軍艦売却と経済安全保障

 唐突なゲオルギーの提案に鯉之助は驚いた。


「これまでの敵国に自国の艦船を売ると思うか?」


 旅順で苦労して封鎖し、日本海で辛くも全滅させ滅ぼし、ようやく脅威を取り払ったのに自ら新たな脅威を作るなど愚かしい。

 しかしゲオルギーもその点は理解しており条件を挙げた。


「購入した軍艦は太平洋方面には配備しない。黒海もしくはバルト海に配置させるという条件でどうだ。日本海海戦で鹵獲した艦艇も購入する。賠償ではないから国内も納得するはずだ」

「それならドイツへの牽制にもなるし、英国側も喜ぶだろう」


 イギリスに建艦競争を仕掛けているドイツへの牽制になる。

 実際第一次大戦では、ロシア海軍があまりにも弱体だったため、ドイツ海軍はイギリス海軍に全戦力を向ける事が出来た。

 イギリス海軍はドイツ海軍を封鎖するために、海軍戦力、特に戦艦部隊を本国周辺に置かざるを得ず、他の戦線に戦艦を派遣する事が出来なかった。

 だが、ロシアが日露戦争からの痛手を早急に回復、戦力を充実させたとしたらどうなるか。

 ドイツはロシアへの対抗のために艦隊を二分させる必要がある。

 イギリスの負担は軽減するので、日英同盟にとっても良い事になるだろう。


「だが、今日までの敵国への武器の売買だと反発が強そうだ。金額もそれほど大きな金額にはならない」


 三笠の建造費は一二〇万ポンド、ドレッドノートは一七〇万ポンド。

 捕獲したロシアの戦艦は損傷などの価値の低下を考えても高くて六〇万ポンド、六〇〇万円程度にしかならない。

 皇海型は量産効果もあり一六〇万ポンド、一六〇〇万円程度。

 二隻合わせて三二〇〇万円。

 他の軍艦や装備を含めても最低で五〇〇〇万円、最大でも一億に届くかどうか。

 外貨収入としては良いが賠償金には足りない。


「さらに飛行船の購入や、無線の使用料でどうだろう。どちらも広大なロシアには必要だ。それに、中継地が整備されるのは日本側にとってもメリットだろう」

「良いだろう」


 無線機の特許が入ってくるなら、良いだろう。

 そしてロシア側の通信を傍受して監視する事も出来る。その意味で非常に良い話しだ。

 飛行船は小型のため五万ポンド程度、五〇万円ほどの建造費だ。さらに格納庫や地上設備なども発注して貰えれば、数十万円となる。

 賠償金に比べれば非常に低い金額だが、商談としてなら十分すぎる金額だ。

 それに、平和を得られるのなら、ロシアの脅威が無くなり軍縮により軍事費が削減出来るなら価値はある。

 欧州への航空路、途中で燃料補給や退避出来る基地や気象観測網が整うのは、飛行船を運用することを考えている鯉之助にとって嬉しい。

 しかし、疑念もある


「だが、ロシアにそれだけの金はあるのか?」


 今回の戦争の戦費でロシアの国庫はすっからかんのはずだ。

 資金不足で今言った事業に金を支払えない可能性が高い。

 支払いがない事業を行うのは危険すぎる。

 しかしゲオルギーも考えていた。


「フランスから借りる。フランスとしてもロシアが戦争から足抜けするきっかけを与えられるし恩を売れる。それに借金を返すためにも軍備を減らし、戦争をしないようにしなければならない」

「自分で首輪を付けるのか」

「ご主人から餌を貰えるようにね。金がないから仕方ない。しかも、金を借りると言うことは戦争より目立たない。世間的には表立たずに行えるのでロシアの面子も確保される。それに」

「それに?」

「暴走する主を抑えるには、フランスの金の力で抑え込むくらいは必要だ」


 ゲオルギーは強かだった。

 兄であり絶対的な君主であるニコライ二世を抑え込むためにフランスの力、借金という力で抑え込もうというのだ。

 これには鯉之助も苦笑せざるを得ない。


「しかし、気前よいですね」

「なに、保身の為さ」

「というと」

「あなただって条項を、約束を履行して貰える相手であってほしい。前の支配者が決めたことなど知らないと言われるのは嫌なはずだ」

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