オランダ ハーグ

 ハーグはオランダ総督、ネーデルランド各州長官の長が統治したころから、オランダの行政府の中心となったオランダ第三の都市である。

 ネーデルランド連合王国時代はブリュッセルと持ち回りで首都となり、ベルギー独立後は、アムステルダムへ首都が移ったが、行政府は残り、今でも行政の中枢都市である。

 そのため古い町並みが並び、中世ヨーロッパ風の景色が広がる。

 二一世紀ならば異世界ものの町並みと言ったところであろうか。

 ゲームではプレーヤーの拠点であり、生活の場、そして平穏の象徴だが、この二〇世紀の時代においてハーグは平和の町だ。

 オランダ王国が永世中立を宣言しており、公正中立と見られやすく国際外交の時、交渉の地に選ばれやすい。

 1899年に万国平和会議がハーグで開催されたのをはじめ、様々な国際条約や交渉が行われたのも当然だった。

 そしてこの時も、外交交渉が行われようとしていた。


「お久しぶりです坂本龍馬閣下。再びお会い出来て嬉しいです」

「儂もうれしいじゃきにウィッテ閣下」


 約二ヶ月ぶりの再会を二人は喜んだ。


「日本から来るのは大変だったでしょう」

「総出もないじゃきに。太平洋からアメリカ大陸を横断して大西洋を渡ればすぐじゃきに」


 インド洋から快速船で行くコースもあるが、時間短縮のために、最短と思われるルートを取っていた。

 太平洋を軍艦が最大戦速で駆け抜け、ホノルル乗り換えで横断し大陸横断鉄道でアメリカ大陸の西海岸から東海岸へ。

 更に、大西洋を渡り、フランスからハーグまで列車で移動した。

 殆ど強行軍でやって来た。

 それだけ重要な会議だった。


「本会議は、あとにしますが、とりあえず戦場の県でお話を」

「予め決めてある通りで構いませんぞ」


 移動に一ヶ月近くもかかったが、その間、何もしなかったわけではない。

 日露両国とも無線で互いの状況や提案、交渉を行っており、議題と論点は詰められていた。


「戦場で使用された毒ガスの双方即時使用中止。ただし違反者に対する報復処置は良しとする」

「同意するじゃきに」


 満州で行われたガス戦は双方に甚大な被害をもたらした。

 特に、戦場後方へ飛行船でガス爆弾を投下されたロシア軍の損害は酷い。

 前線だけでなく軍隊の維持に必要な後方部隊がやられたため、軍の組織が瓦解している。

 圧倒的不利を見せつけられたロシアは、これ以上の損害を防ぐべく、ガスの使用禁止を申し込むほか無かった。

 日本としても、使用された場合の被害が前線に限定されるとしても、酷い損害であり、即時停止は望むところだった。


「軍事使用の為にガス兵器の開発を禁止したいじゃきに」


 そして鯉之助は更に一歩踏み込んで、化学兵器が発展しないよう、ロシアが保有しないように更に踏み込んだ内容にしようと目論んでいた。

 のちのち、世界中に広め、ガス戦を防ぐという狙いもあった。


「概ね同意しますが、相手が密かに開発していた時の場合の防御が出来なくなります」


 ウィッテは、防御のための研究としての開発を求めた。

 勿論密かに、研究しておきいざというとき、相手が使用した場合に増産する心づもりだ。また、今回の交渉が破綻した時、大量に保有するつもりだ。


「防御の研究を除いてお願いしたい。万が一使われた時の被害を抑える為に」

「その趣旨を認めることはやぶさかじゃないきに」


 ただ、建前としては立派だし、懸念はもっともだ。

 地下鉄サリン事件の時、自衛隊が効果的にサリンに対処出来たのは、サリンへの防御のためにサリンを扱ったことのある人材が大宮化学学校にいたからだ。

 防御のための備えは、日本にも必要であり、ここで強く禁止することは出来ない。


「それらは事務官などに任せて決めれば良いじゃきに。で、本題じゃが」

「ええ、勿論」


 龍馬の言葉にウィッテは重々しく頷いた。


「日露両国の講和を成し遂げる」

「勿論です」 

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