空中弾着観測
「写真の方はどうだ?」
「上手く撮れています」
ブリッジにいた山田が後方の写真室で撮影している部下が答えた。
上空からそれも真上からはすべてが丸見えだ。写真を撮るだけで、敵の位置が手に取るように分かる。
だがそのときガラスを叩く音がした。
「何でしょう」
「敵の銃撃だろうな」
高度一〇〇〇メートルを飛行中の飛行船を攻撃できる兵器はない。
そもそも高高度の飛行船を攻撃するための兵器など存在しない。
せいぜい小銃を上空に向けて撃つだけだが、上空へ向かうエネルギーを大量に使うため、命中してもガラスを破る破壊力も無かった。
「さてと、やらせてもらいますか。地図を用意しろ」
山田はマス目の書かれた地図を見て、真下の砲台の位置と地図の位置を確認する。
「り三二ぬ五四だな。通信士、伝えろ」
「了解」
無線機でモールス信号を送ってしばらくすると、沖合の戦艦が砲撃を行った。
「外れたな。北へ二〇〇、西へ一〇〇と伝えろ」
「了解」
今度の砲撃は修正されて、命中した。
その後も飛行船は着弾観測を続け、沿岸の砲台や射程内にある要塞の砲台を海軍の艦艇が潰していった。
「攻撃は順調だな」
砲撃の様子を鯉之助は陸上から見て呟いた。
陸からの狙撃の他に、海上からの砲撃による堡塁破壊。
これで旅順要塞の戦闘力を低下させるのが目的だった。
「こんなに素晴らしいものがあるならはじめから投入されれば良かったのでは」
飛行船の活躍を見ていた黒井が意見を言う。
空から敵の要塞を偵察できるのであれば、投入した方が攻撃は順調に進んだはず。
いや第一回総攻撃のとき投入していれば失敗など無かったはずだ。
「天候が安定しませんでした。あの大きさですから風に流されやすいんです」
開発されたばかりの飛行船は軽量高出力のガソリン機関が無いため出力が弱くて風に流されやすい。
時速三十キロしか出ないのも、出力が低いからだ。
高性能のエンジンが出来れば、ヒンデンブルク号のように時速一三〇キロ以上で飛べるだろう。
だが、エンジンの技術が未熟では仕方が無い。
「これからはさらに大きな飛行船が必要ですね。嵐にも強い飛行船が洋上監視が行えます」
「ええ、ですがもっと良い物が用意されています」
十年前の日清戦争の時、第五師団への連絡任務中、体調を崩して野戦病院に入った時、担当となった衛生卒が自分が考案した飛行器の事を話していたので、面白そうだから資金援助してやった。動力源である小型高出力のエンジン開発が困難だったが、五年後に自ら作り上げ飛ばした。
以降も飛行実験を続け、改良を重ねている。
だが、未だに飛行船を超える性能を発揮していない。戦場に持ってきたら、あっという間に撃墜されてしまう。
なので、飛行器は投入できず、飛行船にしている。
だがいずれ実用的な飛行器が完成すれば、好きなように大空を飛び敵を見つけたり爆弾を落とす事ができるようになるだろう。
大空に対する夢を膨らませた鯉之助だったが、現実の状況は悪化しつつあった。
「まずいな、風が強くなってきている」
風向きを見ていた鯉之助は顔をしかめた。
大陸からの高気圧と太平洋からの高気圧がぶつかりやすい時期だ。
真冬の寒気が緩む時期を狙い、気候が安定し飛行船を安全に動かせると考えていたのだが裏目に出てしまったようだ。
「飛行船に撤収命令を出すんだ」
通信士が鯉之助の命令を伝えた。
すると、飛行船は船体から爆弾を落として軽くすると撤収していった。
「爆撃も狙っていたとはね」
砲弾を改造した爆弾を搭載して投下する計画はあったが、命中精度が悪く観測のみにしておいたのだが飛行船隊は独自に実行したようだ。
飛行船は鯉之助達の上空を通過して母船のある大連へ戻っていった。
「今後は観測は出来ませんか」
「これ以上は不可能ですね。風が強すぎる。今の飛行船だとこの強い風の中飛べない」
エンジンが非力すぎて風に逆らって飛べないのだ。
完成したばかりで関連技術が弱くん港に影響されやすい。
実用化には未だ未だハードルが高かった。
「だが、今回は十分な成果を上げてくれたはずだ。敵の砲台の位置は分かるぞ」
鯉之助の呟き通りだった。
その夜、現像されたロシア軍陣地の写真がもたらされた。
この写真を元に射撃計画が練られることになる。
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