陣地戦
「兄者、進撃は順調でごわす」
増援を得た第三軍は旅順への進撃を再開した。
要塞の外に出てきたロシア軍へ樺太師団と第三軍主力が攻撃を仕掛け、拘束。
背後に海兵師団を上陸させて分断殲滅する作戦を展開していた。
不用意に要塞から出てきたロシア軍は多くが包囲され降伏。
第三軍は要塞近くまで達した。
各部隊の司令部も前進し総攻撃の準備を始めていた。
「しかし、準備できるのでごわすか兄者」
隆行が尋ねてきた。
準備に時間が掛かるのが攻城戦だ。本格的な近代攻城戦を日本は経験しておらず誰も知らない。
どれだけのことをすれば良いのか分からない。
「セオリー通りに進むしかない。樺太での戦いのようにやるだけだ」
樺太で陣地攻略戦を経験しただけに海援隊とその指揮下にあった人間は陣地戦に慣れている。
「お前達以外にできないのなら誰ができるんだ」
近代要塞相手にも十分に善戦できると鯉之助は考えている。
乃木大将が日清戦争で旅順要塞を一日で落としているが、士気の低い清相手では比較できない。
樺太の部隊――海援隊関係の部隊以外にできないのであれば日本でできる部隊はいないと言って良いだろう。
「ありがたい言葉でごわす兄者。しかし、情報が少ないでごわす。せめてもう少し敵の位置、大砲の位置が分かるのであれば」
ロシア軍は山の反対側に大砲を配備していた。しかも一部は堡塁の中に引っ込み隠すことが出来る仕組みのため、発見するのに苦労していた。
「そちらは大丈夫だ。何とかする。あと良い物を渡しておく」
そう言って渡されたものを見て、全員が目を見開いた。
「被害が続出しているだと」
防御指揮官として前線を回っていたコンドラチェンコ少将は、部下の報告に顔をしかめた。
「はい、少しでも顔を上げると狙撃されます」
頭や顔を狙撃された兵士が包帯所――陣地内の負傷兵収容所には大勢いた。
「連中の銃は結構飛びます。こちらも狙撃はしていますが、向こうも打ち返してきます」
通常歩兵が戦闘を行う距離は三〇〇メートルから五〇〇メートルとされている。
小銃の有効射程は一〇〇〇メートル前後とされているが、徴兵された兵士だとその距離で的に命中させるのは至難の業だ。
そのため、五〇〇メートル以下での銃撃戦が基本だった。
「連中の陣地までは一〇〇〇メートルはあるぞ」
しかし、日本軍、というより海兵師団は一キロ前後で狙撃していた。
少数精鋭のため、射撃の訓練が豊富に出来るのと、少人数で広い地域を制圧する必要があるからだ。また、上陸戦闘を基本としているため、上陸直後は戦闘で混乱し補給が来ないことを前提としているため、一発一発無駄撃ちすることなく討つように訓練されていたからだ。
「しかし日本の銃はそれほどの威力なのか」
「いえ、これはおそらく我々の銃です」
「なに」
部下が銃弾を見せた。
「狙撃で埋まり込んだ銃弾を掘り起こしたものです。我々使っているモシン・ナガンM1890です」
ロシア帝国が開発した名銃で改造を重ねながら一九五〇年代まで使われている。
第二次大戦でも多数が現役だった。
「連中の銃の口径は小さい六.五ミリですが我々の銃の口径は七.六二ミリ。大きい分威力が上ですが命中率は反動の少ない連中の方が良いです。日本軍は兵員への狙撃は命中させやすい自軍の銃を使い、砲の照準器などの装備は破壊力の大きいモシン・ナガンを使っているのでしょう」
「厄介だな」
小さい分威力は小さいため死ぬことは少ないので確実に負傷者が出るのは厄介だ。
死者は食べないが、負傷者は食料を食べる。他にも治療のための人員を割く必要がある。
かといって負傷者を放って置いたら、放置される負傷者を見て軍は負傷者を見捨てると思い士気が下がり、命令を拒否する人間が出てくる。
積極的な兵士が少なくなるのは避けなければならない。
「敵は徐々に迫ってきておりますが大丈夫なのでしょうか」
敵が攻城用の陣地構築を始めてから徐々掘り進めてきている。
まだ遠いが、いずれ自分たちの元へやってくるという恐怖が籠城しているロシア軍に広がっていた。
「擾乱射撃はやっているだろう」
攻城戦は陣地構築が主でその作業に時間が掛かる。そこへ砲撃を行うことで作業を中断させるのが守備側の作戦になる。
「射撃の観測のための機材、特にレンズが狙撃で破壊されています。こちらの観測機器の位置を把握しているようで」
「くっ、少しはやるようだな」
厄介な相手にコンドラチェンコ少将はいらだちを深めた。
敵の作業を妨害するために度々部隊を率いて出撃していたが、日本軍の防御線に配備された機関砲により撃退されている。
その損害は馬鹿にならず、スミルノフ中将から出撃を制限されてしまった。
積極果敢なコンドラチェンコ少将は、思うように動けずいらだちを強めていた。
「あれは何だ」
その時兵士が空を見上げて叫んだ。
釣られてコンドラチェンコ少将が上を見上げると目を点にして驚いた。
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