津軽海峡要塞の砲撃
「何だ! 敵か!」
「周囲に艦影なし!」
「馬鹿なアレは戦艦クラス、最低でも装甲巡洋艦の主砲の砲撃だぞ」
更に一発が飛来し、今度は前方に水柱を上げる。
「何処だ敵は! 見張り! よく探せ!」
「落ち着くんだ参謀長。敵艦はいないよ」
「しかしアレは艦砲ですよ」
「だろうね。しかし、艦だけが搭載できる訳ではない」
「どういうことでしょう」
「陸上に据え付けられた要塞砲、あるいは旅順や奉天で使われた列車砲だろう」
レーマンの推測は正しかった。
砲撃してきたのは、津軽海峡要塞に配備された八インチ列車砲と予備の一二インチ砲を使った列車砲による砲撃だった。
「しかし、試射とはいえ、一発ずつとは。敵も案外、少ないのかもしれない」
レーマンの推測通り、日本側は対馬を決戦場としたため、列車砲も多くが対馬海峡周辺、朝鮮半島側にも配備されたため、津軽周辺に配備された数は少なかった。
しかも対馬に来襲したとの報告を受け津軽海峡要塞に配備されていた多くの列車砲が移動準備中だった。
本土側の下北半島、津軽半島の列車砲は連絡船での輸送が不要な分、早々に配置転換され、東北本線を南下していた。
途中で、対馬海峡での勝利と、ロシア艦隊別働隊の津軽方面へ航行中の報を聞いて引き返しているが、海峡突破には間に合わなかった。
そのため、船便を待っていた北海道側から急遽残っていた列車砲を使って迎撃していた。
新たな一発が、飛来し、近づいた。
「敵は陸上とはいえ中々腕が良い」
洋上艦の射撃とは違い、陸上からの射撃は狙いをつけやすい。
波による揺動がなく、狙いがズレる事が少ない。
そして照準もつけやすい。
最大幅が三十メートルを超さない船体に大きな射撃指揮装置を取り付けられない。
距離を掴むための測距義も小さいものに限定される。
史上最大の戦艦大和でさえ、測距義の長さは最大で一五メートルしかない。
世界最大の大きさだが、艦船の限界であり、命中率も良くない。
しかし陸上の場合、視界と通信設備さえ許せば数キロ離れた観測点同士の結果を基に三角法で正確な位置を把握できる。
その精度は艦艇の比ではない。
条件にもよるが艦船の十倍の命中率を叩きだすこともある。
「敵の砲台を探せ! 主砲で制圧するぞ!」
「無駄だ参謀長。敵の大砲は恐らく山の向こう側だ」
陸上砲台が有利な理由の一つが、山越しの射撃、洋上の艦艇からは見えない、山の裏側から射撃できる点だ。
敵に見つからず、一方的に射撃できる。
旅順の時は日本海軍と海援隊が盛んに山越しの遠距離射撃を行っていたが、これは予め位置が分かっている旅順の軍事施設を狙い撃ちしたからだ。
移動可能な列車砲や隠匿された要塞砲を狙おうにも位置が分からず射撃しても無駄撃ちするだけだ。
そして、陸上砲台は強固に防御されているのが普通で直撃しない限り有効弾は得られない。
「撃っても、当たる確率は宝くじ以下だ」
レーマンが時計を見ながら言った直後、またも水柱が上がった。
「艦隊増速、このまま突っ切る」
どのみち引き返すことも出来ない。
突破するしか方法はない。
それに避ける方法がないわけではない。
指示を終えた直後、今度は艦の反対側に水柱が上がった。
「夾差か。捉えられたな」
遠距離射撃を主任務とするインペラトール級を指揮するだけに統制射撃と、照準のやり方を知っているレーマンは、艦の左右に落ちた砲弾の意味を理解していた。
「どうしましょう」
「艦隊、一斉回頭用意。私の合図と共に左へ旋回せよ」
「は、はい。回頭用意!」
すぐに準備が始められる。
「いまだ!」
「回頭!」
旗艦が回頭を始めると他の艦も回頭を始めた。
その直後、それまでの針路の先に、水柱が林立する。
「大した練度だ。正確に、確実に、装填し撃ってくる。時間通りに日本軍は動いているな」
レーマンは時計を見ながら言った。
日本軍の、射撃の間隔を記憶し発砲した瞬間に回頭を命令。
砲弾が飛翔している間に回頭し、針路をずらし、避けたのだ。
「発砲後に着弾点を修正できないのだが遠距離射撃の欠点だ」
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