第四戦艦隊

「司令官、間もなくサンガルスキー海峡に到着します」

「うむ」


 第四戦艦隊司令官レーマンは旗艦インペラトール・ピョートル一世の艦橋で頷いた。

 彼が率いるのはインペラトール級四隻


 インペラトール・ピョートル一世

 インペラトール・エリザベータ

 インペラトール・エカテリーナ二世

 インペラトール・アレクサンドル一世


 からなる第四戦艦隊が戦隊司令官レーマン少将に率いられて津軽海峡――ロシアではサンガルスキー海峡と呼んでいる海域へ航行していた。

 インペラトール級はロシアの将来を、英国との戦争に備えて作られた艦であり、英国が作り出したドレッドノート級と皇海型に対抗する為作られた艦だ。


 インペラトール級の詳細はこちら


https://kakuyomu.jp/works/16816700428609473412/episodes/16817330654082639620


 日本の皇海級と対抗する為、完成した四隻が集められ第四戦艦隊を編成し、バルチック艦隊に編入されたのは当然の成り行きだった。

 途中、命令により分離し、日本の太平洋沿岸で通商破壊を行い敵を混乱させると共に、引きつける事も行った。

 戦力の集中を試みるべきだが、ウラジオストックへの到達、例え一艦でも入港することを考えれば、多数のルートで分散して行く方が成功する確率が高い。

 新型のため航続距離が長いので別働隊に選ばれたのは当然だった。

 そのため、事実上自分達が囮となっているのではないか、という不信が乗員の間に広がっいる。

 だが、そんな空気は昨日のうちに一変した。

 外国船の通信から、対馬経由でウラジオストックへ向かった主力が、日本海軍の待ち伏せを受けて壊滅したと、傍受した。

 日本海軍による欺瞞工作の可能性もあったが、複数の国の船からの通信、フランスやドイツなど日本とは友好的とは言いがたい国々の船さえ、同様の通信を行っていたため、真実だと判断した。

 引き返すかどうか話し合ったが、極東回航は勅命であり、覆すことが出来なかった。

 また引き返そうにも、この状況で中立国の港が使えるかどうか怪しかった。

 劣勢なロシアなど見限り優勢な日本に味方しようと考える国は多いだろう。

 フランスでさえ、国際法の中立義務を盾に即時接収、抑留する可能性がある。

 結局、彼らはウラジオストックへ向かうしか道はなかった。

 どうあがいても日本海軍に敵うはずは無く、勝てる見込みがない為、戦争終結まで中立国、フランスの港で接収され、戦後の海軍再建のため抑留されようという意見もあった。

 だが、最新鋭艦が一回も戦わず、負けるのは名誉に関わる。最新鋭艦ならば日本海軍と海援隊を打ち破れるという意見もあり、とりあえずウラジオストックへ向かうことにした。

 ただ津軽海峡での戦闘を考慮し甲板に並べた石炭を艦内へ収容し、燃焼対策とし、捕獲した商船から味方艦に石炭を移すため多少時間がかかった。

 そのような作業など行いたくなかったが、ウラジオストックの石炭不足を考えると、やっておかなければならない。

 時間が掛かったが作業を終えた艦隊は津軽海峡へ向かった。


「夜間に接近し夜明けと共に海峡へ侵入突破する」


 狭く海流の激しい津軽海峡を突破するのは夜間には無理だ。

 日本側に見つからないよう暗闇に乗じて接近。夜明けまでにできる限り海峡入り口まで行き、夜明け、視界が危機、地形を確認できるようになってから最狭部へ突入。強行突破する方法をレーマン少将は選んだ。

 日本側に対応出来る時間を少なくすると共に、艦隊を安全確実に突破させるためには他に方法がなかった。

 ただ、速力の遅い仮装巡洋艦と給炭艦は宗谷海峡経由で行くように命じ、昨日の夕方頃分離している。

 海峡の幅が広い宗谷海峡の方がまだ、敵に攻撃される心配がない。

 それに、第四戦艦隊がウラジオストックへ入ることが出来れば、補給し彼らを迎えに行くことも不可能ではない。


「司令官、夜明けです」


 艦の右側、東の水平線から太陽が見え始め、周囲の暗闇を追い払い、左舷の陸地を照らした。


「大間崎、弁天島と汐首岬、恵山を確認。間違いありません」


 太平洋艦隊から転属してきた下士官が報告した。

 彼は何度も日本近海を航行しており津軽海峡も通過している。

 見覚えのある島の形を間違えるハズがなかった。

 特に北海道にある恵山は活火山で山肌が赤く、噴煙を上げているため見間違うハズがなかった。


「司令官、函館山を目標にサンガルスキー海峡に突入します」

「よろしい」


 南東方面から進出した艦隊は、函館山を目標にして海峡へ突入する。

 途中で龍飛岬が見えたら、針路を変更し、海峡の中央部を通過するコースだ。


「畜生、霧がない」


 世界でも有数の霧が発生しやすい海域だが、この日は珍しく晴れており、位置把握が容易で座礁の危険は無かったが、敵からも見つかりやすい。


「大丈夫ですよ。ウラジオストック艦隊が出撃したときも、日本側は大した防備を敷いていません。日本海軍の主力も対馬沖です」

「そうだな」


 参謀長の言葉にレーマンは軽い口調で答える。

 本心から同意したわけではない。

 日本海軍の主力は対馬沖にいることには同意だ。一方的な勝利でも、損傷したり、消耗した燃料の補充の為、津軽海峡付近にやってくることはほぼ不可能。

 一部がウラジオストック沖で待ち構えているかもしれないが、インペラトール級ならば問題ない。

 問題は海峡の防備だ。

 確かに報告では大した防備はない。

 ウラジオストック艦隊が活動していたのは一年近く前であり、日本側が放置しているとは思えない。

 何かしら用意をしているはずだ。

 そしてレーマンの推測は正しかった。

 旗艦の右後方に突如大きな水柱が上がった。

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