ゲオルギー極東総督就任

「ここまで敗北しては収拾するのに皇族が出向かなくてはならないでしょう」


 ゲオルギーが自ら極東総督就任を進言したことに驚くニコライ二世にゲオルギーは淡々と理由を説明する。


「勝てるのか」


「既に勝敗を言っている時期ではありません。戦争を終結させなければ、ロシア帝国は崩壊するでしょう」


 再び敗北の報が流れており、ロシア国民には強い厭戦気分が流れている。今は反撃ではなく、


「だが、お前はロマノフ王朝の一員だ。失敗はロマノフ王朝の傷になる」


「ロシアは既に窮地に陥っております。ここで王朝の一員が前に出なくてはロシア国民は失望します」


 度重なる敗報にロシア国民の動揺が広がっていた。

 勝利の報に一時は落ち着くがすぐに敗報がやって来て、意気消沈している。

 しかも、毒ガスの使用で欧米各国がロシアを非難しており、外国と関係のあるロシアの中産階級や知識人の間では反戦運動が盛り上がり始めている。

 ロマノフ王朝打倒を声高に謳う勢力も出てきており、内乱寸前の状態であった。


「どうか、賢明な判断を」


「……分かった。ゲオルギー。お前に頼む。だがサンクトペテロブルクはどうするのだ」


「叔父のニコライ大公を皇帝代理として纏めるのがよろしいでしょう。ニコライ大公ならば国内を纏められます」


「分かった。頼むとしよう」


「ありがとうございます。全身全霊を以て、職務にあたります」




「殿下、おめでとうございます」


 ゲオルギーが極東総督、極東の全権、軍事、外交も司る立場になった事をウィッテは喜び祝った。


「これで戦争が終わりますね」


「ああ、だが、困難だ」


「と、いいますと」


「一度ロシアが勝利しなければ、ダメだろう」


「何故ですか」


「この戦争でのロシアの汚名が多く、国内も度重なる敗戦に動揺している。ここで一度華々しい勝利を収めなければ、国内の求心力を得ることは出来ない」


 ロシアは大国だ。

 そのため中心に強い求心力が必要だ。

 これまで様々な脅威にさらされてきただけに、帝国が強大でなければ自らを守って貰えない、帝国内に留まる必要は無いと考える人間は多くなる。

 そうなれば帝国は分裂して仕舞う。

 既に革命の機運は高まっており、各地で独立勢力が生まれそうな状況だ。

 ここは日本に、一度勝利を収めて帝国への求心力を復活させたい。


「しかし、日本との戦争を続けるのは無理です。そもそも勝てるのでしょうか」


「勝てる場所で勝つだけだ。方法は考えてある」


「どのような方法でしょうか?」


「敵が限界を超えて進撃してきたところを叩く」


「上手くいくのですか?」


「方法は考えてある。それよりウィッテは日本側と接触してくれ。講和の為の交渉ルートを確保して欲しい」


「しかし、戦っている間に交渉が出来るでしょうか」


「毒ガスの事で話し合うという事にすれば良い。今後、毒ガスを双方使用しない、と持ち出せば向こうも話を聞くだろう。その時、講和を切り出して交渉を重ねてくれ。ポーツマスでの講和案をたたき台に、修正を加えてだ。さらなる譲歩が必要になるだろうが、ロシアの領土割譲は最小限に、賠償金も可能な限り抑えてくれ」


「上手くいくかどうか不明ですが」


「なに、東清鉄道の利権を手放すと伝えれば向こうは飲むはずだ」


「宜しいのでしょうか?」


「中国国内の鉄道線だし、いずれ帝国領内を通る区間が完成する。渡しても問題はない。それを切り札に交渉を進めてくれ。交渉場所は任せる。英国かフランス、多分中立国のオランダのハーグあたりになるだろう。叔父上、ニコライ大公には陛下を抑えて貰う」


 ビョルケ密約のように勝手に条約を結ぶ可能性がある。

 なのでニコライ大公に見張り役を頼む。

 もっとも、この状況でロシアと同盟を結ぼうなどという列強などいないだろうが。


「分かりました。全身全霊を以て交渉にあたらせてもらいます。しかしニコライ大公だけで国内を纏められるでしょうか? ニコライ大公はお優しい方なので人気は高いのですが……」


 ウィッテは言葉を濁した。

 革命騒ぎでストライキは勿論、暴動や武装反乱が起きている。

 強硬な対応が必要な場面であり、気の優しいニコライ大公が行える事ではない。

 そしてこれ以上、ロマノフ王朝がロシア国民の血を流すならば帝国は分裂して仕舞う可能性が高い。


「勿論、考えている。サラトフ県知事ストイルピンを内務大臣に任命する」


「あのストイルピンですか」


 ウィッテは唸った。

 辺境の知事だが、革命の弾圧と民衆の慰撫、両方を巧みに使いサラトフ県の治安を回復した若手の凄腕だ。

 強権を振るうのに躊躇いがなく、適度に抑える事も出来る。

 信頼出来る人選だった。


「ああ、私が極東に行く間託せるのは彼だけだろう」


「まさか殿下、前線に」


「極東総督だ。極東に行かねば職務を遂行出来ないだろう。それに前線との意思疎通が出来なければ、瓦解する」


「しかし、危険です。もし、殿下に戦死されたら帝国は」


「このままでは帝国は内部崩壊して王朝もなくなってしまう。ならば戦場で散ったとしても同じ事だ」


「……ご武運をお祈りします」


「いや、運はウィッテ、貴殿に必要だ。講和の下地を作れるのは君だけだ。私には勝てる可能性が残っているのだから」


 ゲオルギーの言葉をウィッテは場を和ませる冗談だと思った。

 だがゲオルギーは、本気だった。

 奥の手を残していたからだ。

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