領空通過
ゲオルギーの指摘に鯉之助は黙り込んだ。
日本軍がモスクワどころかシベリアにさえ進出出来ないことを、既に国力が限界である事を分かっている。
「それで、どのように決着を付けると」
鯉之助は講和に乗ることにした。他に方法はないのだ。
「賠償金と領土を得られないのは痛い。オホーツクは嬉しいですが、沿海州が獲得出来ないのも厳しい」
「それでも日本にとっては、十分魅力的な提案だと思いますが」
微笑みながら語りかけてきたゲオルギーの言葉に鯉之助は同意せざるを得ず、黙り込んだ。
確かに、ゲオルギーの提案は魅力的だ。
賠償金が取れないのは、日本にとっては痛い。
しかし、後半の項目が非常に魅力的だ。
ロシア帝国の上空、広大なシベリア上空を飛行出来れば一大消費地である欧州へのアジアからの最短経路が生み出される。
その富は、計り知れない。
そして航空機の使用だ。今こそ性能は低いが、いずれ無着陸でシベリアを横断して欧州へ行ける。
その時、この条項は生きてくる。
今後二十年は航空機の性能限界のため意味がない。
だが、五十年後に航空機が進化して欧州を結ぶ航路が生まれた時、上空通過に価値が生まれ、百年後には莫大な富をもたらすことになる。
ゲオルギーの目論見はここだった。
ロシアは広大な領土を、空間を、アジアからヨーロッパへの最短距離を進む領域を持っている。
到底日本が手にいれられないものを、ロシアは提供しようとしていた。
「この条件で飲んで貰いたい」
「納得すると思うか?」
「すると思う。君は知っているだろう航空産業の隆盛を。そして、参入を独占的な支配を目論んでいる。だから飛行船に手を出しているだろう」
共通の未来知識を持っているだけに双方とも意味を理解していた。
ゲオルギーは続ける。
「長距離高速移動がどれだけ富をもたらすか君は知っている。だから、十年以内に実用化出来る飛行船に手を出した。少なくともそれから二十年は飛行船が活躍する。その時飛行船の航路で航空路を確保する。その後は航空機の時代だ。その時、シベリアという領域、航路は魅力的だろう。そして飛行船にはオレンブルクで採れるヘリウムが必要だ」
鯉之助は海援隊を通じてアメリカに投資してガス田を手に入れている。
これはヘリウムを手に入れるためだ。
後の超伝導体に必要と言うこともあるが、目下、必要なのは飛行船の浮揚ガスだ。
水素だとヒンデンブルク号のような悲劇が起きかねないので不燃性のヘリウムが飛行船には必要だ。
だが現在の生産地はアメリカの中西部のみだ。
しかし、カタールとアルジェリア、そしてロシアのオレンブルクで産出されることをメタ情報で鯉之助は得ている。
ロシアから入手出来るのであれば嬉しい。
「これで得られる富は五〇億では留まらないだろう」
「そしてロシアはそれ以上に潤う」
鯉之助の言葉にゲオルギーは無言で肯定した。
航空路の下、鉄道路の周辺が飛行船や飛行機が離着陸出来る飛行場と周辺設備整備に投資される。
それらはロシアの富になる。
勿論ヨーロッパへの交通路が、それも最短時間で結べるルートを日本は確保出来る。
「悪くは無いと思うが。今後、露日の平和の礎になると、共通の利益がある事は非常に重要だと思うが」
「……同感だ。問題なのは国民を納得させるだけの手があるかどうかだ」
「賠償金が取れないのが不服か」
「いや、傷病兵に対する保障。福利厚生だ。そこを納得させればなんとか」
「それは此方も同感だ」
「軍縮という形で、軍事費を削減し、それを充てるか」
「そうだな、此方も兵力が少なくなれば、回せる」
「極東だけでも、陸軍の兵数を少なくする。海軍の戦力も減らす」
「良いだろう」
太平洋岸の港はほぼ全て奪われ艦艇を送り込む事は出来ない。
むしろ、日本側にアジアの海を任せ、せっせとシベリアの製品を輸出して利益を上げて貰った方が良い。
港や商船隊の維持費を無くすだけで、ロシア側はかなりの経費削減になる。
艦艇もバルト海から出す必要はない。遠征の費用など出せないから、極東に配置せずに済むように出来れば万々歳だ。
「ただ、元から駐屯している兵力、シベリア軍団は減らせない」
シベリア軍団は、シベリア開発のため配備されている軍人達で日本で言う屯田兵に近い。
彼らを移動させるのは故郷を追わせるのと同意義だ。
下手に動かせば恨まれ、最悪反乱となる。
「予備役や、屯田兵にしてシベリア開発するなら認める。此方もそシベリアの開発が進むならそれが良い。現役を二個師団、ロシア側は数が多いから四個師団程度にすることにするか」
肥大化した軍備を削減するためにも必要だ。
講和の条件として双方が納得するし、両国の軍部を抑えるのにも役に立つ。
「良いぞ。此方も納得だ。ただ、トルコへの軍艦売却は止めて欲しい」
「此方も金がないし不要だ。売った方が良い」
「なら、我がロシアが最新鋭の戦艦を購入するというのはどうだ?」
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