかけませんよ」
「別に構わない」
柴はそう言ったが、すでに迷惑はかかっていた。
柴が野砲第十五連隊の連隊長として第二軍と共に進撃する予定だったが、鯉之助の要請により、旅順攻略に回されている。
それも新編成の攻城砲旅団の旅団長としてだ。
旅団を指揮できるよう少将への昇進を含めての大抜擢だ。
お陰で人事や他の将校からやっかみを受けている。
「柴兄、いや柴少将には期待しているんです。米西戦争を見たのですから」
「長官も同じでしょう」
一八九八年に米西戦争が発生したとき二人は観戦武官としてキューバのサンタゴ・デ・キューバ戦役に観戦武官として赴いた
サンチャゴ湾に引きこもったスペイン艦隊を撃滅するため陸軍が上陸し包囲するという旅順の前哨戦といってよい戦いだった。
柴は観戦武官として報告書を書いているが見ると聞くとでは全く違う。実際に見聞きした柴兄を呼ぶことで鯉之助は少しでも優勢に戦いたかった。
「要請していた物は届きましたか?」
「大連防衛用のものを転用する許可は下りている。本土からも続々と移動している。火工長の吉原軍曹も来ている。彼が言うには二週間で設置は可能だそうだ」
「輸送には海援隊も協力します。重砲が足りないので、期待しています。うちの攻城砲連隊も頼みます」
攻城砲連隊は鯉之助がたっての願いで作り上げた海援隊の重砲部隊だ。
だが武装しているとはいえ拠点警備、ゲリラ討伐がおもで攻城戦など発生しないのに攻城砲を海援隊が装備していても意味が無い。
しかし、海援隊には重砲の工場が多数あった。
日本陸軍向けが主だが、海外の大砲のライセンス生産、ドイツのクルップや、イギリスのアームストロングなど欧米の大砲を技術導入で生産していた。
これは海外の工場が自国向けの大砲を生産していたため、海外向けの生産余力が無い上に輸送の費用が高く付いていた。
そこで海援隊が間に入り極東向け、清国やタイ王国、フィリピン向けの大砲をライセンス生産していた。
開戦したときも製造しており出荷待ちの完成品も多くあった。
その製品を納入先に頼み込み、売却して貰って海援隊の装備にして攻城砲連隊を作り出したのだ。
多少値が張ったが、短期間で武器を調達でき第一回総攻撃に間に合った。
「全く、用意が良いな」
「世界的な有名人である柴兄に下手な部隊は与えられません」
事実だった。
柴五郎はこの時期世界的な有名人だった。
義和団の乱の時、柴は北京の日本大使館で駐在武官をしていた。乱が発生し暴徒に取り囲まれると北京の公館は孤立。在北京の外交団は団結し警備兵を統合し部隊を編成して籠城した。
しかし多国籍故に混乱が発生し瓦解の危機となる。
それを救ったのが柴中佐だった。
数カ国語を話せた柴はすぐに調整、守備隊の実質的指揮官となり救援部隊が来るまで持ちこたえることに成功した。
「あれもお前が準備していたからだろう」
「たまたまですよ」
「謙遜するな」
険しい目で柴五郎は鯉之助を睨み付けた。
(相変わらず、得体の知れないヤツだ)
初めて出会った時から柴五郎は鯉之助のことを不気味に思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます