第四部 遼東半島の戦い

ロシア軍の状況

「日本の第一軍の進撃は止まりません」


 遼陽のロシア満州軍司令部は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 日本の第一軍を天然の防壁である鴨緑江で止められず進撃を許してしまった。

 山岳部で止めようにも第一軍の兵力は圧倒的であり、食い止めるのは難しい。

 防衛拠点にしようとした鳳凰城も陥落し、後退に次ぐ後退だ。


「戦略を練り直さなければ」


 クロパトキンは地図を見ながら計画の再構築を考えた。

 日本軍の攻勢が強い場合、現状を維持し本国の増援を得た上で朝鮮半島へ侵攻するのがロシア軍の考えだった。

 だが、それは日本軍が朝鮮半島南部しか確保できないのが前提条件だった。

 半島北部へは海軍の太平洋艦隊が制海権を確保し日本軍の輸送を妨げるため不可能、とされていた。

 だが、開戦劈頭における旅順への奇襲攻撃でロシア太平洋艦隊は撃破され、旅順へ逃げ込み日本の連合艦隊に封鎖されてしまった。

 ウラジオストック艦隊は結氷で出撃できなかったが日本軍の封鎖も遅れてその隙に出撃していたが、日本軍の交通線である対馬海峡への襲撃に失敗していた。

 駆逐艦による日本海沿岸部への襲撃を繰り返すだけで日本軍の移動、とくに遼東半島がある黄海側への妨害は出来ていない。

 そのため日本軍が朝鮮半島北部へ進出することを許し、満州への侵入も許してしまっていた。


「なんとしても時間を稼がねば」


 ヨーロッパから来る援軍到着まで日本軍の攻撃をできる限り抑え込む。

 これがクロパトキンの目下の方針だった。


「東部支隊に増援を送り、山岳部に防御陣地を建設せよ」


 幸い第一軍だけならば、朝鮮半島の付け根にある山岳地帯であり、少数の兵でも防御陣地を作り上げれば、なんとか対処可能だ。


「問題なのは日本本土を出航した第二軍だ」


 第一軍と同等かそれ以上の軍勢である第二軍。

 日本国内で船団に乗り込んだ、という情報のは本当らしい。

 十万もの軍隊の移動を隠すことなど不可能だ。

 中立国、特に親露的なフランスからの情報が役に立っている。各地のフランス領事館から送られてくる船の出航情報から第二軍が日本本土を出航し集結しているのは確実だ。

 だが何処へ向かうのか分からない。通常なら何処か港湾設備の整った港か静かな泊地に入るはずだ。

 だが、朝鮮半島のいずこにも上陸した様子はない。

 鴨緑江渡河作戦と共に鴨緑江の河口に上陸すると考えていた。

 しかし、その兆候は未だにない。


「まさか遼東半島へ直接上陸するつもりか」


 クロパトキンは背筋が凍った。

 不可能と思いたいが旅順の太平洋艦隊が出撃できず黄海の制海権を日本軍が握っている状態では不可能な作戦ではない。


「連中なら何処に上陸する」


 遼東半島の南岸、大連近辺、北岸、営口、山海関。

 いずれもあり得る。

 海ならば船に乗れば何処にでも行けるからだ。


「沿岸部各地の監視を強化する以外にないか」


 上陸中の大軍は非常に脆く攻撃しやすい。逆に上陸を終えられたら、強大な敵を相手にすることになる。

 早期発見して攻撃しなければ、劣勢になる。


「上陸が行われ次第、上陸地点へ増援を送って態勢不利な状況で叩くしかない」


 幸いにして遼東半島の北岸にはハルピンと旅順を結ぶ北清鉄道の支線が通っており、兵力を迅速に移動させる事が出来る。

 発見報告があればすぐに部隊を鉄道に乗せて急行させることが出来る。

 クロパトキンはそう考えていた。


「遼東半島に部隊を展開し、警戒線を作るのだ」


 早速参謀達に指示したが彼らは戸惑った。


「しかし、兵力が分散します」

「仕方ない、敵の早期発見が必要だ。見つけ次第鉄道で周辺に展開した部隊を迅速に移動させ集結、日本軍の迎撃に当たらせる。そのためにも早期に上陸を発見する必要がある。直ちに配備しろ。上陸後の移動計画も合わせて立案しろ」

「了解」


 参謀達は早速、実施計画を立案し始め部隊に命令を通達する。


「だが広すぎる」


 問題だったのは監視するための海岸線が広すぎることだ。

 遼東半島全域と渤海沿岸、全長六百キロの海岸線をどうやって監視するかという事だ。

 参謀が指摘したとおり、あまりにも長い海岸線に部隊を貼り付けるには兵力が少なすぎる。

 だが、上陸中の好機を見逃さないように監視は強化しなければならない。


「だが十万、船で出ているだけでも五万の大軍だ。これが上陸するには数日、下手をすれば一週間かかるはず」


 それでも防御側のロシア軍は鉄道がある分、迅速に上陸地点へ急行できるとクロパトキンは考えていた。

 港湾のない箇所へ上陸するには船から浜へボートで移動する必要があり、時間がかかる。

 上陸開始を確認し素早く部隊を移動し攻撃させれば、無防備な上陸部隊を一方的に攻撃し、第二軍を撃退できるとクロパトキンは判断していた。

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