山田式飛行船

「機関正常、万事異常なし」


山田猪三郎は船体から突き出たブリッジで自らの飛行船、山田式飛行船三号の状況に満足していた。

 和歌山藩士の家に生まれた山田はノルマントン号遭難事件で多数の遭難者が出たことに衝撃を受け救命具の開発を志す。

 大阪へ行き外国人からゴムの性質や製造法を学び後に上京して救命具の製造を開始した。

 当初は資金が足りなくて苦労したが海援隊の資金援助を受け、救命具の製造メーカーを作り上げる。

 海援隊は海での生活を生業とするため、いつ船から脱出する事になるか分からず、備えが必要だった。万が一の事故の時、隊士や隊員の命を救う救命具の開発は喫緊の課題だった。

 だから山田の救命具は非常に良かった。

 山田の開発した救命具は海援隊に大量に導入され、陸軍からも救命具のゴムを使った気球の製造を依頼されるまでになり彼の会社は大きくなる。

 それだけでも十分な功績だったが一九〇〇年に彼は更に躍進する製品開発に乗り出す。

 ヴュルテンベルク王国のとある騎兵将校がアメリカ南北戦争へ観戦武官として赴いた際、気球隊の活躍が印象に残り以後独自に研究を重ねた。

 やがて飛行船の存在を知り、更に研究を磨きをかけるが頑固な性格が災いしたためか、職務の瑕疵を理由に退役を余儀なくされた。

 しかし、この退役騎兵将校ツェッペリン伯爵の真価はここから発揮される。

 退役により時間が出来た彼はその情熱をすべて飛行船に注ぎ込んだのだ。

 彼は実用飛行船の試作を開始し、ツェッペリンの構想は形になりつつあったが、資金不足に泣き、製作は遅々として進まなかった。

 そこに援助を申し込んだのが海援隊の鯉之助だった。

 鯉之助は資金援助を申し込みツェッペリンに飛行船振興会社を立ち上げさせ、資本金を提供した。

 勿論無料ではなく数々の条件や契約――完成したあかつきには海援隊に飛行船を製造する、製造権、東洋における販売権を海援隊に与える約束を付けてのことだ。

 これは広い大洋とその沿岸部を高速で、海から陸へ上がる必要の無い移動できる手段を海援隊と鯉之助が欲していたからだ。

 陸上海上に関係なく空を飛んで大量輸送できる飛行船計画は魅力的であり、是非とも導入したいと考えていた。

 資金を得たツェッペリンは飛行船を制作。

 多大な困難に見舞われるも一九〇〇年に初の飛行船LZ1を完成させ初飛行させた。

 その後試作機を製造し、技術を高めると商業飛行を始めた。

 これは大当たりして飛行船の需要が広がり、製造数が増えていく。

 そして、この技術は海援隊を通じて日本に持ち込まれる。

 資本金を出したときの条件を早速行使し、ツェッペリンより日本での製造工場建設と製造権、販売権などを得ていたのだ。

 鯉之助はゴムに詳しい山田猪三郎に飛行船建造を依頼。

 陸軍の気球製造の依頼を受け完成させていた猪三郎は快く承諾した。

 早速、霞ヶ浦にドイツで作らせた資材を元に飛行船工場建設され、ドイツで製造された部品を輸入組み立てることで飛行船製造を開始。

 その後は各種部品の国産化に成功し、それを山田式硬式飛行船と命名した。

 一号と二号は試験用として製造されたが、三号は商用飛行、東京と大阪を結ぶ航路に投入された。

 平均時速三〇キロしか出せず一二時間も掛かるが、当時の大阪行き夜行寝台列車と同じ所要時間であり、なにより空を飛べるところが画期的で人気となった。

 新興国日本の実力が高くなったことを証明する象徴としても好まれ、飛行船は満員となった。

 商業飛行の成功により海援隊と海龍商会は更に多くの飛行船を建造し、大阪から福岡を経由して釜山から北京へ、あるいは東シナ海を横断して上海へ行くルート開設が予定されていた。

 しかし、日露開戦により飛行船事業は中断し、所属する飛行船は軍用として徴収されることになる。

 ただ海援隊は鯉之助指導の下、飛行船の軍事利用を考えており、係留装備を取り付けた飛行船母船筑紫丸を作り支援に当たらせた。

 その筑紫丸は安全の確保された大連港へ進出し山田式硬式飛行船三号の受け入れ、この日実戦投入した。

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