方針転換 ハルピン死守か放棄か
「殿下が! 極東総督として極東にいらっしゃると!」
ハルピンで立て直しを図るリネウィッチ大将は愕然とした。
敗戦の責任を追及されると考えたからだ。
すでに長春で敗北。
ウラジオストックは先ほど陥落し、南東と南西からチチハルへ攻め込まれている。
「殿下はなんと言っておられる」
「はい、直ちにクロパトキンと総司令官を交代。毒ガスの使用を禁止しハルピンを放棄。東清鉄道沿いに北西へ百キロ後退し陣地を設営せよ。以上です」
「あの退却将軍に総司令官の座を渡せ、しかもハルピンを放棄しろというのか!」
日本軍を満州への奥地へ引きつけヨーロッパの増援を得て反撃という消極的な方針にリネウィッチ大将は前から不満だった。
戦いが上手くいっていなかったこともあり幾度もサンクトペテロブルクへ攻勢を嘆願したほどだ。
奉天での敗北の後、総司令官を交代したのはリネウィッチ自身の意見が受け入れられたからだと考えている。
そして、大韓帝国の反乱による混乱に付け入り、進撃し日本軍を押し返すことに成功した。
無線による偽の命令を受け引っかかり、二個軍が壊滅したのは、痛恨だ。
忌々しい日本軍に再び鉄槌を下してやりたかった。
だが、戦力は足りなく、長春での戦いで更に減っている。
何とかハルピンを守り抜き反撃の機会を得たいと思っていた。
なのに退却命令が出てしまった。
「ハルピンがどれほど重要なのか分かっていらっしゃるのか」
ハルピンは東清鉄道の分岐点であり、ロシア本国から伸びてきた鉄道がウラジオストックと旅順方面へ分かれる重要な場所だ。
開戦初期は、日本軍の動向が分からず――満州へ行くのか沿海州へ行くのか不明だったため、どちらへも兵力を派遣出来るよう軍の集結地点として指定された。
その分、物資の集積も膨大。
ハルピンを奪われたら、この戦争におけるロシア満州軍の戦争遂行能力は消失する。
これまで何度も退却しても軍を維持出来た理由はハルピンに集積された物資のお陰だ。
その物資が無くなるのは危険すぎる。
「ハルピンを死守する」
日本軍を食い止めるためにも、これ以上撤退したくないリネウィッチ大将は死守を選択した。
「しかし、退却命令が」
「戦場では君命に従わざる時がある。ここで負けられるか。直ちに陣地の構築を行い日本軍を迎え撃つ」
リネウィッチ大将が命じたが、直後にクロパトキンが前線から後退してきて総司令官交代と新たな命令を聞くと共にリネウィッチ大将が独断で下したハルピン死守の命令に驚いた。
「馬鹿なことを言うな。命令に従うんだ」
「臆病者の指図は受けない」
「ハルピンの死守など危険だ。最早戦略上の価値はない」
ハルピンから分岐する先、旅順もウラジオストックも既に日本軍の手に落ちている。
片方だけでも残っていれば補給の為に必要であり死守の必要性があったが、両方落とされていては、意味はない。
「ゲオルギー殿下、新たな極東総督のご命令に従い、直ちに撤退し新たな陣地を構築すべきだ」
「これ以上日本の増長を許すわけにはいかない。ハルピンで死守するべきだ!」
クロパトキンとリネウィッチの口論は激しさを増した。
二個軍が壊滅した後、撤退戦をやり遂げ指揮能力を見せ再び総司令官に返り咲いたクロパトキンだが、奉天までの敗戦が響いており、指揮能力に懐疑的な者は多い。
一方のリネウィッチも日本軍に唯一大勝した実績があるが、営口と先の長春での大敗がある。
二個軍が壊滅したのも日本軍による謀略のためという意見が多く、リネウィッチ大将を擁護する声があった。
そのため、撤退か死守か、クロパトキンかリネウィッチか、でロシア軍の内部は二分された。
「日本軍が迫っている。時間の猶予がない。第一軍は直ちに極東総督が指示した箇所に防御陣地を構築する。兵を無駄死にさせたくはない」
「臆病者は逃げてしまえ、私は日本軍を食い止め反撃するためにも真の精鋭と共にハルピンに残る」
結果、リネウィッチ大将に従う部隊はハルピンを死守し、クロパトキンを支持する部隊は交代して行き新たな陣地の構築へ向かった。
この状況で、ハルピンに残ったロシア軍は日本軍を迎え撃つことになった。
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