飛行船接触

 長距離射撃だと、発砲から着弾するまでに時間が掛かる。

 秒速千メートルという高初速でも二万メートル先なら、二〇秒後。

 しかも弾道は山なりのため更に飛翔距離は長くなり、空気抵抗によって弾のスピードも遅くなり、さらに時間が掛かる。

 どうあがいても遠すぎる。

 そのため、敵の未来位置を予測して発砲するのだが、発砲した直後に進路変更をされたら外れて仕舞う。


「暫く、このまま航行。次は右へ九〇度変針だ」

「了解」


 暫くして日本軍の試射が再び行われた。

 一度進路変更されたら、もう一度、データ取得のやり直しだ。

 砲撃して、位置を確認し修正する。


「右九〇度回頭」

「了解」


 だが、レーマンは砲撃が近づいた瞬間、回頭し、日本側の砲撃を外す。


「度重なる砲撃でも速度は落ちないな」


 時計を見ていたレーマンは驚嘆する。

 日本側の射撃速度、発砲の間隔を記録しているが、正確そのものだ。

 さぞかし優秀な砲術要員が訓練を重ね、腕を磨いてきたのだろう。

 お陰で、回避のタイミングを読みやすい。


「次は左、七〇度だ」


 再び回頭する。

 だが、今夏の回頭はタダの回頭ではない。龍飛崎方面へ針路を変更するための回頭だ。

 これまでと違う針路に日本側の混乱はますます大きくなった。

 ようやく修正が終わった直後、再びレーマンは回頭した。

 今度は、津軽海峡を抜け日本海へ突進する針路だ。


「左舷後方より上空から接近する物体あり!」

「何?」


 見張りの報告にレーマンをはじめ司令部の一同が艦橋の左ウィングに出て行き、後方を見る。

 すると八甲田の山並みをバックに接近する飛行物体があった。


「何だあれは。空を飛んでいるぞ」

「あれが、報告にあった飛行船か」


 旅順や主力からの報告で飛行船の存在は知っていたが眉唾物だった。

 しかし、直に見ると驚く。


「だが、対馬沖にいたのがここに来たのか」

「恐らく津軽に配備されていたものでしょう」

「確かにそれならあり得るな」


 レーマンは参謀長の言葉に同意したが、実際は対馬沖の飛行船がやって来たのだ。

 鬱陵島へ移動した飛行船母艦から補給を受けた飛行船は、丸一日かけて三沢にある淋代海岸に海援隊が北海道との連絡用として建設した飛行場へ移動。

 補給と整備が完了次第、太平洋上へ出撃したが、ロシア艦隊が予想より早く、海峡を通過したため、途中で反転。

 後ろから追いかけてきた。


「気にするな。それより艦隊に自由に回避するよう伝えろ」


 海峡の最狭部を通過したあとであり、自由に航行出来る余地がある。

 それに今まで敵は旗艦を狙っていたが、幾ら長距離砲でも有効射程から出つつある。

 手近な艦、後ろの方の艦を狙い撃ちにする可能性が高い。

 ならば、自由に逃げさせて避けさせた方が損害は少ないとレーマンは考えた。

 実際、レーマンの考えは正しく、日本側は、最後尾の艦を狙い始めた。


「気にするな、敵の最後のあがきだ。回避に専念。射程外に出たら陣形を再編成し、ウラジオストックへ向かう」


 津軽海峡要塞の射程外へ逃れたが、飛行船が追跡を続けていた。


「司令官、飛行船が電波を出しております」

「こちらに味方を誘導しているのか」


 追いかけてきている飛行船が通信で自分たちの位置を通報している。

 このままでは敵に位置を知られてしまう


「奴を振り切れないか」

「ダメです。奴の方が早いです」

「迎撃出来ないか。高角砲があるだろう」

「射程外です。命中させられません」

「くそっ」


 敵は手出し出来ない上空から此方を監視し、速力も早く振り切れない。

 しかも高い位置にいるから此方を遠方からでも監視できる。

 圧倒的な格差に、新たな技術の圧倒的な威力を前にレーマンは歯がみする。

 その時、インペラトール・ピョートル一世の通信長が伝える。


「司令官。意見具申」

「なんだ」

「電波妨害、此方も同じ電波を出して通信を妨害してみては」


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