塩大澳上陸作戦
「本当に大丈夫なのか」
遼東半島の先端近く塩大澳に上陸すると聞かされた時、吉良は驚いた。
第一軍から遠く離れており、援護して貰えない。
上陸地点付近に敵は居ないし、第一軍に掛かりきりで対応できないだろうと説明は受けていた。
それでも心配だが下士官でしかない吉良に作戦に関してあれこれ言う資格は無くは命令とあらば、従うしか無い。
不味いと思っても上陸するしかない。
しかし、不安は別のところにもあった。
「沈まないだろうな」
甲板の上から海面を見下ろした吉良軍曹は呟いた。
浮かんでいるのは先ほどデリックを使って海面に下ろされた甲板に乗っていたおかしな機材、船だった。
上は鉄板で四角く、下は一見船だが先端がY字に枝分かれてしている。
通常の船とは全く違う形だけに不安だった。
それに乗り込むのはすごく不安だ。
船の側面に下ろされた網を使って降りるのだ。
他に降り方がないので仕方ないが、二十キロもの装備を担いだまま不安定な網を掴んで降りるのは難しい。
だが何時までも逡巡してはいられない。
部下達を率いる立場として吉良軍曹には降りるという選択肢しかなかった。
「続け!」
大声で命令すると吉良は網を掴んで上半身を安定させ、脚を使って徐々に降りていく。
最後まで降りて揚陸用舟艇あるいは大発動艇と呼ばれる船の上に乗る。
貨客船に比べ著しく小さいため揺れが激しいが、我慢するしか無い。
降りてきた部下を、並ばせ全員が乗れるようにする。
全員降りてきたところで、発動艇が船から離れた。
陸上に向かって走って行く。
「凄い」
大型発動艇――通称大発。
沖合の船から高速で、浜辺まで移動し着眼上陸させるため鯉之助が作り上げた船だ。
日清戦争の時、遼東半島へ上陸したときはカッターを使ったが、大阪大学工学部の教員と学生が作ったエンジン製造会社に作らせたエンジンを搭載して動くため、漕ぐ必要が無く、漕ぐより早く進める。
数ノットしか出せないとの事だが、カッターに比べれば断然早く、しかも漕ぐ必要が無いので疲れない。
非常にありがたい装備だ。
大発動艇の詳細はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16816700428609473412/episodes/16816927861490829343
驚いている間にに浜辺に到達する。
浜辺の手前で艇尾の錨を降ろし、さらに前進。
着底すると前の渡し板が下ろされた。
「降りろ!」
命令と共に軍曹は渡し板を使い波打ち際へ降りていく。
腰まで浸かりながらも浜辺へ向かって歩いて行き、上陸。
簡単なものだった。
上陸し周囲を警戒する。
周囲に敵がいないことを確認すると吉良は命じた。
「火をおこせ。服を乾かすんだ」
濡れたままだと体力を消耗する。急いで薪を集めさせ、海水で濡れた服を乾かす。
その間に大発動艇が渡し板を引き上げ、錨を巻き上げ後進していく。
すぐに沖合に出ると反転し再び船に戻っていった。
「あっという間だな」
上陸にかかる時間が短くて済む。一時間もしないうちに後続がやってきて上陸した。
物資を上陸するときは、大発動艇に物資を積み込んだ馬車を載せて上陸地点に置いてある板の上を走らせて陸揚げし時間を短縮した。
「前進だ!」
後続と物資が上陸したことで上陸地点を確保したと考えた連隊司令部は部隊に前進を命令した。
吉良軍曹達も小隊長の指示に従い西に向かって歩く。
思ったより早く進めることに吉良軍曹は時代の移り変わりを感じ少しはマシな戦争になると思った。
ただ出来ればあの便利な大発動艇とかいう船には、もう少し簡単に乗れるようにして欲しい。
と、思っていると前方から銃声が聞こえた。
「伏せろ!」
銃弾が後方へ飛んでいく音がした。
ロシア軍が待ち構えたようだ。
「分隊散開! 匍匐前進で敵に接近しろ!」
敵がいないはずだったが、やはり警戒のための部隊がいたようだ。
稜線沿いに展開し、銃撃を浴びせてくる。
「結構な部隊がいるようだな」
敵兵は殆どいない話だったが、敵も警戒していたようだ。
銃撃されて吉良達は身動きが取れなくなる。
だが、吉良達の側面を砂塵を巻き上げて進む部隊があった。
「騎兵か」
第二軍に配属された騎兵第二旅団だった。
彼らはすぐさま下馬すると装備していた騎兵砲で敵の陣地を砲撃し、撃破した。
「すごいな」
陣地が吹き飛び、敵の反撃が無くなった。
さらに後方から味方の大部隊、一個大隊がやってきた。
迅速に上陸できたためすぐに追いついてくれたようだ。
「突撃!」
機会を逃さず、吉良達の中隊は突撃が命令されて全部隊が突撃した。
吉良達も立ち上がり、敵兵に向かって突撃する。
日本軍の攻撃の前にロシア兵は戦意を喪失し両手を挙げて降伏した。
「なんとかなったな」
陣地を制圧した吉良は騎兵に感謝を伝えようとした。
だが騎兵達は陣地が制圧されると再び乗馬して進撃を再開した。
「なんて早さだ。何処へ行くんだ」
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