海龍財団と海龍賞

「本当に物語の主人公と王女様だな」


 二人のなれそめを聞いたマーカスは素直に感想を言った。


「そのまま行けばハワイの王様になったんじゃないのか」

「海援隊から離れたくなかったんだよ」


 ハワイの王族というのは良いかもしれないが、日露戦争で日本が楽勝になれるよう転生して駆け回った鯉之助にしてみれば、一人南国に逃げることなど出来ない。

 海援隊から離脱せず残るのは当然だった。


「だがハワイの事は蔑ろにはしていないよ」


 いずれ起こる日露戦争に参陣するためにもカイラウニと結婚した後も鯉之助は海援隊を退役する事はなかったが、ハワイのために尽力した。

 例えば、死の商人と言われ始めた海龍商会のイメージ向上のために、人類に貢献した人に賞を与える事を鯉之助が提唱して海龍賞と運営する海龍財団が生まれる。

 平和、化学、物理、医学、生物、地学、数学、文学、文化研究の各分野が設定され、年に一度太平洋の中心、ハワイで授賞式を行う。

 ノーベル賞を参考に作り上げた組織だが、鯉之助のメタ情報もあり運用開始は海龍賞のほうが早い。

 ノーベル賞の欠点を改善しており海龍賞の方が優れていると鯉之助は思っている。

 科学には数学が必要だがノーベル賞には数学分野が無い事から海龍賞には数学賞が作られている。

 また、太平洋の文化を、欧米諸国へ広報するために作ったこともあり文学、生物、地学、文化研究の各賞が作られて環太平洋の地域を対象にした研究への受賞が多い。

 また、公衆衛生向上のために医学賞が設けられている。

 第一回医学賞では栄養説に基づく脚気治療の成果に対して日本海軍の軍医高木兼寛に与えられている。

 これには細菌説を唱える陸軍軍医の森林太郎から反対の声が上がったが、無視して受賞させた。

 高木の脚気治療は海龍賞によって権威を与えられて広まり、脚気の治療予防に役に立っている。

 日露戦争中史実では二〇万以上の脚気患者が出て多二万七〇〇〇名以上が戦病死したが、脚気予防が広がった現在のところ、脚気患者の数は少ない。

 戦後、農芸科学者の鈴木梅太郎がビタミンを発見し、栄養説が証明されると、権威はますますたかまり、鈴木にも化学賞が贈られている。

 このように多くの研究を顕彰しているが更に重要なのはこの賞が運営されることによる成果だ。

 選定過程で海龍団体へ優秀な論文が世界中から送られてくることにより、それを元に新たな投資対象にしたり知見をもたらしてくれる事も期待している。

 外交に関しても海援隊や日本に好意的な人物に与えられる事が多く、第一回平和賞受賞者はハワイ王国を元に戻したクリーブランド大統領に与えられた。

 他にも文学作家としてシートン動物記のシートン、昆虫記のファーブルにも送られている。


「南方熊楠様にも送られていますね」

「ああ」


 鯉之助は微妙な顔をしながら答えた。

 「ハワイの博物学」というハワイ王国を救った論文を執筆した功績により受賞させたが、予備門時代の奇人ぶりとその洗礼を受けた鯉之助は素直に喜べなかった。

 反芻胃を持つ熊楠は胃の内容物を自由に吐き出すことが出来るため、喧嘩の時など突然、吐き出し相手機に吐瀉物を浴びせて怯ませる事で優位に戦っていた。

 予備門時代もこの癖は抜けず口論となった時不利になると、突然吐き出して、鯉之助は勿論、真之と子規も被害に遭った。

 だが、だからといって突き放すことも出来なかった。


「海龍賞の権威は高まるばかりですね。有名人が多い」

「ははは」


 マーカスの賞賛に鯉之助は苦笑いした。


「だが、それだけじゃないだろう。他にもアメリカが手出しできないように色々しているんじゃないのか?」

「勿論だ。アメリカが出てこないように他にも手を打っている」


 ハワイは太平洋上の重要な戦略拠点であり、一度手に入れられなかったからといって諦めるようなアメリカではない。

 クリーブランド大統領の間は無事だろうが、代替わりすればまたハワイを狙ってくるだろう。

 そこで、鯉之助は様々な手を打っていた。

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