戦争に必要なのは金
「あー、思い出しただけで腹が減ってきた」
話し疲れた鯉之助は腹が減ったことをぼやいた。
ここ半年、ロシアとの開戦に備えて文字通り世界中を飛び回った鯉之助は激しく疲れを感じていた。
「おい、烹炊員に言って何か食べ物を持ってきてくれ。秋山も食べてくれるだろう」
「もちろんじゃ」
「そう言うと思ってマグロのナマの皿鉢を用意しておいたわ」
マグロの良いものが手に入ったそうで手早く沙織が捌いて用意していた。
「さすが気が利く」
大皿に色とりどりの刺身がのっている。大根、人参のツマに大葉が乗っている。添えてある、わさびとショウガも山盛りだが形を整えられてあり美しい。
刺身も部位ごとに綺麗に切り分けられ、花のように並べられている。
高知の郷土料理皿鉢料理だ。
「さあ、食べよう」
素早く鯉之助は箸を手に取り食べ始める。
「しかし、お前はおかしな物を食べるな」
鯉之助が食べた部位を見て秋山は呆れた。
「別に良いだろう」
「マグロ、それも脂の多くて畑の肥やしにする部分を、猫も跨いでよける物だろうか。ネギマにしてネギを食べるならともかく、刺身にして直接食べるなんて」
「この味を世間が知らないだけだ」
後の世でトロと呼ばれる部分だが、大々的に食べられるようになったのは大正以降と言われている。
それ以前は脂っこいため下品とされ、赤みは醤油漬けにして食べられていたが、トロの部分は脂が醤油をはじくため長期保存が出来ず、畑に肥料として播かれていた。
寿司ネタにされたのは、関東大震災後になってからと言われている。
明治の人間には気が狂っているとしか言えない代物だが、中身が二一世紀の鯉之助には美味く感じる。
「じゃが、この後の戦いも上手くいくのじゃろうか」
龍馬は不安を漏らした。
「連合艦隊も陸軍もロシアを上回る戦力を持っています」
対照的に秋山は毅然と答えた。
ロシアの満州軍は二〇万と見積もられており日本陸軍は平時三〇万を用意し、戦時動員で一〇〇万になるよう計画していた。
史実なら平時には二〇万が限界だったが、海援隊と鯉之助の活躍によって国力を増強させた日本は陸軍の三〇万への増強を達成していた。
海軍も対ロシアを念頭に戦艦六隻、装甲巡洋艦六隻を建造、整備してきた。
これは史実と同様だが、艦艇の整備には時間が掛かるのと、海援隊の戦力がプラスされた為だ。
かくしてこれら豊富な戦力を以て日本はロシアと開戦した。
周到な用意もあり開戦初頭でロシア太平洋艦隊を一部撃破して戦線離脱させた。
さらに連合艦隊六隻分の働きをするとされる皇海級戦艦二隻を保有する鯉之助の海援隊がいる。
戦力的には日本の方が上だった。
兵力豊富な陸軍は既に朝鮮半島各地へ上陸、進軍を始めている。
武力だけでなくインフラも整っている。
海龍商会をはじめとする日本の商船隊は充実しているし、鉄道も日本本土は標準軌で敷設され、関門トンネルも出来ている。朝鮮半島にも鉄道を敷設され迅速な兵力展開を可能としており、実際に優位に戦えている。
だが龍馬は否定的だった。
「戦は兵士の数だけじゃないからのう。いかに銭を集められるかじゃ」
「しかし、戦力は」
「第二次長州征伐じゃ幕府の方が兵力は上じゃった。しかし金がのうて、武器をそろえられんかったり、米を与えられなかった。だから幕府は長州は勝てたんじゃ」
幕府の力は確かに強大だった。
だが、巨大すぎて身動きが取れず、全ての力を長州へ向ける事が出来なかった。
しかし長州は高杉晋作を初めとする少数精鋭の志士達が積極に動いていた。
龍馬も彼らの為に武器を調達し、資金援助や貿易を行って支援した。
軍備を整えられた長州は十二分に戦力を発揮し、巨大故に末端まで物資が行き届かない幕府軍は敗れた。
幕府は撤退し、権威を失いつつあった大政奉還へ至った。
その中心で動いていた龍馬の言葉だけに、非常に重い意味を持っていた。
「じゃが、それは我らも同じじゃ。銭を集められなければ負ける」
国力が充実し兵力も豊富になった日本だが、規模が大きくなったために維持費も戦費も増大している。
龍馬の言葉通り、金を集めなければ、戦うどころか、維持さえ難しい。
「それではどうすれば……」
話が海軍を飛び越え経済に移ってしまった為、秋山の頭脳は麻痺状態になって龍馬に尋ねた。
「なに、金を集めれば良いのじゃ」
「集めてくれるのですか」
「残念だが、儂は他にもやることがある。じゃが、まもなく銭を、外貨を集めてくれる人間が来る。その相手を鯉之助、お主が相手せい」
「私ですか」
突然の指名に鯉之助は驚いたが、戦時予算の獲得は必要だ。
「まあ、やりましょう」
仕方なく鯉之助は頷いた。
金がなければ軍は動かない。精神論では何も買えない。
国内は良くても、海外から購入するには外貨が必要なのだ。
「じゃが、その前にやることがある」
龍馬に言われて鯉之助は疑問符を浮かべた。
龍馬はにやりと笑うと、隠し扉を開けて中の酒を持ち出した。
「緒戦の戦勝祝いじゃ。まだやっとらんのじゃろう。紙を見るのは得意じゃが少しは人間の方に目を向けんとな」
「分かりました」
鯉之助は肩を落として承諾した。
仕事を押しつけられ秘蔵の酒が奪われていくことを残念に思いながら。
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