講和予備交渉
龍馬とウィッテがハーグに集ったのは表向きガス戦中止の話し合いだが、実際は講和交渉を詰めるためだ。
「交渉の下敷きはポーツマスの延長上で良いと思うんじゃが」
「同意します」
双方、自分たちが締結寸前まで話し合った内容であり、同意していた。
ニコライ二世の横やりにより、破綻したが、内容そのものは日露両国の譲れない部分と妥協点を記してあった上、合意がとれていた。
「進出域の扱いをどうするか決めなければならんあいじゃきに」
「ですな」
ウィッテは渋い顔をしながら言う。
日本軍の反撃によりロシア満州軍は壊滅的な打撃を受けた。
兵力は半減以下、百万を超える日本軍に対抗出来るような状況ではない。
何とか立て直し、反撃しようとしているが、望み薄だ。
可能性がゼロでないのは、線上が海から遠く離れた大陸の内陸部、日本軍の限界線に近い位置にいるため、日本軍が前線へ兵力を送り込む事が、補給が難しいからだ。
そこでようやく戦力の均衡がとれている状況なのだ。
「日本軍の進出線を新たな境界として認めて貰いたい」
「概ね、同意しますが、沿海州の返還には、同意して貰いたい」
「勿論じゃきに。じゃが、ウラジオストックは占領したので我らのものとして貰いたいじゃきに」
「ウラジオストックですか」
ウィッテは渋い顔をした。
ウラジオストックは、冬に凍結するとはいえ、ロシアの太平洋の港である。
そこを抑えられるとロシアの海洋進出、貿易が出来なくなる。
「他にもニコラフエスクも」
「アムール川の河口もですか」
ロシアにおいて重要な物流網は河川だ。
鉄道が目新しいが、川を使っての移動がロシアの重要な移動経路だ。
ドニエプロ川やドン川などの大河を船が行き交い、時に外洋航行可能な船が通り、海を越えて交易する事が出来る。
アムール川も凍結するが、船の交通路として重要だ。
いや、冬でも重要だ。
凍結した川の上をソリで走れば、船ほどではないが行き来が出来る。
広大なシベリアを鉄道が開通する前にロシアが横断出来たのは河川を利用したからだ。
勿論、鉄道は重要だ。
川の流れを気にせず建設して、一度作れば大量に輸送出来るのだから。
だが、川も重要であり、特に海に通じる河口を確保出来るかどうかは、ロシアにとって死活問題だ。
「ウラジオストックはよしとしてアムール川だけでも返還して貰いたい」
朝鮮半島に近いウラジオストックは日本が陥落させた上、半島の付け根にあるため日本も譲らないだろう。
だから、アムール川だけでも確保しようと考えた。
ポーツマスで講和していれば、ウラジオストックは健在だったのだからこのような交渉はせずに済んだのに、とんだとばっちりだった。
「しかし、間宮海峡で対立しているしのう」
「タタール海峡ですか」
二度の樺太戦争を戦い抜いた龍馬、いや海援隊にとって本拠地である樺太は重要だし、その対岸の沿海州は明確な敵だ。
是非とも確保したいと考えている。
その辺の事情はウィッテも知っており要求してくると予想していていて、理解しているが到底受けれる事は出来ない
(ウィッテさんかなり動揺しておるようじゃのう)
動揺するウィッテを見て龍馬は内心で微笑んだ。
少し強気になっているが交渉を有利に進めるためのブラフだ。
もちろん やりすぎれば ロシア側が席を蹴ってしまう可能性は十分に高いので程々にしておく。今のところ日本が優位なので少しでも条件を有利にしたい。
だがやり過ぎない。
日本側も有利というわけではない。
「あまりにも過大な要件を出されてしまってはロシアは承服できません。戦争を継続する覚悟です」
ウィッテは毅然と述べる。
戦局が不利でも伝えるべき事は伝える。それにウィッテは決して愚かではない。
「これ以上の戦いが日本にはできますか」
龍馬は笑みのままだったが顔色が凍った。
既に日本は国力の限界に至っており、これ以上戦争が続けられないことを龍馬もウィッテも理解していた。
「じゃがロシアも内戦で大変じゃろう」
もちろん、ロシアも度重なる敗戦により内戦騒ぎが広がっていた。
なんとか収める努力をしているか、再びの敗戦に国民の動揺が激しく混乱と暴動はさらに増していた。
戦争終結を望む声はロシア国内でも日増しにに高まっており、どうにかすべきとウィッテは考えていた。
「アムール川河口も含めた返還を求めたい」
「では河口部分に日本への租借地を認めるというこどでどうじゃろうか?」
ロシアへの監視拠点として租借、土地を借り受けたいと申し込んだ。
「そういうことなら」
ウィッテとしても妥協するべきだと考えていた。
将来的な回収を考えれば問題ない。
それに日本との貿易が盛んになるのなら安いと思える。
「宜しいでしょう」
ウィッテも受け入れて交渉は順調に行くかと思われた。
だが、そこへハルピン会戦の結果が知らされてきた。
ロシア軍が半数の兵力を失うた上、撤退。
日本軍の大勝利だった。
「現地の殿下は大丈夫なのだろうか」
ウィッテは、現地に向かったゲオルギーが心配だった。
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